第6話

 無人となった街を、あてもなく走り続けた。スレアに見つからないように、ただひたすら病院から離れていく。

 そして、川のほとりに出ていた。

 オレとユイは、周囲を警戒しながら橋の下に入った。隣同士で膝を抱える。


 ユイが、腕を押さえた。

 ちょうど、昨日の夜スレアにやられた傷があるあたりだ。


「昨日やられたところ、痛むのか?」

「大丈夫。急に動きすぎて、うずいただけ。心配しないで」


 心配しないで、だと?

 

「またオレに使ったな、魔法を」

 足は、すっかりと元通りだ。走っても痛みすらなかった。


「だって、ああしないと逃げられなかったでしょう。どっちみち、今は誰も見ていなかったんだし」

 ユイは言い訳する。

 確かに、ユイが治癒魔法をかけてくれなければ、今ごろスレアに殺されていただろうけど。


「自分の傷はそのままにしてか。腕の傷だって、やろうと思えば簡単に治るんだろ」


「昨日も言ったよね。街の人たちが見たんだよ。ナトリさんも、これから何度も傷を見るはず。それなのに、すぐに治ってたら大騒ぎになるでしょ」

「だからそうやって我慢するのか?」

「大丈夫だよ。ナトリさんだって、ちゃんと元通りになるって言ってくれたし。傷跡は、残っちゃいそうだけど」

 痛みに耐えながら、ユイは無理やり笑ってみせる。


 そういえば……

 ユイに魔法のことを隠すように命じたのは……


「父さんに言われたことが、そんなに大事なのか?」

 ユイの魔法は、父親から受け継いだものだ。

 そしてユイの父親は、幼いころから娘に言って聞かせてきた。

 魔法のことは誰にも知られてはいけない、と。


「悪用されたら大変だから、仕方ないよ。コリスくんは、ゼッタイにそんなことしないけど」

「その父さん、こんなときになっても現れないのにか」

 ユイの父親は、3年前の災厄の火でのウィルの死を境に、行方をくらました。

 以来、一度もオレやユイの前に姿を現していない。

 理由は不明だ。

「お父さん、生活するのにいるお金を送ってくれるんだよ。それに手紙を送ってくるし」

 でも、それどころじゃない。

 家に火が放たれて、妻は病院に運ばれ、娘のユイは傷ついた上に命を狙われている。

 父親ならば、家族の危機を放っておいていいわけがないのに。

「なんであいつは来ないんだよ。これじゃ、ユイだけが犠牲になっているみたいじゃないか」


 どこまでも身勝手な男だ。


「犠牲、私が……?」

 ユイの無理やりな笑みが消えた。

「そうだよ。こんなの納得できない」


「コリスくんも犠牲になろうとしたくせに」


 ユイがオレの胸ぐらをつかんできた。


「えっ?」


 ユイの栗色の瞳と、至近距離で目を合わせる。

 ユイとこんなに見つめ合ったのは、3年ぶりだ。


「どうしてスレアさんから逃げようとしなかったの? 自分から捕まりにいくような真似までして」

「スレアの狙いはユイだ。だから時間を稼ごうとしたんだよ」

「バカ、それで殺されかけたのに」

 バカってなんだ、と言おうとして、オレは言葉に詰まった。

 ユイの目元に、涙が浮かんでいる。


 オレのせいで、泣いていた。


「……スレアさんが言ったことは、本当?」

 災厄の火のときに、オレがウィルを見捨てた話。

「本当だよ。ウィルを置いて、逃げた」


 そして、3年間、オレがユイと距離をとっていた理由でもある。


「3年前のあの日から、コリスくんは変だと思ってた。学校から帰るのは別々になったし、一緒に出かけようって言っても断るし、お互いの家に遊びに行くのもダメってなって。ひょっとして、その理由は……」


「昔みたいに友達でいられる資格、今のオレにないから」

 兄を見殺しにして、ユイをさんざん泣かせたのだから。


「さっきスレアさんを止めようとしたのも?」


「ユイまで、見殺しにしたくなかったから。ウィルにそうしたように。全部オレのせいだから」


「違う。コリスくんは悪くない」


「オレが、ウィルの代わりに死んでたらよかったんだ」

 ユイに家族を失う痛みばかり味わわせてしまったから。

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