第40話: 真実
厚い雲が夜空を覆い、窓の外には冷たい風が吹き抜けていた。
ガルム帝国の豪奢な城の一室では、二人の男が向かい合い、酒を酌み交わしている。
一人はガルム帝国の帝王、ゾグナス。
その鋭い眼光と重々しい声は、彼がただの権力者ではなく、恐るべき支配者であることを示していた。
もう一人はノルヴィア現国王、レイグラス・ノルヴィア。
兄ルドルフの死後、国王の座を引き継いだ彼は、野心を隠そうともせず、蛇のような冷たい笑みを浮かべていた。
二人の間には緊張感が漂っているが、それは同時に、互いに共通する利害による結託の証でもあった。
「そなたも知っての通り」
ゾグナスはグラスを傾け、一口酒を飲むと、低い声で話し始めた。
「我が国がこの地位を手に入れたのは、哀の魂と怒の魂の力を手にしたからだ。」
レイグラスはグラスを指で軽く回しながら答えた。
「もちろんだ、ゾグナス帝王。だからこそ、哀や怒の魂の力の実用化が可能かどうかを知りたい。」
ゾグナスはわずかに目を細めた。
「哀の魂による兵士の統制はまだ不完全だ。哀しみに囚われた者は自らを滅ぼす傾向がある。だが怒の魂は違う。現在、それはマチルダという小娘の中に宿っているが、その力は完全だ。奴自体が生物兵器として運用可能な域に達している。」
レイグラスの目が光を帯びた。
興味と期待、そして底知れぬ野望がその中に潜んでいる。
「ほう、それは面白い。クライアイスランドでの"哀のイザベル"との戦闘では、我が軍も大いに協力した。そして、その成果には満足している。故に、貴国で哀の魂による人間の洗脳と統制が完全に成し遂げられた暁には、是非その技術を我が国にも提供してもらいたい。我が国でも命令に背く兵士が多く、処理に手を焼いているのだ。」
ゾグナスは冷笑を浮かべ、威圧的に答えた。
「人間の実験台ならば、そちらが提供している数で足りている。我が国の研究は間もなく完成するだろう。だが、そなたの要望に応えるためにも、明日、我が国の創立記念式典においてその成果の一部を披露しようと思う。」
レイグラスは眉をひそめた。
「創立記念式典? どのような場を設けるつもりだ?」
「余興だよ。人間闘技場での試合だ。その場で怒の魂を宿す小娘の力を直接ご覧いただこう。」
レイグラスは口角をわずかに上げ、薄く笑った。
「それは楽しみだ。小娘の力とやらが、どれほどのものか見せてもらうとしよう。」
ゾグナスはグラスを掲げた。
「決して退屈はさせぬ。あの小娘に対する印象は、そなたの想像を超えることになるだろう。」
二人はグラスを軽く合わせた。その音は不気味に響き渡り、まるで闇夜に深まる悪意を象徴するかのようだった。
──────────────────
暗いアジトを壁の松明の仄かな光が照らす中、セラフィスの冷静な声が、緊迫した空気をさらに引き締めていた。
「明日、ガルム帝国では創立記念式典が開かれる。つまり、一番警備が手薄になるということだ。」
セラフィスの言葉に全員の視線が集まる。
「ハウロンは、おそらく最も警備が厳重な牢獄に捕らえられている。彼を助け出すには明日しかない。ゾグナスの力は厄介だ。怒と哀の魂の回収は、ハウロンを救出してからにした方が良い。」
その場にいた全員が、静かに頷いた。
アストリアもその一人だったが、どこか苛立ちを隠せない様子で口を結んでいる。
それを見てセラフィスは少し間を取り、重々しく言葉を続けた。
「幸い、向こうもこちらに手を出しづらい。なぜなら、こちらには喜と楽の魂がある。それが抑止力となる以上、迂闊な行動は取れないだろう。」
静寂の中、セラフィスは視線をギルバートに向けた。
「ただし、解決しなければならない疑問がある。ギルバート、あなたにはまだ、皆に話していないことがあるはずだ。」
ギルバートは驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を曇らせた。
