TS王女は逃げ出せない!

 死屍累々。

 黒煙が立ち上る夕空の下、モヒカンが空しく揺れている。

 勇者と魔王は破竹の勢いで突き進み、たった2日で王国からオークたちを叩き出してしまった。

 後に残されたのは、ぺんぺん草も生えない荒野だけ。

 もう天災だよ、これ。


「うぅっ…王女…!」


 変わり果てた国土を見て、涙ぐむ大臣。

 そうだよな、泣きたくなるよな。


「ついにやりましたな!」


 やっちまったの間違いだよ!

 お前の頭も不毛の大地にしてやろうか!?


「…そうですね」


 やめよう、体力の無駄だ。

 今の私は死んだ魚みたいな目をしてるんだろう。

 優雅な王族ライフなんて夢のまた夢。

 そもそも復興できるの、これ?


「おお、勇者殿と魔王殿が戻られたようですぞ!」


 当たり前のように魔王を受け入れるな、この大臣。

 実は大物なのか?


『ドロテアさん、終わりましたよ!』


 犬の尻尾みたいに手を振り、駆け寄ってくる勇者フッド。

 夕陽に照らされた純白の甲冑には擦り傷一つない。

 化け物かな?


『ドロテアよ、戻ったぞ』


 そして、小山みたいな体躯の魔王アードバークが悠然と歩み寄ってくる。

 その背後に聳え立っているのは、元我が家こと巨人グランデ・ニードだ。

 もはや何も言うまい。


「フッド様、アードバーク様、見事な戦いぶりでした」


 お腹の前に両手を重ね、背筋を伸ばす。

 引き攣りそうな口元を鋼の意志で抑え、笑顔で2人を出迎える。


『そ、そんなっ…大したことはしてません』

『ふっ……この程度、造作もないわ』


 照れ臭そうに両手を振る勇者、自信満々に腕を組む魔王。

 2人のおかげで国土は荒廃しましたよ、ええ。

 大したことないなら加減しろ、化け物ども!


『…さて、ドロテアよ』


 2つの影が夕日を隠し、空気が張り詰めていく。


 ──ついに来てしまったか、この時が。


 約束を果たした勇者と魔王が、今か今かと褒美を待っている。

 だが、そうはいかない。

 2人には、ここで共倒れしてもらう!


「お待ちください」


 わけにはいかなくなった!

 なぜなら、2人を亡き者にすると、ケーテル王国の戦力はゼロ。

 そうなれば諸国に国土を切り取られて亡国王女待ったなし。

 王国再興まで力を借りざるを得なくなったのだ。

 不本意ながら!


「お二人の健闘を称え、宴の席を設けさせてください!」


 それをにも出さず、勝利を喜ぶ純真な王女として振舞う。

 本当は宴なんて開く余裕なんてないけどね!

 とにかく先延ばしにするしかない!


 懸念材料は──先延ばしが通じるか、だ。


 却下された場合、私に為す術はない。

 背筋を伝う冷汗。

 お預けされた2人は、どう出る?


『戦勝会か……いいですね!』

『それも一興か』


 ちょろいな、おい。

 恋は盲目っていうけど心配になるぞ。

 でも、これで策が練られるというもの。

 かぐや姫の如く無理難題を出して再興までの時間を稼ぐ!


『悪くない働きだったぞ、フッドとやら』

『アードバークこそ』


 そんなことを考える私の前で、勇者と魔王が健闘を称え合う。

 肩を並べて戦えば、友情の一つも生まれるか。


 互いに手を差し出し、握手を──交わさない。


 いや、この流れで交わさないの?


『顔を隠したままっていうのも、あれだな』


 思ったより常識的な理由!

 しかし、素顔が気にならないと言えば嘘になる。

 初対面の相手に求婚するような男は、どんな面をしてるのやら。


『このままでも構わぬが……よかろう』


 そう言って膝を突き、静止する漆黒の甲冑。

 夕陽を吸い込む純白の甲冑も同じく、動きを止める。

 節々から白煙が噴き出し、2人の姿を覆い隠す。


 まるで霧──勿体ぶるなよ、気になるだろ!


