「捕食者系魔法少女」の短編を公開します。
第7弾は「ゴースト7の戦い」を描いた過去編になります。
限定要素の【登場したファミリアの紹介】がないため、今回は全体公開です。
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アメリカ陸軍危機即応部隊第7分遣隊、ゴースト7の結成は4年前に遡る。
異界からの侵略者――インクブス――の出現から1年、アメリカ合衆国は多大な損失を被っていた。
熱核攻撃による殲滅戦が失敗し、残されたのは荒廃した国土と悪辣な侵略者。
人類の守護者たるウィッチが抗戦に加わり、一時は拮抗状態に持ち込む。
されど、軍属のウィッチとは――ひどく脆いものだった。
自由意志のないウィッチは能力を制限される。
それを知っていたのは、戦女神の助言を聞き入れた日本国のみ。
既に組み込んでしまったアメリカ軍は放り出すこともできず、擦り減っていった。
才あるウィッチが次々と姿を消し、戦局は劣勢に傾いていく。
そんな絶望的な状況下で、ヘカテイアの提案が全てを変える。
『私の力を皆に分け与え、共に人々を護りましょう』
ウィッチナンバー3の名を戴く彼女は絶大な力を有するが、個人で支えられる戦線は限られていた。
ゆえに思い至ったのが、自身の権能を用いたウィッチの量産。
いつ現れるかも知れないパートナーを待たず、無力な少女たちに力を分け与え、国防の剣とする。
最初の志願者は28人――7チームが結成された。
ヘカテイアの力を1人では制御できず、4人で1人となるよう分配した。
それが逆に戦術に柔軟性を生み、インクブスとの戦いで大きな武器となる。
彼女たちは危機即応部隊の祖であり、第7分遣隊は最初期に生み出されたヘカテイアのゴーストである。
◆
エリオット湾を見下ろす高層ビル群が朝日に照らされ、黒い影をシアトルの街並みに落としている。
砲爆撃で破壊された無残な姿は、まるで墓標のよう。
それを横目に住宅街を疾走する軍用車両の列は、侵略者の執拗な攻撃に晒されていた。
《雄どもを殺せ!》
《雌には当てるなよっ》
住宅の車庫から庭先へと飛び出す矮躯のインクブスたち。
尖った耳と鼻をもつゴブリンは下劣な笑みを隠しもしない。
その手には、トラウマプレートも貫徹可能なボウガンが握られている。
『9時方向、ゴブリン型!』
『マ・デュースを叩き込め!』
NATO迷彩を施した装輪車のキャビンで重機関銃の銃身が回る。
その弾みで転がり落ちていく薬莢。
鋭い風切り音――射手を護る防盾に矢弾が突き立つ。
舌打ちするゴブリンをM2が睨んだ。
トリガーを押し込めば、分間600発が咆哮を上げる。
《ぬぉっ!?》
《ぐがぁ!》
紅い曳光弾が庭先を跳ね回り、矮躯の影を吹き飛ばす。
重機関銃の掃射は横殴りの暴風雨に等しい。
インクブスを護るエナの防壁も衝撃までは殺せない。
『くたばれ、害獣どもが!』
芝生が舞い、噴き上がる土煙がインクブスたちを覆う。
その間も装輪車は速度を落とさず、後続を引き連れて路上を駆け抜ける。
《舐めやがって!》
芝生を頭から払い落とし、怒りを露わにするゴブリン。
追撃のため、次なる矢弾をボウガンに番え――
『は~い、退いてね!』
立ち込める土煙の中、場違いな少女の声が響く。
大きく翻される灰色の影は、7の番号が描かれたロングコート。
《なっ!?》
淡い青の瞳が侵略者の醜悪な顔を映す。
刹那、得物が振り抜かれる――それは音を置き去りにした一撃。
ゴブリンの頭蓋を砕き、下劣な内容物を庭先に散らす。
《くそがぁ――》
赤い弧を描き、ハンマーが次なる獲物を打つ。
響き渡る破裂音、宙を舞う矮躯。
その一撃はボウガンごとゴブリンを叩き折り、周囲の土煙も一掃する。
『まったく……口だけは達者ね』
白化した髪を靡かせ、一振りで得物から血を払うウィッチ。
ゴースト7の前衛を務めるシルビア・カーライルは息を継ぐ。
小休止は一瞬。
すぐさま装甲板の如きシールドを担ぎ、車列を追って駆け出す。
『シルビア、2時方向を警戒!』
『はいはいっ』