「以前、『4つの魂をイザベル姫に返してはならない』と言っていましたね。その理由を、そろそろ話していただけますか?」
ギルバートは深く息を吐き、まるで長い間胸に秘めていた重荷を吐き出すように口を開いた。
「・・・そろそろ話す時かもしれない。」
全員の視線がギルバートに集まった。
彼は焚火を見つめるようにして話し始めた。
「イザベル姫……いや、イザベルの正体は、恐るべき闇の魔女だ。」
その場にいた全員が息を呑む。
ギルバートの語る声は低く、重かった。
「ある城の古書を漁っていた時、呪われた魔女に関する記述を偶然見つけた。魔女は世界を恐怖に陥れる存在だった。そして驚くべきことに、その魔女の城の位置が、現在のイザベル姫の王国──ルザンナの位置と完全に一致していたんだ。」
その言葉にアストリアが眉をひそめる。
「それが本当なら……なぜ誰もそのことを信じなかった?」
ギルバートは苦笑を浮かべた。
「信じる者なんて誰もいなかったさ。私は変人呼ばわりされただけだ。それでも、一人で解決するしかないと思い、単身ルザンナに乗り込んだ。イザベル姫と対峙することに成功したが、彼女は私がその正体を知っていると悟ると、すぐに私を排除しようとしてきた。」
ギルバートの目に、過去の恐ろしい記憶が蘇る。
焚火の明かりが彼の険しい顔を照らしていた。
「私は必死に戦った。そして奴を封印しようとしたその時──イザベルは自らの魂を4つに分けて、世界の各地に散らばらせたんだ。それが喜、楽、哀、怒の魂の正体だ。」
ローハンが口を開いた。
「じゃあ……俺達が今まで姫のためにしてきたことって……つまり......?」
ギルバートは静かに頷いた。
「皮肉なことだが、魔女の復活を手助けしていたことになる。」
その言葉に全員が言葉を失った。
焚火の炎が、不安げに揺れているようにさえ見えた。
「絶対にそれだけは阻止しなくてはならない。」
ギルバートの声には、これまで見たことのないほどの決意が込められていた。
セラフィスは黙って目を伏せると、再び顔を上げた。
「明日の作戦は変わらない。ハウロンを救出し、その他、一人でも多くの捕虜の人達の救出に専念してくれ。怒と哀の魂の回収は、それからだ。」
「・・・それと....」
セラフィスは松明の炎を見つめながら、静かに口を開いた。
「僕は……明日の作戦には参加しない。」
その言葉に場の空気が張り詰める。
彼は俯きながら、続けて言った。
「足の不自由な僕がいたら皆の足でまといになる。だから、ここに残るよ。」
その場にいた全員が驚きの表情を浮かべた。
しかし、すぐさまアストリアがすべてを跳ね返すように元気いっぱいに言った。
「足でまといなわけあるもんか!」
セラフィスが驚いて顔を上げると、アストリアはまっすぐな瞳で彼を見ていた。
「俺達は何をするにも、いつも一緒だろ? 明日の作戦だって、セラフィスがいないと意味がない!」
その言葉に、ローハンが静かに笑みを浮かべて頷いた。
「そうだ、セラフィス。お前がいなきゃ始まらない」
レジスタンスの仲間達も同じように微笑みを浮かべ、口々に声をかけた。
「君の指揮が必要だ。」
ギルバートが静かに優しい声で言った。
「私は魔法使いだ。子供一人背負いながら戦うことなど、何も問題ない。」
セラフィスの視線が次第に下を向き、目を瞑る。
誰もが彼の負担を知っていたが、同時に彼がどれほど自分を責めているかも理解していた。
「みんな……」
震える声とともに、セラフィスの目にうっすらと涙が溜まった。
松明の明かりがそれを照らし出す。
アストリアが軽く肩を叩いて笑った。
「よし、決まりだな! 」
セラフィスは何も言えず、小さく頷いた。
仲間達の温かな視線が、彼の胸の中に染み渡っていく。
Duo in Uno (デュオ・イン・ウノ)〜双子の勇者の冒険〜 とろろ @tororo249
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