第1話
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七月二〇日。時刻、十一時三分。
場所、蕨警察著内取調室。
「だから、お前がやったんだろ!」
取調室で、男の刑事の厳つい声が響いた。
苛立った様子の刑事の前では、男子大学生が肩を震わせている。
「お前がバイト先のレジから金を取り出すのを見たって言っている奴がいる。それに、お前には動機があるだろ」
「あ、ありませんよ」
「あるだろ! お友達はパパからお小遣い貰って遊んでいる中、お前はせっせとバイトして稼がなきゃだもんな~?」
「……っ」
大学生が息を呑んだ。そのスキを見逃さず、刑事は畳みかける。
「毎日色んな所でバイトして金作って……本当に不公平だよな。だから、魔が差したんだろ? 目の前に金があったら、盗っちまうよなぁ」
「だ、だから俺はやってなんて……」
大学生が声を震わせながら否定しようとするが、それを刑事が手で制した。
「あ~いいや、お前もう……」
「え?」
刑事は突然立ち上がり、ずっとノートパソコンで記録をとっているショートカットの女性警察官に声をかけた。
「おい、自白!」
「はーい」
女性警察官はそう軽く返事をすると、キーボードを打ち始めた。
何が起きているか分からないが、自分にとってまずい状態である事は分かり、大学生もまた立ち上がった。
「ち、ちょっと、待ってください! 俺はやってないって言ってるじゃないですか! それに、俺がやったっていうんなら、監視カメラとかで確認を……」
「だから、そういうの、いいんだわ」
刑事は軽く頭をかきながら言った。
「どうせ俺が長時間お前を拘束し、『お前がやったんだろ』って言い続ければ、お前らみたいなガキはその内『俺がやりました』って言う。つまり、遅いか早いか……」
「だけどっ!」
「……自分は無罪なのに、この刑事は僕を犯人と決めつけてきた……ってか?」
「え……」
「いいよ、それでも。だけどそういう話は、お前の無罪が証明された後でやってくれ。自白強要なんて、今時珍しくもないだろ。こんなちっせえ事件に、いつまでも時間かけられねえんだよ」
「……っ」
この刑事は何を言っているんだ?
大学生は本気でそう思った。本気で、何を言われているか分からない。ここまで話が通じない相手がいるのか。
「まあ、社会勉強だって思ってさ……」
「俺は、やってません」
「だから意味ねえよ、ガキの証言なんて……書類上では『お前は自白した』って事に、数分前からなっているんだから」
「……無茶苦茶だ」
何を言っても無駄だと感じた大学生はただ項垂れていた。
それをずっと記録をとっていた女性警察官が無感動な目で見つめていた。
そして刑事が「はい、撤収」と言って強制的に終わらせて退室していく中、女性警察官が大学生の隣を素通りし――。
「運が悪かったね」
「何で……」
「何でって言われても……言った通りだよ。君が悪いわけじゃないよ。ただ、運が悪かっただけ。まあ、刑事ガチャ外れちゃったって思ってさ……受け入れなよ」
と、女性警察官は扉の前で一度止まると、無感動な目で項垂れている大学生を見て言った。
「警察が正義なのは、フィクションだけ……なんだからさ」
後日――大学生がコンビニのバイト中にレジの金を盗んだと店長から通報があり、警察が現場に向かって現行犯逮捕したが、全て店長の勘違いであり、店からお金はなくなっておらず、また監視カメラにもレジからお金をとる瞬間は映っていなかった。
大学生は二週間後に解放され――
*
八月二十五日。時刻、午後1時。
赤羽警察著内のエレベーター内では、重苦しい空気を壊すような明るい声が響いた。
「うわぁ。まーたネットニュース大荒れじゃん」
オレンジ色のスマートフォン画面を見ながら、
地毛である明るい栗色の髪を肩の位置で綺麗に揃え、毛先はゆるく巻かれている。
警察著内の備品の管理などを行っている事務員であるが、外見はアイドルの一日署長のようであり、赤羽著内では悪い意味で有名である。
「そのわりに楽しそうだな」
ほのかの隣に立っていた青年が素っ気なく呟いた。
「
「見ません。ていうか笑い方に品がなさすぎて、引きます」
「うわー、後輩のくせに可愛くねー」
「階級、僕の方が上なんですけど。それに、サイバー捜査官だったんですから、ネット民の口の悪さは僕の方がよく分かっていますよ」
と、彼――
「やっぱ可愛くねえ。ねえ、藍沢さんも、そうは思いませんか?」
「ちょっと。この人、絡み方うざいんですけど。何とかしてくださいよ……藍沢さん」
二人はほぼ同時に、エレベーターの奥に立っている男――
警察が正義なのはフィクションだけ シモルカー @simotuki30
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