鬼門の月

 家に帰っている途中、いつもより少し大きく見える月を眺めていると遠くから祭囃子が聞こえた。

 こんな町にも祭りがあったのだなと思い、祭囃子の聞こえる方へ進んだ。

暗い中月明かりに照らされた道を進むと囃子の音楽と光が身を包んできた。


 道には屋台が並び、屋台と屋台をつなぐように提灯が飾り付けられておりいかにも縁日といった面構えであった。

 道を行く人々の多くは狐、鬼、はたまたひょっとこといった様々な面を被り祭りを楽しんでいる。どこからか聞こえる祭囃子も心なしか先ほどよりも弾んでいるように感じた。


 屋台を眺めながら歩いていると、いか焼きが目に入った、香ばしい醤油ダレの匂いについ誘われてしまった。

 屋台に顔を覗かせる。


 面を被った主人に


「いか焼きをひとつ、」


 しかし、主人はこちらを見て微動だにしない、なにかおかしいことでもあっただろうか、そう思ったときふいに空が明るくなった。


 見上げるとそこにはこれまで浮かんでいた月とは違う月がもう一つ、反対方向の雲の隙間から顔を覗かせていた。


 これまで出ていた月を見ると先ほどよりも大きくなっているように感じた。 すると屋台の主人はおもむろに面を外した、そこにあったのは昨年死んだ祖父であった。そこで昔祖父に教えられたことを思い出した


 夜、鬼門の方角に大きな月とともに祭囃子が聞こえたら寄り道をせずに家に帰りなさい。もし祭りの中に入ってしまっても、絶対に食べ物は食べてはいけないよ。それは死者の祭りだからね。


 祖父は何も言わずに私の足元を見た、私もつられて足元を見る。


 あぁ、確かにこれは死者の祭りだと実感した。

 足元を伸びる影がすべて私の影とは逆方向にだけ伸びていたのだ。


 それからの記憶はあまりない、気づけば家に帰っていた。

 今思えば、祖父は私があの祭りの住民にならないためにいか焼きを買わせなかったのではないだろうか。


 私は今でも祖父の墓参りには毎年行くようにしている。






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短編 創作怪談 雨廻アノヒコ @UkaiAnohiko

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