第30話 命の感触



 あたしが気がついた時には、銀髪のヴァンパイアの足は、石の床に広がった血溜まりと同化しいた。

 地面に沈んでいくかのようにズブズブと入り込み、すぐに腰くらいまで血溜まりに浸かってしまった。吸血魔術を使っているのは間違いない。

 

「ミノル! 気をつけろ! あいつ移動を──」


「それよりも、もっととんでもないことさ。伊織たちがあのシスターと戦っていたところに、たくさんの人間がいたでしょ」


「ああ。だからなんだ」


「あの場所に自分の体の一部を移して、人間たちの血を、全員一度に吸っている。今まさにね」


 あたしは、ミノルに音を聞かれたんじゃないかと思うくらいに、喉をゴクンと鳴らす。

 爛々と輝いていく銀髪ヴァンパイアの紅蓮の瞳。

 目尻から垂れ流された涙のような筋は、涙なのか、それとも吸った血がオーバーフローしているのか。ともかく、人間のあたしが見てもわかるほどに、奴の体に力がみなぎっていく印象だ。


 血を吸われた人間たちは、今頃ヴァンパイアになっているだろう。

 その事実が、あたしの体にも熱い体温と力をみなぎらせる。 


 あたしたちは、この二人のヴァンパイアを、絶対に許してはならない。

 この場で、必ず滅殺しなければならない。

 それが、市村さんの──血を吸われた人間たちの死を意味するのだとしても──。

 

「いくら貴様でも、この攻撃は躱せはしない。さようならだ。吸血魔術──『ごくけい』」


 死の宣言を合図に、床へ忍ばせた血液の海から無数の手が生えてミノルの足を掴んでくる。

 同時に、残った配下のヴァンパイアたちが、一斉にミノルへと突っ込んだ。

 

 突っ込んだヴァンパイアたちはミノルに飛びかかり、ハリネズミのように体内から血の針を出す。

 その後に続いた他のヴァンパイアたちは、引火したように大爆発を起こした。

 地下水路は、眩いばかりの光と大量の煙で無視界となった。


「ミノルっ!!」

 

 まさか死んだんじゃないだろうな──と息を呑んだあたしの心労を、今すぐにでも返してほしいと思った。

 あたしとメガネさんの周りに張られているこの水色のシールドは、間違いなくミノルの防御魔術なのだろうから。


 風の轟音とともに、カイが仕掛けた爆発魔術の煙は勢いよくけていく。

 そこには、いつものように微笑んだ水色エルフの姿があった。


「戦いにおける『さよなら』は、勝者が敗者に言い渡すものだよ。風の魔術アネモス・マギア渦嵐ディーネ

 

 ミノルの体表から具現化された無数の風刃が厚い壁となり、竜巻のようにミノルを包んで、爆発や棘から護っていたのだろう。


 その竜巻はどんどん前方へと膨らんでいく。渦は急速に半径を広げて、銀髪ヴァンパイアの体を押し潰すようにした。

 数え切れないほどの風刃で斬られたことにより、銀髪の体は、至る所がダルマ落としのようにズレていく。

 あっという間に細切れになり、空中で四散した。


「カイ!!」


 兄・カイの後方で、市村さんを庇いながら戦いを見守るミキは、兄を心配して悲鳴をあげた。そんなミキを、市村さんもまた庇おうとする。

 二人は、互いに庇い合っていた。

 

 カイは、細かい肉片となって地面に散らばった。

 もし、これほど細かい肉の破片となっても復元できるのだとすれば、やはり核は別のところにあるということになる。

 

 そして予想の通り、銀髪は、スローモーションのようにゆっくりと再生していく。

 頭部の再生が完了するや否や、奴は笑い始めた。


「無駄だ。この広い世界のどこにあるか分からない核を、お前らが今から見つけ出すことなど不可能だ。妖精王よ、お前がいかに強かろうとも俺は決して倒せない。そして、もし俺の妹を傷つけたなら、死よりも辛い拷問に百年は沈めてやるぞ。楽しみにしておくんだな」


