ブルーボーダー

黒舌チャウ

青の境

「くそっ! やられた!?」



 とっさに間に入ったとはいえ、一応防御はしたつもりだったんだけどな……!




『ビークツー、何があった?』


雛鳥ファルフが被弾。機体は中破』


『すみません! 僕のミスです……!』


『ビークスリー、今は雛鳥ファルフのトレースを最優先して』


『は、はい……っ!』


『ビークワンより各機。まずはこいつらを片付ける。ビークスリーツーを直掩しながら雛鳥ファルフのトレースを続けろ』


ツー、了解』


『ス、スリー、了解しました!』



 あっちは無事みたいだ。

 やれやれ、世話が焼けるったらないな。まだ顔も知らないってのに。



「機体制御は……厳しいか。とはいえ、なんとか着水だけはうまくやらないと、ぺしゃんこだぞ」




――こっちよ――



「あん?」



――ここへ――



 ……なんだ? 女の声? 


 ……もしかして、もうダメなやつか?


 冗談じゃない。 

 やっと前線に出たんだ。死んでたまるか。

 


――ここへ――




~・~~・~・~~・~




――なあ、こんな話を知ってるか?




 ある日、海辺の岩場に一羽のカモメが降り立った。


 このカモメは「変わり者」で、自分がどこまで高く飛べるか、そして、空の先に何があるのか知りたくて、毎日のように飛んでいた。


 その日も、何度も限界高度に挑んだカモメは、疲労と寒さに震える体を癒すため日当たりのいい、この場所に来ていたのだった。



 鉛のように重い体を動かし羽繕いを始めると、突然、目の前の海から「何か」が飛び出してきた。


 海の中から飛び出してきた「何か」は、岩場に倒れ込むと、ぐったりとしながらもクチバシだけは動かし、あーだこーだと、しきりに何か言っている。



 話を聞いてみると、「何か」は「ペンギン」という鳥らしい。

 ペンギンは、「真の海の底」を目指し、日々潜り続けているのだとカモメに言った。


 カモメは、思わぬ同志との出会いに、自分が空の先を目指し日々飛び続けていること、そして自らの空への想いをペンギンに語って聞かせた。

 

 仲間たちにすら語ったことのない話だ。



 ペンギンは、寝転がったままカモメの話を真剣に、興味深そうに聞いている。

 カモメは、うれしくて、羽を広げては身振り手振りで語り続けた。

 


 気付いた時には、日が傾きかけていた。


 カモメが、つい話し過ぎたことを恥じながら羽を畳むと、ペンギンが起き上がり、海を見ながら言った。



「お前さんは重力に、私は浮力に。私たちは互いの『青の境』に引っ張られながら、それに抗い飛んでいるんだな」



 カモメは遠い水平線を眺めながら、心の中でペンギンの言葉を繰り返した。

 


 「青の境」は夕日で赤く染まっていたが、カモメの心には、どこまでも青く、そしてまだ見ぬ「青の先」の光景が浮かんでいた。




――なぁ。カモメは、「青の先」を見れたと思うかい?




『そんなの、知りませんっ!! キョウヤ少尉! 早く帰投してください!!』




―― 一週間前、俺は「汎用戦闘人型機動兵器【シーガル】」、その新型試作機のテスト飛行をしていた ――




「おいおい、せっかくいい話をしてたのに、そりゃないだろ」


『そんなこと言ってる場合ですか!! 警告音アラーム、聞こえてますよね!? 限界高度を超えています! 帰投してください!』



 コックピットの中は、けたたましい音と警告の表示の赤で、ずいぶんと賑やかだ。



「聞こえてるさ。うるさいもん。けどな、モコナ伍長。これは、高度上昇飛行試験だぞ? 限界値のデータを取るためのテストだ。現に、警告が出てからもこうして飛べてるだろ?」 


『キョウヤ少尉が、さっきの変なお話を始めてからずっと鳴りっぱなしですよね!? いつ墜ちてもおかしくありません! 今すぐ帰投してください!!』

 