相方の警告とシールドを構えるのは同時。
傾斜をつけた装甲が矢弾を弾き、金属の擦れる不快音が鳴り響く。
跳ねた矢弾から散る液体は、ウィッチを侵す劇物だ。
鋭く細められたシルビアの目が対面の住宅を睨む。
『レイラ』
『分かってる』
一閃。
飛び散る赤い血、風に靡く純白の髪。
《ぐげっ!?》
ゴブリンの腕が宙を舞い、レンガの敷石を黒ずんだ赤が彩る。
水平に振り抜かれたロングソードはエナの防壁を物ともしない。
レイラ・コーンウェルは返す刃で侵略者の首を刎ねた。
『排除したわ』
ガラス玉を思わせる淡い青の瞳に宿るは、静かな敵意のみ。
ノースダコタの片田舎でトウモロコシを抱く純朴な彼女は二度と戻らない。
『これで28だっけ?』
シルビアは言い知れぬ虚しさを笑顔の仮面で隠し、幼馴染の頬を指差した。
『31よ。数えないんじゃなかったの?』
怪訝そうな視線を返すレイラは、頬に跳ねた血を乱雑に拭う。
白い肌に煤の混じった赤黒い筋が残される。
『まだまだ隠れてそうねぇ』
『私たちの任務は護衛よ、シルビア』
未成年の少女であってもシルビアたちは軍人であり、独断専行は許されない。
ゴースト7に与えられた任務とは、ダウンタウンに取り残された民間人を救出すること。
一帯のインクブスを殲滅することが目的ではない。
『そうね。早く追いかけましょ』
7の番号が描かれたロングコートを翻し、灰色のウィッチたちは再び駆け出す。
路上を叩くブーツの足音が無人の住宅街を反響する。
突き破られた窓や玄関に飛び散る液体――侵略者の忌むべき痕跡だ。
太平洋岸北西部最大の都市であるシアトルはインクブスの手に落ちつつある。
今回の救出作戦が地獄から脱する最終便だった。
≪こちらクーガー3、南東から接近する敵を確認――くそったれ、オーガ型だ!≫
2人の耳に飛び込む切迫した通信。
それはワシントン湖上空に滞空する攻撃ヘリコプターから発されていた。
険しい表情を浮かべる2人は、無意識のうちに得物を強く握り締める。
『大人しく通してくれるとは思ってなかったけど……』
『ここでオーガ型とは…!』
NATO報告名でオーガと呼称されるインクブス。
筋骨隆々の巨躯は大質量を易々と振り回し、対戦車火器に耐え得る防御力を有する。
その戦闘能力は1個戦車小隊に匹敵するという怪物だ。
車列が接敵すれば、たちまち蹂躙されてしまうだろう。
≪シルビア、レイラ、急ぎ合流を≫
しかし、無線越しに聞こえるリーダーの声は冷静だった。
≪オーガ型を迎撃します≫
『了解』
シルビアとレイラもまた一切の躊躇なく応え、脚を速める。
インクブスの犠牲となる者を少しでも減らすため、彼女たちは命を賭す。
それは散逸してしまったヘカテイアの意志でもあった。
≪クーガー3、こちらゴースト7、オーガ型への攻撃を要請します≫
≪こちらクーガー3、了解≫
通信の後、朝日射す空を横切るロケットモーターの閃光。
対戦車ミサイルの白い軌跡が無人の住宅街へ突き刺さる。
着弾――衝撃波が大地を走る。
吹き抜ける荒々しい風が純白の髪を弄ぶ。
南東より立ち上る黒煙を一瞥するも2人は疾走を止めない。
進行方向に人影を捉えた瞬間――
『ちっ…!』
シルビアたちの頭上より巨大な影が降る。
その質量を前に防御は無謀、残された選択肢は回避。
2人は同時に地を蹴り、黒い影より脱する。
大気を切り裂く音――遅れて、金属の潰れる悲鳴。
砲爆撃を思わせる一撃が大地を震わす。
アスファルト片が飛び散り、街路樹や放置車両を強かに打つ。
『怪我はない、レイラ?』
擦過痕の刻まれたシールドを下げ、シルビアは相方の安否を確かめる。
『ええ、問題ないわ』
親指を立てるレイラは口元の笑みを消し、鋭い視線を路面へ注ぐ。
直立する黄色の墓標は、かつてスクールバスだったモノ。
そのボディには巨大な手形が残されていた。
『無事ですか、2人とも』
鉄屑となった日常の残骸を躱し、モーガン・リーヴィスが姿を現す。
丁寧に編み込まれた髪は彼女の性格を、携えたアンチマテリアルライフルは彼女の役割を表している。
2対の青い瞳に映るリーダーは微かに安堵の表情を浮かべた。
