背徳という名のスパイス
「う〜、
「いいねぇ、気分上がるねぇ」
二人は2月の夜へ繰り出している。
吐く息は白く、街灯に照らされて輝く。
ウインドブレーカーだけでは防げない寒さ。
五十鈴は腕をさすって震える。
「なんの気分が上がるんだよ」
「例えるなら、何日も雪山を
「部屋着にマフラーだけで雪山登るヤツはバターでも齧ってろ」
逆に今言ったとおりの春生は元気そう。
テンションと比例して体温が上がっているのだろう。
「なぁ、やっぱ帰っていいか? 窓開けとくから」
「ダーメ!」
そんな『そこまで行きたきゃ一人で行けよ』以上の正論が見当たらない春生。
意地でも五十鈴を連れ出したのは、部屋の関係である。
春生の部屋は2階、五十鈴は1階。
門限以降に玄関を開けると、防犯会社から寮母さんへ通知が行く。
ゆえに窓からの脱走がベターというわけである。
その代わり、五十鈴のルームメイトである
クローゼットでガチャガチャとハンガーを鳴らせば起きてしまう。
よって椅子に掛けていたウインドブレーカーしか入手できなかったのだ。
春生も同じ流れでマフラーしかない。
「ほーら、もうコンビニが見えてきたよー。もう逃げられなーい」
「立地が悪いよな。もっと遠かったら春生も諦めがつくものを」
「見よ! パリの火だ!」
「えらく平坦でアスファルトのモンブランを彷徨ってたんだな」
おそらくコンビニ側も、生徒が寄らない(寄れない)のでアテが外れたことだろう。
とは言いつつ、
「揚げ物スイーツカップめ〜ん!」
「食い切れる量にしとけよ。持って帰って見つかったら、密輸入者の人狼始まるから」
実はバレてないだけの来客は多いのかもしれない。
「うわぁ〜! いいなぁいいなぁ!」
「静かにしろって」
コンビニに入るなり、春生は世界を胸いっぱいに吸い込む。
「別に空気がキレイなわけではないんだね」
「おまえ、なんちゅうことを」
「でも懐かしい空気……。こんなの中学生以来……」
「ウソつけ。このまえもランニング中に買い食いしてバレてただろ」
そもそも長期休みで実家に帰れば誰も見張っていない。
「あ、そうだ。ちょっと立ち読みしていこうよ」
「バカ、バレるまえに帰るんだよ」
「えー? コンビニにしか置いてない謎の陰謀論集みたいな本とか気にならないの?」
「『ブ◯ック・ジャック プロフェッショナル編』しか買ったことねぇよ」
「……コンドームって、やっぱりコンビニで買うのが一般的なのかな」
「頼むから乱数表みたいな会話の展開しないでくれ」
収集がつかないと判断した五十鈴は、春生をカップ麺コーナーへ押していく。
「うわぁ〜、うんまそぉ〜! 最近は油そばなんてのもあるんだね!」
「湯切りいらないヤツにしろよ」
「カレーとシーフード、二つ買っちゃお」
「だから食い切れる量にしろって! おまえ普段だってそんな食わないだろ!」
「いつも本当はもっと食べたいんだもん! 毎日毎日毎日毎日我慢してるんだもん! 病気してるわけでもないのに! 食べることは大切なことなのに!」
「……」
「……」
「……私たち、何してるんだろうな。高校生で人生の楽しみ捨てて」
「悲しくなってきたね」
「好きなだけ買えよ。今振り向くと帰れないぞ」
「新事実。コンビニは
「なんてこった。どのみち
意味の分からない会話をする二人。
それこそ店員は黄泉から出でし正体不明を見るような目をしているが、
気にならない二人には舞台女優の素質があるのかもしれない。
お次はスイーツコーナー。
「ほら、いちごロールだっけ?」
「それなんだけどさ」
五十鈴はコーヒーゼリーやあんみつに釘付け。
「フルーツ自体は寮のご飯で出るよね」
「そうだな」
「せっかくのチャンスなら、もっと違うものにするべきでは?」
「勝手にしろよ」
「そうだ! メロンパンにしよう!」
「おーっとジャジャ馬め勝手にさせたら柵を飛び越えたぞ」
「菓子パンの方が食べられないし、カロリーも爆増だもんね!」
「さっきからそのカロリーに対する執着はなんなんだよ。ラグビー部か」
「分かってないなぁ。体に悪いものほど美味しく、背徳感は味覚を倍増させるんだよ?」
「私自己嫌悪で胸詰まって味しなくなるタイプだから」
「五十鈴ちゃんはすでに振り返った
「行けよ、北條春生。おまえはまだ私が失った光を持っている」
「そういう割には、ポテチ離さないんだね」
「ぐっ」
大体欲しいものは物色し、あとはお会計。
二人は買いもしないサンドイッチを眺めたあとレジへ向かう。
「フライドチキンは何味があるかな〜」
「私辛いヤツ好きだったなぁ」
「そういう感じしてるよね」
「どういう感じだよ」
店員に『まだワケ分かんねぇことしゃべってるよ』と思われている二人だが、
「あ」
「どした?」
春生の足と言葉が止まる。
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