 変な話とは何だ。まったく。


 ただ、まぁ……また、泣き出されても困るな……。



「了解。高度上昇飛行試験を終了する。これより、本機は着……ん?」


『少尉?』



 コックピット内が暗転する。

 一瞬の浮遊感の後、急激なGが全身を襲った。



「機関停止。システム、ダウン。……これより本機は自由落下モードに移行する」


『……つ、墜落ですよね!? だから言ったじゃないですかっ!! 直ちにシステムの再起動を!! 少尉!?』


「大丈夫だ。……システム、再起動確認。各部チェック……まあ、そうだろうな」



 再び、警告音と赤い表示が、狭い空間を満たす。



『モニター、出来てます! スラスター、バーニア、共に機能停止……!』


「自由落下モードに移行する」


『だから墜落ですよね!? ……これ以上は無理です! 脱出してください!』


「貴重な試作機だぞ? これ一機にどれだけ金がかかってると思ってるんだ?」


『どのくちが言ってるんですかッ!!!』



 ……っつ……! 俺の耳も心配してくれ。

 試作機ってのは、通信だけ他と別機構なのが考えものだな。こっちからは切れないし。



「大丈夫だって。想定済みだ」



 制動傘ドローグシュートを開く。

 いくぶんか、Gが軽くなった。



「よし。お次は……」



 ……ん? 


 パラシュートが開かない。



『少尉?』


「開かないなあ」


『少尉!!』


「怒るなよ。おーい、悪い、頼む」


『了解っ。先輩、後でちゃんとおごってくださいよ?』



 テストパイロットチームの後輩、ケネス・オーキッドの声が届く。

 未来永劫、万年少尉の俺と違って、優秀な奴だ。



「そういうのは、仕事してから言うもんだ。……俺を捕まえられるかな?」



 右上空から、量産型の【ガネット】の機影が近づく。



『いやいや、落ちてるだけですから。……とはいえ、もうすこし早く呼んでくださいよ。ドローグ出てるとはいえ、落下速度すごいんですから』


「そう簡単には捕まらないぜ?」


『捕まってくれなきゃ、困ります! オーキッド少尉、お願いします!』


『了解っ。……俺のこともそろそろ、ファーストネームで呼んで欲しいなぁ』


「心の声が漏れてるぞ。少年」


『歳、三つしか変わらないでしょ。……よ……っと…キャッチ!』



 ……ふ…っぐ……!!



「……ねえ……もっと、やさしくして……」


『気持ち悪い言い方しないでくださいよ』



 舌を噛むどころか、あやうく全身の骨がバラバラになるところだ。


 ケネスの【ガネット】にドローグシュートのロープを掴まれ、俺の試作機は、まるで親猫に運ばれる子猫のような恰好で基地へと帰投した。






「ベオトーブ少尉! 貴様、何を考えている! あやうく貴重な試作機を失うところだったのだぞ!!」



 基地に帰投して早々、待機していた基地司令の部下に「連行」された俺(たち)は、司令官執務室で有難い「薫陶」を賜っていた。なぜか、モコナ伍長も来ている。



「はっ! 申し訳ありません! 以後、決してこのようなことの無きよう、猛省に猛省を重ね、己を律し訓練に励み、忠実に任務にあたる所存です!」


「おお、そうか。ん? つい最近も似たような言葉を聞いたな。そぉうだ、思い出した。ついひと月前、どこかの馬鹿が試作機のテスト中にも関わらず、近くで起こった戦闘に無断で! 帰投命令を無視をしたあげく! 乱入した時に聞いたなッ!!」



 司令……今日もノリツッコミが冴えてるな。



「その時の馬鹿は、いったい誰だったか……おおっ! ……そうだ! 今まさに、目の前にいる馬鹿面にそっくりじゃないか!!」



 いつになく芝居がかった司令が、身体全体を使った大きな動きで声を張り上げている。

 

 なかなか動きが様になってる……腕を上げましたね、司令。



「嘘をつけ、この大馬鹿者おおばかもんがぁッ!! 貴様の謝罪など、兵学校のメシ以下だッ!!」



 ……見事だ。今日の司令はキレが違う……!