 固唾を呑んで見守る中、浮かび上がる人影。

 どうやら甲冑の中身は、ちゃんと人だったらしい。

 一面の白が風に流されて──


「はい?」


 私の思考は停止する。


「やっぱり、外の空気は気持ち良いなぁ」


 争乱とは無縁そうな、穏やかな声が耳を撫でる。

 純白の甲冑から現れたのは、私より年上と思しき美女。

 夕陽を吸い込む髪は黄金、目尻の下がった翠の瞳は宝石のよう。

 そして、女神顔負けのプロポーションが目を引く。


「うむ、風を感じるのも悪くない」


 もう一方から響く甘ったるい声。

 声の主は、漆黒の甲冑を踏み台に立つ美少女だ。

 靡く黒髪に真紅の瞳、白磁のような肌はビスクドールを連想させる。

 不敵な笑みを浮かべているが、それが逆に愛くるしさを──


「どうかしましたか、ドロテアさん?」

「はっ……いえ、その…!」


 そんな2人から視線を向けられて、ようやく頭が再起動する。

 いやいや、ちょっと待て。

 落ち着け、私。


「お二人は女性だったのですか?」


 そんなことってある?

 私は今まで美女勇者美少女魔王から求婚されてたってこと?

 両手に花、控えめに言っても最高では?

 ようやく私にも春が来たのか!?


「何を言っておる」


 あ、雲行きが怪しくなってきた。

 黒髪少女は愉快そうに紅い目を細め、平坦な胸を張る。


「我は男ぞ?」


 急転直下。

 何を言ってるんだ、こいつは?


 お前のような男が──いるか。


 私だね、うん。

 いや、待ってほしい。

 どう見ても美少女なんだよ?

 そんなことってある!?


「えっと、俺も……男です」


 お前もかよ!

 包容力抜群ゆるふわ年上お姉さんって外見のくせに!?


「魔女の呪いで、こんな体にされちゃって……」


 なんだって男を女にする呪いなんて編み出したんだよ、魔女!

 そんな需要ないよ!


「そんなことが…!」


 しかし、どれだけ内心で荒れ狂っていても清楚な王女像は崩さない。

 口元を押さえ、気の毒そうな表情を浮かべる。

 平常心だ、ドロテア・ハイデマン!


「召喚に応えられる器がしかなくてな」


 漆黒の甲冑より降り立ち、アードバークが絶壁な胸をぺちっと叩く。

 私より身長の低い黒髪少女は、いちいち所作が可愛い。

 これで男じゃなければ!


「まぁ、細かいことは気にするでない」


 細かくないよ、気にしろよ!

 中身が男とか許されないよ、出直してこい!


「心配せずとも子を成すことはできるぞ!」

「そ、そうなのですか……」


 心配しかないよ。

 間違いなく邪法だよね、それ?

 可愛らしい美少女に迫られて、頬が引き攣る日が来るとはね。


「ドロテアさん!」

「はい、なんでしょう?」


 金髪美女が胸元で手を合わせ、じっと私を見つめてくる。


「お、俺も頑張ります!」


 対抗心を燃やすな!

 お前らの体力に付き合わされたら、私が死ぬよ!


「まさか、お二人との御子で王家の再興を!?」


 この大臣、そろそろ粛清すべきか?

 いや、絶対に粛清しよう。


「これからよろしく頼むぞ、ドロテア」

「よろしくお願いします、ドロテアさん!」


 花が咲くような笑みを見せる美少女と美女。

 荒野に沈む夕陽を背景にすると、すごく絵になるね!

 ちくしょうめ!


 今すぐ逃げ出したい──が、そうもいかない。


 深呼吸を一つ、姿勢を正す。

 2人の前でドレスの裾をつまみ、深々と頭を下げる。


「こちらこそよろしくお願いいたします」


 私は諦めが悪いんだ。

 外見が美女、美少女だからって容赦しないぞ。

 王族に転生してから18年、ここまで来て私のライフプランを邪魔されてたまるか!

 非常識な勇者も魔王も退けて、優雅な王族ライフを送ってみせる──


「どちらを正室になされるのですか、王女よ」


 送れるよね?

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TS王女は逃げ出したい! バショウ科バショウ属 @swordfish_mk1038

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