冬とホット
「ありがとうございましたー」
「はぁーい、こちらこそー!」
「返事しなくていいんだよ」
自動ドアを出て、駐車場に出た二人。
「こうやって外で
「イートインでよかっただろ」
「外がよかったの」
「寒いのに」
「寒いから」
袋をゴソゴソやって、取り出したのは、
「うわぁ〜! あったか〜!」
この時期レジ前に置かれている、おでんである。
「It’s so warm! It’s so warm!」
「一瞬で字面から温もりが消えたな」
「たまご大根しらたきこんにゃく、ちくわ牛すじ厚揚げがんも〜♪」
「結局持ってたの全部返しておでんに全ツッパだもんな。背徳感の味覚はどうしたよ」
「分かってないなぁ」
「人類にとっておまえの8割は分かんないことで構成されてるんだよ」
春生がギチギチに詰まった容器を開けると、
黒い夜空にたっぷりの湯気が立ち昇る。
「あはぁ〜ん♡」
それが少女の歓声で漏れる白い息と混ざっていく。
「チキショー出汁のいい匂いだ」
「この寒い時期、『あつあつ』に勝る美味はないのだよワトソンくん」
「まさかコカイン依存が回収されるとは」
「いただきまーす!」
蓋にカラシを出して、まずは大根から。
「あっ、ふっ、ほっほっ! はちっ、はちっ、あひっ、
「熱いしか言わねーじゃん」
「ほれ以外」
春生は一度大根を飲み込んでから、
「言葉はいらないの」
ドヤ顔を決めた。
「こりゃ女優になっても食レポの仕事は来ないな」
「何を。
「それ食レポにゃ関係ないんだよ。落語に行けよ」
何より話題がすぐ行方不明になるので、おそらくトーク全般に向いていない。
「あぁ〜出汁〜! かつぶし昆布いり粉焼きアゴ椎茸牛骨〜!」
「そんな逆に余計なクオリティはしてないと思うぞ」
「私こんにゃく好き。食感が唯一無二」
「しらたきまで買ってるもんな」
でも今日くらい、いいのではないだろうか。
わざわざ寮を脱走してきた二人。
今ばかりは『役者の卵』から解き放たれた、普通の女の子二人で。
「なぁ、出汁一口くれよ。寒くてたまんないよ」
「出汁だけでいいの? 厚揚げ食べる?」
「いいの?」
「フランクフルト一口くれたらね!」
「おまえそれだったら牛すじくれないと釣り合わないだろ!」
「そういえばポテチやめたんだね」
「そりゃ、結局春生より高カロリーになったら負けた気がするじゃん」
「何それ〜!」
「おまえの謎理論よりは理解可能だろ」
「北條さん、二木さん。説明」
「「はい……」」
数十分後、寮のラウンジにて。
二人は寮母さんの前で正座させられていた。
「あっちゃ〜。ただの買い食いやったの。せやたら黙ってたのに……」
「
「なんでもありません」
あれからホクホク帰ってきた二人を待っていたのは、
玄関で腕組みの仁王立ちの寮母さんと、寝巻きにタオルケットを羽織った日菜子だった。
矢作さん。
つまり五十鈴のルームメイトである日菜子は偶然目が覚めたのだが、
なんとベッドに彼女の姿がないではないか!?
「まさか
これが案外、発想の飛躍ではない。
青春の全てを捧げ、それでも狭き門に挑む不安。
故郷を、親元を離れて暮らす寂しさ。
スカウトの目に留まるかという、人生を左右する公演へのプレッシャー。
役柄によっては精神が不安定な状態を作り込むこともある。
この時期、各寮でポツポツ聞かれる事件なのである。
なので日菜子は、善意100パーセントで寮母さんへ連絡してしまったのである。
「明日中に反省文を提出すること。あと、このことは先生に連絡しておきますから。食べた分のカロリー、レッスンで落としてもらいなさい」
「「はい……」」
「それアタシらとばっちりやん……」
「じゃあ早く寝ること!」
厳しい裁定を下し、寮母さんは帰っていった。
しかし、失踪したかもしれない子を心配して、夜遅くに車を飛ばしてきてくれたのだ。
自分の家庭や生活もあるのに。
優しい人である。
ホームシックにもなるけれど。
食事管理もレッスンも厳しいけれど。
普通の高校生の楽しみを捨てなければならない面はあるけれど。
しかしその分彼女たちは、たくさんの人の愛情でできている。
そんな、おでんとは別の温かみに触れて春生は、
「ぬかったね」
「言い方が時代劇」
「これに反省して次は……
日菜子ちゃんも誘おう!」
「いや懲りろよ」
3人で脱走して、春生のルームメイトの
少女脱走メシ 辺理可付加 @chitose1129
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