TS王女は取り戻したい!

 前世では考えられなかった人気ぶり。

 だがしかし、前世において男だった私は微塵も嬉しくない。

 百歩、いや百万歩譲って相手は一般男性にしてくれ。


『ドロテアよ、子は何人欲しい?』


 勝手に私のライフプランを決めるな、おい。


『我としては13人は欲しいのだが……』


 草野球チームでも作る気か!?

 恐怖を通り越して、怒りが湧いてきたぞ。

 この魔王、絶対に殺そう。


『アードバーク』

『なんだ?』


 勇者は私を抱えたまま、魔王と相対する。

 じっと睨み合う両者、空気な私。


『悪いが、この国を救うのは俺だ』


 頼もしい啖呵を聞き、思わず純白の兜を見上げる。

 やはり、時代は勇者。

 さっきは童貞っぽいとか思ったけど、これは期待──


『ドロテアさんは渡さない!』

『ほぅ……』


 そう来ると思ったよ、この童貞勇者!

 私の期待を返せ!


『あ、あの……ドロテアさんっ』

「なんでしょう?」


 か弱くも気高い王女像は継続中。

 逃げ出したい衝動を抑え込み、童貞勇者に真摯な眼差しを向ける。


『新婚旅行は、海とか、どうですか…!?』


 馬鹿じゃないの?

 危うく清楚じゃない声が飛び出すところだったわ。

 まともなのは私だけか!?


 ずどん──玉座の間に、扉の残骸が飛び散る。


 まずい、破られた!

 ぞろぞろと玉座の間に踏み込んでくる影。

 トゲ付き肩当てを装備し、モヒカンみたいな髪を揺らす豚面の亜人──


《邪魔するで!》


 オーク!

 私を娶るため、王国に攻め込んできた蛮族。

 ぎらぎらと輝く視線は、野獣のそれ。


《ドロテアちゃん、迎えに来たで!》

「私の意志は変わりません」


 断固拒否だ。

 私はオークの嫁にはならないぞ。


《そう言わんといてや、ドロテアちゃん》

《ギュスターヴはん、この日のために色々根回ししはったんや》


 オークたちは赤絨毯を敷き、花嫁衣装を手に──外見とのミスマッチが過ぎるだろ!?


《花嫁衣装、きっと似合うで?》


 そう言って朗らかに笑う略奪種族の皆さん。

 なに笑ろとんねん!


『──ドロテアさん』


 オークたちの視線を遮る純白の甲冑。

 勇者は壊れ物を扱うように私を下ろし、悠然と立ち上がる。


『ここは任せてください』


 サムズアップする童貞勇者。

 四面楚歌、孤立無援、誰が勝っても私に未来はない。

 ここは地獄か?

 いや、まだ諦めてたまるか。


「お気をつけて、フッド様…!」


 胸の前で両手を組み、略奪種族の撲滅を願う。


『はい!』


 晴々とした返事を突風が掻き消す。

 瞬きの後、勇者の手には背丈を越す槍が握られていた。


《なんやなんや》

《また騎士かいな》


 勇者を前にして、オークたちは全く怯まない。

 花嫁衣装が汚れないよう衣装箱に仕舞い、物騒な得物を抜き放つ。


 静寂──玉座の間に緊張が満ちる。


 数的不利だけど、勝てるんだよね?

 袋叩きにされたりしない?


『追い風を受け、すべてを穿て』


 心配する私を余所に、穂先をオークたちへ向ける勇者。


『ブレイブ・テンペスト!』


 刹那、世界が爆ぜた。

 玉座の間に暴風が吹き荒れ、とても目を開けていられない。


《うそぉぉぉ……》

《ぬわぁぁぁ……》


 遥か彼方へと飛んでいくオークたちの声。

 ちょっと待った。

 飛んでいく?


 恐る恐る目を開けると──きれいな青空が見えるね。


 ずいぶんと開放的になった玉座の間に、爽やかな風が吹く。

 なんという悲劇的ビフォーアフター!

 加減しろ、馬鹿! 


「おお、さすがは勇者殿だ!」


 それでいいのか、大臣!

 玉座の間が屋上テラスになったんだぞ!?

 城外から聞こえてくる轟音は、間違いなく勇者の仕業。

 このままだと王城が更地になる!


