TS王女は逃げ出したい!

バショウ科バショウ属

TS王女は呼び出したい!

 亡国一歩寸前である。

 いや、もう亡国なのかもしれない。

 この城が陥落すればケーテル王国は、すべてを失う。

 おどろおどろしい太鼓の音が玉座の間に響いている時点で、私の命運も秒読み。

 このままだとオークの嫁にされて一生を終える。

 それは死んでも嫌だと、王家に代々伝わる秘儀を使ってみたわけだが──


「せ、成功です!」

「おお…!」


 しわくちゃ宮廷魔術師が歓喜の声を上げ、オークに寝返らなかった大臣が拳を握る。


 秘儀──それは召喚術の一種だったらしい。


 巨大な魔法陣の描かれた玉座の間には、2つの影があった。

 なるほど、成功か。


『この魔王アードバークを呼ぶ者は誰か……』


 何が成功だって?

 禍々しさに振り切った漆黒の甲冑を纏う化け物が救世主に見えるのか!?

 どう見ても人類の天敵じゃないか、おお神よ!


『勇者フッド……呼び声に応じ、推参』


 勇者!

 なんて素敵な響きだろう。

 聖騎士もかくやという純白の甲冑は、私の窮地を救ってくれるに違いない。

 魔王を同じ場に呼ぶな、しわくちゃ宮廷魔術師!


「王女、彼らこそ救国の英雄です!」


 現実逃避していた私を現実へ呼び戻す大臣。


 ──2対の視線が私を射抜く。


 息を忘れるほどの重圧に、頬が引き攣る。

 恐れるな、ドロテア・ハイデマン。

 転生してから18年、数多の危機を乗り切ってきただろう。

 大丈夫だ、魔王も勇者も手懐けてみせろ。


「アードバーク様、フッド様」


 あえて肩書はつけず、名前だけを読み上げる。

 細い喉が奏でる声は、王国一清楚という自信がある。

 まずは、この声で2人の警戒心を解こう。


「我々の呼びかけに応じていただき、ありがとうございます」


 手足を揃え、玉座から一礼。

 こちらが呼び出したのだから礼を欠くわけにはいかない。

 それから焦らず、ゆっくり、淑やかに席を立つ。


「お二人をお呼びした理由は、ただ一つ……」


 祈るように両手を組み、救国の英雄様を真っすぐ見据える。

 庇護欲を掻き立てる弱さを見せつつ、心は折れていない。

 か弱くも気高い王女像を、私は全力で演じる!


「王国の窮地を救ってほしいのです…!」


 人間とは相容れないオークすら魅了してしまった美貌に、前世子役の演技力も加われば鬼に金棒。

 第一印象は完璧のはず。

 魔王と勇者の反応は、どうだ!?

 

『いい……』

『うん、いい……』


 今、こいつらなんて言った?


『おほん……』


 咳払いで誤魔化そうとする魔王。

 刹那、その影が視界から消える。


『小娘、名は?』


 自慢の銀髪を荒々しい風が弄ぶ。

 いつの間にか私の顎に、魔王の手が添えられていた。

 全身を駆け巡る悪寒。

 抵抗は無意味だと本能で察する。


『答えぬか』


 私を見下ろす兜の奥で紅い眼光が瞬く。

 甲冑の節々から禍々しい靄が漏れてるけど、大丈夫?


 あ、吐きそう──落ち着け、深呼吸だ。


 ここで怖気づいたが最後、私に未来はない。

 為政者とは嘗められたら終わり。 

 上等だ、魔王。


「ドロテア・ハイデマンと申します」


 真正面から見返し、堂々と名乗りを上げる。

 手は小刻みに震えてるけど、声は震えてない。

 そう簡単に屈してたまるか!


『ほぅ……我を前にして一歩も引かぬか』


 小山みたいな魔王は、肩を揺らして愉快そうに笑う。

 引きたいけど引けないだけだよ!


『気に入った』


 急に雲行きが怪しくなってきた。

 嫌な予感が──


『ドロテアよ、其方を我の伴侶としてやろう!』


 高らかに宣言する魔王。


「は?」


 呆気に取られる私。

 何を言ってるんだ、この魔王は?

 こっちは素顔すら知らないんだが?


『やめないか、アードバーク!』


 吹き抜ける突風に、思わず目を瞑る。


 風が頬を撫で──再び目を開けると魔王の姿はなかった。


 背中と膝裏に硬い感触があり、足は床についていない。

 少し視線を横にずらせば、純白の兜が目に入る。

 これは、所謂お姫様抱っこ?


『ドロテアさんが困ってるだろ!』


 さすが勇者!

 困っているなんて次元の話じゃないが、とにかく助かった。


『ふむ……困っているか』


 玉座の前に佇む魔王が

 そこで初めて魔法陣の上まで移動していたことに気がつく。


 ここからどうするか──ずしん、と玉座の間が震える。


 この音は、玉座の間に通じる扉を叩く破城槌だ!

 このままだとオークの手勢と魔王に挟まれる!

 どうする、どうすればいい!?


『ドロテアよ』

「は、はい」


 禍々しい靄を纏った魔王が、じっと私を見つめる。

 まるで猛獣に睨まれているみたいだ。

 でも、こっちには勇者がいるんだぞ!


『其方の望みを叶えれば、我は何を得られるのだ?』


 今に勇者をけしかけようとしていた私の耳に理性的な問いが届く。

 まさか、これは交渉できる可能性が?


『地位も財も不要ぞ』


 いや、それ、選択肢がないだろ。

 初めから私が欲しいって言えよ、面倒くさい!


 ずしん──玉座の間を震わす破城槌の一打。


 まずい、時間がない。

 魔王に娶られるつもりはないが、ここで勇者と魔王が共倒れしても万事休す。

 かくなる上は!


「この国を救ってくださった暁には……」


 この場だけでも!


「我が身を捧げましょう…!」


 やり過ごす!


「おお、王女…!」


 感極まった大臣が隅っこで涙ぐむ。

 お前は譲歩案を引き出せ、退路を断つな!


『くっくっくっ……その願い、叶えてやろう!』


 漆黒の甲冑から禍々しい靄が噴き出し、玉座の間に渦巻く。

 そんなに私を娶りたいか!?

 この場を切り抜けたら、魔王は殺すしかない。

 潤む瞳を、頼みの綱である勇者へ向け──


『あの、ドロテアさん……が、頑張れば、俺も?』


 お前もかよ!

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