『平気平気〜』
モーガンへ軽く手を振り返し、路面からシールドを引き抜くシルビア。
その隣に立つレイラは南東の方角を睨む。
『救出部隊の状況は?』
『ルートAを放棄し、ルートBから移動中です』
大地を軋ませる足音を無視し、冷静に現況を確認する。
車列に被害は出ていないが、既存ルートは敵の射程内だ。
ルート変更はやむを得ない。
『作戦はどうするの、モーガン?』
シールドを構えたシルビアは普段通りの口調で問いかける。
なおも近づく重々しい足音。
無人の住宅街に放置車両の喧しいアラームが鳴り響き、圧迫感は増大を続ける。
『マジックで表層エナを剥離させ、レイラの刺突で内部から破壊します』
作戦は単純明快、ゴースト7の総火力を投じた短期決戦だ。
エナの残量、車列との距離、敵の増援といった時間的制約から長期戦は論外だった。
『了解。いつも通りね』
毅然とした相方の横顔を見遣り、シルビアは口を引き結ぶ。
チームで最も危険なポジションに立っているはずだった。
しかし、実際に死と隣り合わせであったのは、楯ではなく剣。
自身の傷すら癒してしまう力が、幼馴染を死地へと向かわせる。
『さっさとジャイアントキリングしちゃいましょうか』
それを大人しく静観するシルビアではない。
誰一人欠けることなく生還するため、少女は最前列に立つ。
笑顔の仮面を貼り付けて。
重い足音が止まる――亡霊と怪物を隔てる障害は、2階建の住宅のみ。
灰色のウィッチたちは姿勢を落とす。
『来る…!』
武骨なブーツが路面を蹴った瞬間、眼前の住宅が爆ぜる。
爆心地から放射状に放たれる破壊の嵐。
レンガや家具の破片は弾丸に等しく、街路樹を砕き、住宅の壁面を貫く。
《たかが雑兵に手こずりよって》
巻き上がる粉塵で霞む視界の中、響くインクブスの声。
人々の営みを土足で踏みつけ、筋骨隆々の巨躯が姿を現す。
手には異界の金属で作られた鈍器、首には焼け焦げた履帯を巻き付けている。
原始的武器に略奪物の装い、まごうことなき蛮族だ。
《脆弱なウィッチが3匹か》
それと相対する人類の守護者は3人。
オーガの初撃は彼女たちの纏うロングコートを襤褸に変え、晒された肌に擦過痕を残した。
しかし、それだけだ。
青い瞳に宿った戦意は今も静かに燃えている。
《まぁ、いい》
その様を鼻で笑い、品定めするような視線を3人へ向ける。
貧弱なエナの気配から一切の脅威と見做していない。
やがて視線をシルビアで止め、オーガの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
発育の進んだ少女の方が幾分か長持ちする。
《前に捕らえた者は壊れてしま――》
甲高い金属音が下劣な口を噤ませる。
音源は、首に巻いた履帯に突き立つスローイングナイフ。
エナを高濃度に圧縮した爆薬だ。
眩い閃光――爆炎が粉塵を焼き払う。
スマート爆弾に匹敵する紅蓮の洗礼。
それはオーガの首を護る履帯を吹き飛ばし、表皮を焦がす。
《効かぬわ!》
並大抵のインクブスであれば、対戦車ミサイルの直撃で即死している。
されど、規格外の生命力で駆動する怪物は止まらない。
鉄塊の一振りで黒煙を引き裂き、ナイフの投擲された方角を睨む。
《4匹目は……そこか!》
2軒先にある屋根の人影を捉え、オーガは怒気を漲らせる。
丸太のように太い腕が倒壊した車庫を貫く。
四輪駆動車を軽々と持ち上げ、すかさず投擲――
《ぐぉ!?》
オーガの右眼が爆ぜる。
照準は狂い、最終調整の為されぬまま投擲。
放たれた質量は狙いを大きく外れ、3軒先の屋根を突き破った。
『援護しますっ』
モーガンの凛とした声を重々しい銃声が遮る。
銃火が白髪を輝かせ、真鍮の薬莢がアスファルト路面を叩く。
《小賢しい真似を!》
弾丸が眼窩に飛び込み、オーガの世界は闇に閉ざされる。
インクブスを護るエナの防壁は眼球が最も薄い。
エナを通して世界を知覚する以上、それは必ず存在する覗き穴だ。
『クレア、右肩部に火力を集中してください』
『了解』
屋根の防水シートを蹴り、クレア・スターリングは空中に身を躍らせる。