『黙って聞いておれば、好き勝手に言ってくれる…』


 いつの間にか私の隣で両腕を組んでいる魔王。

 まさか勇者がいない隙を狙って!?

 強硬策に出られたら、打つ手が──


『この国を救うのは、我ぞ!』


 いや、張り合うのかよ!

 それでも魔王かよ!


『この魔王アードバークに為せぬものなし!』


 魔王が手を振るえば、禍々しい靄が石床へ染み込んでいく。

 これ以上、我が家に何をする気だ!?


「これは…!」


 床が、玉座が、王城そのものが震える。

 生き物みたいに壁や床が波打ったかと思えば、石材が独りでに動き出す。


『とくと見るがいい、ドロテア!』


 見える景色が青空へ近づき、遠のいていく大地。


 築32年の王城は──巨神族もかくやという石の巨人になりましたとさ。


 いや、冗談じゃないんだが!?


『これが我が城、グランデ・ニードだ!』


 お前の城じゃないよ!

 ここは私の城だよ!


「なんという魔術……す、すばらしい!」


 泣いて喜ぶな、しわくちゃ宮廷魔術師!

 魔王と動く城だぞ!?


『どうした、ドロテアよ』


 自信満々だった魔王が、不意に顔を覗き込んでくる。


 よくも我が家を──落ち着け、私。


 過ぎたことを悔いても仕方ない。

 ここは握り拳より褒め言葉が正解のはず!


「す、すばらしいと思います」

『くっくっくっ……そうであろう!』


 あ、頬が引き攣りそう。


『行け、グランデ・ニード!』


 ご機嫌な魔王の命令に従い、元我が家が動き出す。

 巨塔のような剛腕が雲を引き裂き、眼下のオークたちへ振り下ろされた。

 爆ぜる大地、巻き上がる土煙。


《なんじゃそりゃぁぁぁ!》

《ギュスターヴはぁぁん!》


 天高く吹き飛ばされ、星になるオークたち。

 圧倒的じゃないか、元我が家は!

 蛮族ごと城下町を粉砕だ!

 誰か止めて!


『やるな、アードバーク!』

『ふっ…貴様こそ』


 当然のように空を翔ぶ勇者が、巨人の肩へ降り立つ。

 それを横目に鼻を鳴らす魔王。

 被害が最小限になるよう祈る私。


『でも──』

『だが──』


 こっちを見るな。


『負けない!』

『負けん!』


 息ぴったり!

 お前ら、それでも勇者と魔王か? 


 ──そこからは戦いと呼べるものではなかった。


 暴風が吹き荒れ、巨人が大地を揺らす。

 おびただしい数のモヒカンが打ち捨てられ、見渡す限り不毛の地が広がる。

 恐るべし勇者、恐るべし魔王。


『ドロテアさん!』

『ドロテアよ!』


 瓦礫に腰かけ、黄昏る私の下へやってくる救国の英雄。

 傍から見ても上機嫌と分かる足取りだ。


「フッド様、アードバーク様、この度はありがとうございました」


 まずは窮地を救ってくれたことへの感謝を述べる。

 色々言いたいことはある、あるけど!

 オークの嫁にされていないのは、2人のおかげだ。


『さぁ、我の伴侶に…!』

『お、俺も頑張ったので、その…!』


 お前らは思春期の高校生か!

 いや、もういいよ。

 オークという目先の脅威が去り、疲れ果てた私は幾分か冷静だ。


「お待ちください」


 逸る勇者と魔王を、ひとまず落ち着かせる。

 もう振り回されないぞ。

 一呼吸、それから話を切り出す。


「褒美については、王国を取り戻してから……にしていただけないでしょうか?」


 ケーテル王国を取り戻し、今度こそ優雅な王族ライフを送る!


 そして、勇者と魔王には──共倒れしてもらう。


 召喚しておきながら申し訳ないけども、娶られるつもりはない。

 じっと私を見つめる白黒の兜には、穏やかな笑みを返す。

 大丈夫、気取られてはいないはず。

 いないよね?


『分かりました!』

『ふむ、致し方あるまい』


 聞き分けが良くて助かった!

 ということで、本日は解散に──


『そうと決まれば』

『行こう、ドロテアさん!』


 え、今から行くの?

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