少女脱走メシ
辺理可付加
食べざかりの君たちへ
「グゥアアアアア!!」
「なんだなんだなんだ!?」
22時17分。
ある高校の、シェアハウスタイプの寮のラウンジ。
宿題中の少女が吠えた。
「今のは私の腹の虫だよ」
この頭のおかしい方は
「そっか。今すぐ殺虫剤買いに行ってこい」
巻き込まれてかわいそうな方は
「虫下しじゃなくて?」
「なんなら殺鼠剤くらいは要りそうな怪物の雄叫びだったぞ」
「死んじゃ〜う」
「いいだろ。あんなの腹ん中いたらどのみち死ぬんだから」
相手が辛辣であるなら、その分ダル絡みしてやるとでもいうように
「それより先に空腹で死にそうだよぉ〜!」
春生は宿題を放棄し、対面に座る五十鈴の隣へ。
「だったらさっさと宿題終わらせて寝ろ。朝飯までの時間スキップできるぞ」
五十鈴はしなだれ掛かる春生を押し返す。
「ダメだよぉ。お腹が空いて寝られな〜い」
「私はおまえの宿題が終わらないと寝られな〜い。てか公式は教えたから帰ってよくないか?」
「ダメです。あなたには宿題と立ち向かう私の心のスキマを埋める任務がある。This is 話し相手」
「ムダ話してるから終わらないんだよ」
空腹ゾンビの顔面を、読んでいた三島由紀夫で抑えるも
「頭に糖分が足りてないよぉ〜」
この手のは倒さないかぎりヴァーヴァー吠え続ける。
「そりゃおまえ、自業自得だろ。自分で晩飯の量減らしてんだから」
「だって公演近いし、体重オーバー気味だし」
公演。
彼女らは都立
結論から言うと、学外公演が近いので一部の生徒は節制している。
「でもダメだ! 話し相手が必要なように、エネルギーを燃やすには心のスキマを埋めなければならない!」
「宿題の空欄を埋めろ」
「というわけで私は食べねばならない! なんならダイエットで
「そのエネルギー、燃やさないと腹に付くぞ」
「いいじゃん。どうせすぐに春休みで太るんだから」
「抵抗する意思くらいは見せろ」
五十鈴はさっきまで春生が座っていた側に移動し、宿題を対岸へ回す。
「そもそも何食うんだよ。冷蔵庫漁って丸キャベツでも齧るのか」
ここは学生寮。彼女たちは役者の卵。
ボディラインを維持し、しなやかで美しい筋肉を養うのがマスト。
なので口に入れるものは、寮でも学食でも愛情たっぷり栄養食で管理されている。
よってこのフィールドにおやつや間食となるものはない。
口寂しかったらシロアリになって壁を齧るしかない。
春生ならやりかねないので身構える五十鈴だが、
「だからさ! コンビニ行こうよコンビニ!」
飛び出した言葉は、常識の範囲内での非常識だった。
いや、普通なら女子高生がコンビニへ行くのはおかしくないが、
「おいおい。もう門限過ぎてんだぞ」
「点呼はやり過ごしたじゃん」
彼女らは寮生で時刻は22時である。
なんなら22時から2時が身長が伸びるゴールデンタイムとも言われているのだ。
宿題という事情がなければ、舞台役者の卵が起きている自体いい目で見られない。
「むしろ畳でも食っといてくれ」
「それなんて熊本城」
「そういう知識より先に三角関数覚えてくれ」
「カイン・コカイン・タンカイン!」
「全部コカインに侵食されたな。手を出した結果みたいだな」
「いいじゃん行こうよコンビニ〜」
春生が五十鈴を追って対面のソファへ移動すると、彼女もグルグル逃げ回る。
逃げる。
追い掛ける。
「イヤだよ寒いし。夜食も脱走もバレたらタダじゃすまないし」
「それも芸の肥やしだと思ってさ〜」
「意識しないと肥やせないヤツは役者向いてないんだよ」
「五十鈴ちゃんってたまにいつか本気で刺されそうなこと言うよね」
「急に怖くなるな」
「じゃあコンビニ行こうよぉ〜」
逃げる。
追い掛ける。
惑星の動きを真似してもトップスターにはなれないと思うがご愛嬌。
「私のこの心の傷は、コンビニで体に悪〜いもの接種しないと癒されないのよ〜!」
「いつの間にスキマが傷になったんだよ」
「フライドチキン! いちごロール! 冷やし中華!」
「夏に巻き戻しても期末考査はなくならないぞ」
やがて、付き合いきれなくなったのだろう。
「もーうるさいな! 行きたきゃ一人でさっさと食ってこい! 私は知らない!」
五十鈴は回転を離脱してラウンジを出ようとする。
すると、
「へぇー、そんなこと言っちゃうんだぁ、へぇー」
「な、なんだよ」
「もし一人で行って夜食バレたら、私寮母さんに話しちゃうかもなぁ。五十鈴ちゃんが終わった脚本捨てずに残すのは、思い出や後学じゃなくて、中に分解したエッチな本のページを挟んで隠……」
「おっおっ! おまおまおまっ! おまえっ!?」
五十鈴は慌てて戻り、春生の口を抑える。
今ラウンジには二人しかいないが、自室で寝付かずにいる寮生もいるだろう。
あんまり大きい声で話すと、近い部屋の子には聞こえる。
「なんでそのこと知ってんだよ! 相部屋でもないくせに!」
「このまえ遊びに行ったときにね。人の脚本見るの好きなの。書き込んでること参考になるから」
「くそっ! 割と否定しづらい動機しやがって!」
「しかしあの分だと、とんでもない演技を目指してたようですなぁ?」
「うっ、うるさいっ! レパートリーの一つとしてだ! 芸の肥やしだっ!」
「あれ〜? 意識しないと肥やせないヤツは向いてないんじゃ〜?」
「コイツっ!」
完全に形勢は逆転。
力尽きて落とされる五十鈴の肩に、春生は手を置いた。
「さ、行こうか。コンビニ♡」
「おまえこそいつか刺されるぞ……」
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