風を孕んで靡く灰色のロングコート、露わとなる27本のナイフシース。
朝日を帯びて銀が瞬く――少女の華奢な両の手には、6本のスローイングナイフ。
ヘカテイアの魔術を授けられたウィッチは、落下速度を加味して照準。
青い瞳が狙うはオーガの右肩、やや首寄り。
『行け、シルビア!』
クレアは両腕を振り抜くように全力で擲つ。
《舐めるな!》
対するオーガは飛来するマジックの弾体を迎撃せんと動く。
その足元へ猫のように滑り込む灰色の影。
半身を隠すシールドを背負ったシルビアが、瓦礫を砕く勢いで踏み込む。
『大人しくしてなさいっ』
両手に持った武骨なハンマーが大気を切り裂く。
ヘカテイアから純粋な膂力を授けられたウィッチの全力打撃。
それはオーガの右膝を真横から打ち抜き、脆弱な関節を粉砕する。
《ぬおっ!?》
二足歩行ゆえの克服できぬ弱点。
姿勢を崩したオーガの得物が虚空を切り、右肩から首筋に突き立つ銀の輝き。
まるで着弾地点を調整したような――否、調整してみせたのだ。
ゴースト7とは、4人で1人の戦闘単位。
一般的なウィッチと比して脆弱な彼女たちは、高度な連携を駆使することでインクブスを屠る。
《おのれ――》
圧縮されたエナが一斉に爆裂し、オーガの上半身を焔が呑み込む。
黒化した皮膚が飛び散り、筋線維が音を立てて断裂する。
それでも怪物を仕留めるには至らない。
『レイラ!』
ジャイアントキリングとは、必滅の一撃を以て完遂される。
投石に倒れたゴリアテは剣によって首を刎ねられるのだ。
『了解!』
一筋の青が尾を引く。
相方の呼び声に応え、オーガの背面へ駆けるレイラ。
打ち壊された家具の残骸を蹴る――軽やかに跳ぶ華奢な体躯。
灰色の襤褸が朝日の下で揺らめく。
オーガの背に刻まれるブーツの足形、そしてロングソードの切先が鈍く光る。
《ぐあぁぁぁ!》
怪物の雄叫びが鼓膜を震わす。
されど首へ捻じ込まれた剣身は止まらず、焼け焦げた筋線維を断つ。
ついに頑強な背骨へ達し、鈍い打音がウィッチの手に伝わる。
異物を押し出さんと無秩序に噴き出す赤。
『くたばれ…!』
その渦中で煌々と輝く青き瞳は、マジックの行使を意味する。
《なにをっぐおぁ!?》
オーガは驚愕に眼を見開くも、耐え難い苦痛が思考を許さない。
クレアに授けられたヘカテイアの力は、治癒のマジックとして発現している。
治癒とは、時間遡行ではない――成長促進である。
それは愛しき隣人を癒す術だが、害為す者には別の振る舞いを見せる。
《あぁぁあぁ!》
焼けた皮膚が再生し、すぐさま筋線維が突き破って血飛沫が舞う。
骨の圧壊する音が絶叫に混じり、首と肩が大きく歪む。
瞬く間に膨れ上がったオーガの上半身は――
《あぇ》
風船のように破裂する。
それが体組織の異常成長が辿り着く末路。
血と肉と骨が飛散し、路面も瓦礫もウィッチも等しく赤に染め上げる。
戦場で見られる数多の地獄の中でも別格の光景であった。
『相変わらず酷い絵面ね』
たった1体であってもオーガとの交戦は周辺に甚大な被害を齎す。
血の雨に身を晒すシルビアは苦笑を浮かべ、降ってきたチームメイトを軽々と抱き留める。
『お疲れ様、レイラ』
『まだ終わってないわよ』
大人しく腕に収まった幼馴染を静かに労う。
互いに血と煤で酷い有様だったが、今日も死線を生き延びた。
『……ありがと』
レイラは赤く染まった顔を背け、血の染み込んだアスファルトへ降り立つ。
オーガという目下の脅威は去った。
しかし、任務は現在も進行中である。
『熱いシャワー浴びたいわね』
『そうね』
襤褸同然のロングコートを翻し、2人は得物を肩に担ぐ。
噎せ返るような血臭漂う小休止。
青い瞳が雨の止んだシアトルの朝空を見上げる。
≪こちらクーガー3、北西から接近中の増援を確認した≫
『了解』
リーダーの目配せにチームメイトたちは黙して頷く。
灰色の装いを赤く染めた亡霊は、次なる戦場に向けて駆け出す。
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