Side ユイ
小さな黒い石の正体
オレが、ウィルの代わりに死ねばよかったんだ。
コリスは、そんな悲しい言葉を吐いた。
私、ユイ・カラスマは、そんなコリスの橙色の瞳を見つめるばかりだ。
今のコリスの瞳は暗い。橋の下で薄暗いから、もっとどんよりしている。
ぱっつりして、朝の日の出みたいに輝いているこの瞳が、私はずっと好きなのに。
「3年も、ずっとそんなことを考えていたんだね」
だったら……
コリスに、聞かせないといけない言葉がある。
私は服のポケットに手を入れた。
ウィルが死んだ場所に転がっていた石が入った、赤い布袋を取り出す。
「それ、やっぱり持ち出していたんだ。そんなに大事なんだね」
コリスが、布袋に目をやる。
私は布袋から中身を取り出した。
黒くごつごつした、見た目は本当にただの石ころだ。
「これはね、ただの石じゃないんだ。思い封じの魔法がかけられているの」
「思い封じ……? 思っていることを、近くの物に封じ込める魔法?」
「うん、小さいころ、この魔法で遊んだよね。公園の木にお兄さんがこの魔法をかけて、伝言を残した。コリスくんも一緒に聞いたよね」
手紙のやりとりをしているみたいで、楽しかったものだ。
「でも、その石ってウィルのそばで見つかったんだよね。だったら……」
「この石には、お兄さんの最後の言葉が込められている」
「ひっ……」
コリスの瞳に、恐怖が宿った。
小さな黒い石に、怯えている。コリスのこんな顔、私は初めてだ。
「本当は、もっと早くコリスくんに聞かせなきゃって思ってたんだけど、遅くなってごめんね」
ウィルの葬儀のときに、私は聞かせないといけないと思っていた。でもあのときのコリスは、怒ったような目をして、無言を保っていた。私どころか、集まった人たちとも会話を拒絶しているみたいで、声をかけたらいけない気がした。
それからコリスは、私から距離をとり続けた。
ウィルの死がつらくて、聞かせたら、逆にコリスを傷つけてしまうのではないか。
そうしてためらって、気がついたら3年がたってしまった。
「だめだ。聞きたくない」
コリスが耳を塞ぐ。
「絶対にオレのことを恨んでる」
3年も、コリスはウィルの死を自分のせいにして、怯えてきたのだ。
「だったらなおさらだよ。聞いて」
私はコリスの手をつかんだ。耳を塞いでいる手を引き剝がそうとする。
「嫌だ」
コリスは抵抗して、ひたすら耳を塞ごうとしている。
「ウィルは、コリスくんのことを恨んでないよ」
「えっ?」
コリスが、私の目を見てくる。
「私、さんざん聞いてきたから。大丈夫だよ」
コリスが怯え続けているなら、なおさら聞かないといけない。
私は石に魔法をかけた。石が若緑色に輝いて、コリスの震えたままの瞳もその色に染まる。
3年前のウィルの言葉が、その石から流れた。
聞くだけで心安らぐような落ち着いた声。
――コリスが生きていて、よかった。ユイ……
数秒程度で、言葉は途絶えていた。
「ほら、恨んでなんかない」
私の名前も呼んでいるから、後にもっと言葉が続くはずだったのだろう。だが、途中でウィルの中の魔力が途絶えたらしかった。思い封じの魔法はさほど魔力を使うわけでもないのに、変だと思っていたけど……
重傷を負い、死の縁に立たされたというコリスを、残った魔力を振り絞って救ったからだと知れば、この言葉の意味も含めて納得がいく。
「お兄さんは、生きているのを喜んでるよ」
とにかくこれだけは、伝えたかった。
でも、コリスの瞳は怯え、揺れたままだった。
「う、嘘だ。本当は恨んでいる。あいつ優しいから、こんなことをしてごまかしているだけ」
「思い封じの魔法では、嘘をつけないんだよ」
当然だ。この魔法は、かける者が思っていることを、そのまま石や木に刻みつけるのだから。
偽りの気持ちを刻むことはできない。
「本当に、恨んでないの?」
「そうだよ。だから、コリスくんが死んでたらよかったなんて、間違ってる」
コリスが、顔を歪めた。その目から涙の雫がこぼれ落ちる。
葬儀のときにも流していなかった涙だった。たぶん、泣く資格もない、と我慢していたのだろう。
「知らなかった。ウィルがそんなことを思ってくれてるなんて」
ぼろぼろと、コリスは泣き続ける。
私はコリスの体にもっと身を寄せた。ちょっとためらって、コリスの細い背中に両手をまわす。
「ねえ、これでも、代わりに死んでいないといけなかったの?」
コリスはもう、拒むことはしない。私の体に身を預けて、ずっと泣き続けていた。
――コリスくんの体、温かいな。
本当に、よかった。
私が最後を迎える前に、伝えられて。
魔法が失われた街の、最後の魔女 雄哉 @mizukihaizawa
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