「ミノル……」


 あたしは、ついミノルへ呟いてしまう。

 不安をそのまま表したような声だった。恥ずかしい限りだが、心配だったのは本当だ。

 今は優勢だが、核を壊さない限り殺せない。核を見つけられなければ、いつかは逆転されてしまう。

 そんなあたしの不安をよそに、ミノルはやはり、いつもの通りの笑顔のままだ。


「大丈夫だよ」


「その自信、マジでどこからくるの?」


「あはは。今度のは、自信とかじゃないんだけどね」


「……喋りなよ。聞いてあげる。どうせ奴らも聞く気だろうからね」

 

 銀髪のヴァンパイア・カイの笑いが止む。

 ちゅくちゅく、という肉体が再生する際の不規則な音だけが、地下水路に響いていた。


「始まりのヴァンパイアは、知性のある魔法生物だ。核は、すぐさま自分が守りに行けない場所になんて置かない。だから、核は必ず、自分の血液をつけた場所に置いてあるよ。

 でも、べっとりつけた血を誰かに見つかって清掃でもされようものなら、核の位置まで遠距離移動する手段を失っちゃう。だから、いくら遠くに隠せるとはいえ、彼らは核を見張るためにアジトから不用意に出ていかない習性を持っているんだ。

 この大聖堂が彼らのアジトなら、核が大聖堂内にあるのは間違いないよ」


 今度の図星は受け流せなかったのか。

 ようやく肩まで再生が追いついたカイは、表情を歪ませた。

 

 なら、どこにあるか?

 不用意に出ていかない。

 常に見張っている──……


 あたしは思い出した。

 この大聖堂へ来たときに、銀髪のヴァンパイア・カイが手入れしていたもの。

 薄暗い通路の途中にあった、真っ赤に塗られた十字架。

 

「ミノル。あたし、わかったかも」


「なら、君がやるんだ。伊織」


「……うん」


 あたしを行かせまいとするカイの吸血魔術が、地下水路上に血の刃を浮かばせ、妨害しようとする。

 銀髪はまだ再生中だったが、完成した上半身だけでも追おうとしたのか、手を伸ばしながら、あたしの行き先へと必死に躍り出ようとした。

 だが、ここでまたミノルの風が、血の凶器を砕いて容赦なくカイを短冊斬りにする。


「くっ……このっ」


「あはは。移動なんてさせないよ。僕の風は魔力で作られてるから、それで斬られている間は何もできないでしょ? うちの相棒が核を発見するまで斬るよ」


 魔力の嵐「ディーネ」はカイを絶え間なく斬り刻み続け、吸血魔術を使う隙を与えない。

 核の位置へワープする手段を封じられたのだろう、カイはおとなしく──いや、全力で足掻こうとしながらも動けずにいた。


 そんな支配者級マスタークラスのヴァンパイアを前にして、ダボダボの服を着たB系エルフは、いつものようにポケットに手を突っ込む。

 小首を傾げて、柔らかな笑顔で言い渡した。


「僕のフィアンセをいじめてくれた奴は、神であろうと斬り伏せるって決めてんだ」


「…………」


 もはや原型を留めないほどに散らばったカイは、喋ることができなくなっていた。


 吹き荒れる暴風が、地上にある大聖堂への道を切り開いてくれた。

 ミノルがカイを足止めしている間に、あたしは一人、中央聖堂に隣接している薄暗い通路へと急ぐ。


 血のように赤い十字架へと辿り着いて、自分の洞察力の無さを嘆きながら感慨深げに眺めた。こんな変わった十字架、今になってみれば怪しさ満点だ。


 土台のところに開きそうな部分があったので、あたしは魔蝕剣を突き刺す。

 何度か試すと、引き出しは開いた──と言うより、壊れた。


 中には、エメラルドが嵌め込まれたシルバーのネックレスが一つ置かれていた。

 かなりの年代物のようだ。いったいどれくらい前に作られたものなのか。


 あたしは、ネックレスの宝石に魔蝕剣を差し込んだ。

 見た感じ、ほぼ間違いなく宝石のはずなのだが、予想外に魔蝕剣の先端がスッと入る。

 硬質な印象の宝石らしくない。もしかすると、ほとんどが魔力でできているからなのだろうか。


 まるでグレープフルーツに包丁を刺したような感触。

 それが、命の感触だった。

  


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間界転移した意識低い系怠惰エルフ、特殊部隊に入隊します。 翔龍LOVER @adgjmstz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画