第5話

 オレは無傷の右足で地面を蹴り、スレアに向かって飛びかかる。

 自分の武器となったナイフで、彼女に切りかかろうとするが……

 

 ウィルとスレアが笑い合っている過去の情景が目に浮かんだ。

 スレアは、ウィルの恋人だ。

 傷つけたら、死んだあいつは何を思う?


 オレはナイフから手を放した。

 スレアの腕に組みつく。

「ユイ、お前だけ……でも、逃げろ」


 少しの間でも、時間稼ぎをしたい。


「邪魔をしないで」

 スレアがオレを振りほどこうとしてくる。体を揺さぶられ、脹脛の傷が痛む。

 だが、オレは腕を放さない。


「早く、オレのことは……いい、からっ!」


「なら、仕方がないわね」


 スレアが、オレの顔の前で空いている手を広げた。

 その手が、赤い輝きを帯びる。

 オレは、それでもスレアの腕を放さない。せめてもの抵抗のつもりで、彼女の赤い輝きを帯びる手を睨みつける。


「だめ!」


 ユイの声が響いた。

 そして、スレアの赤く輝く手を、ユイがつかんだ。ユイの手が、若緑の輝きを帯びる。


「ごめんなさい」

 赤色と、若緑の輝きが混じり、まぶしい。


「えっ? 何?」

 スレアが目を見開いた。何もないところを、怖いものでもあるかのように見つめている。

 彼女の手の赤色の輝きも消えた。

 そして、スレアは地面に膝をつく。

 オレが彼女の腕を放しても、頭を抱えるだけだった。

「やだ、そんな、ウィル……」

 スレアが、なぜかその名前をつぶやく。オレやユイに目もくれない。どうした?


 ユイは、何をしたんだ? 


「私のお兄さんの記憶を移したの。こんなことしたくなかった」

 ユイが教えてくれて、納得した。

 スレアは今、ウィルの思い出をたどっているのだ。

 恋人の死に至るまでを。

 だから取り乱す。動けなくなる。


「逃げるよ」

 ユイが、オレの脹脛の傷に手をかざした。

 若葉色の優しい光が、もう一度その手に宿る。


 脹脛の傷の痛みが消えた。血の流れも止まり、どんどん傷が塞がっていく。流れ出た血も若葉色の光を放って消え、さらには、ズボンの破れ目も元通りになった。


「立って。早く逃げるよ」

 ユイが、オレの手を引く。オレは立ち上がることができた。


 ユイが、治癒魔法を使ったのだ。

 自分自身の腕の傷はそのままなのに。


「こっち」


 ユイが手を引いてくる。オレは向かおうとした路地に走り出す。

 スレアは、頭を抱えたままだ。すっかり動揺して、追いかけようともしない。

 オレたちはそんな彼女を置いて、路地裏を走っていた。

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