 


「はっ! 申し開きのしようもありませんっ!」


「……まったく。すこしは、こっちの身にもなれ、馬鹿者が。……行って良し」


「はっ! これより格納庫にて重ね重ねの愚行を恥じ、自機の整備を通じ己と向き合って参ります!」



 どっかりと椅子に座った司令が、ため息まじりに、「しっしっ」とジェスチャーする。


 




「先輩、さっきの『兵学校のメシ』って何なんですか?」



 司令執務室を出た俺とケネスは、とりあえず格納庫に向かう。

 すでに整備班もやってくれてるが、自機の整備に立ち会うのもパイロットの仕事だ。


 モコナ伍長も管制塔までの道のりはご一緒で、俺とケネスの後ろをついて来ていた。



「おいおい、せっかくの司令のノリツッコミが台無しだな。今日のは、すごかったのに」


「仕方ないじゃないですか。僕って士官学校の出なので」


「なにが、『僕』だ。……『兵学校のメシ』ってのは、『マズい上に、毎度同じで飽き飽きする』って意味だろうよ」


「おー」


「『おー』は司令が、かわいそうだぞ」


「司令も、別に感心してほしくて言ってる訳じゃないと思いますけどね」



 わかってないなぁ。



「でも、司令って本当にキョウヤ少尉に甘いですよね。たしかに成果は挙げてますけど、前回に続いての今日ですから、さすがに今度はダメかと思いました」


 

 モコナ伍長が、くすくすと笑いながら言う。



「司令とは……長い付き合いだからな。拾ってもらった恩もあるが、拾った責任ってもんもある」


「なんでキメ顔なんですか……。司令が聞いたら怒りますよ?」



 あの人には、本当に感謝してもしきれない。


 だが……俺は、いつまでもこんな後方にいるつもりはない。



「だから、万年少尉やってるんだよ」


「俺の方が、先に昇任しそうですもんねっ」


「甘いな、ケネス。俺とやってりゃ、"諸共もろとも"だぜ」


「か、勘弁してくださいよ、先輩っ」






 その三日後、俺たちは再び司令に呼び出されていた。



「キョウヤ少尉、今度は一体何をやったんですかっ……?」


「………………」


「思い当たるフシが多過ぎるって顔だなぁ。でも、俺たちまで呼び出されるなんて……」



 そうだ。ケネスの言うように、どれがバレたのか、まったくわからない。


 ……ただ、たしかに、この二人まで呼ばれるのは妙だ。



「ご苦労。楽にしろ」



 執務室に入って来た司令の言葉に敬礼を解いた俺たちだったが、司令は椅子には座らず、俺たちの前を通り過ぎ窓のほうへと向かった。


 

 ……どれがバレたんだ……。



「……ふぅ……」



 司令が静かに、それでいて深い、ため息をつく。

 

 めずらしい。

 いや、初手からこんなのは今までなかった。


 新しいパターンか。 


 ……本当に、どれがバレたんだ……。



「お前たちに転属命令が下った」



 …………?



「…ぁ…え……っ、司令……『お前たち』とは、我々三名ということでしょうか……?」


「そうだ」



 ケネスの狼狽えた声に、振り返った司令が短く答えた。


 こんな時期に転属? 



「司令、ここのテストチームは廃止ということですか?」


「いや、ここには新たに別のチームが配属される」


「……つまり、テストチームを置く基地を増やすと?」



 試作機のテストチームは現在、ここ「アイランドファイブ」の他、四つの基地で稼働している。

 

 たしかに忙しい時もあるが、いつもじゃない。


 チームを増やす必要なんてあるのか?



「テストチームの数は、現状のままだ。そうそう試作機ばかりポンポンつくられてたまるか」


「司令、お話が見えません。ならば俺たちはどこへ?」


「……【エリア-T】だ」



 前線?


 ケネスとモコナ伍長が、目に見えて動揺している。



「待ってください。俺はともかく、なぜこの二人まで」



 まさか、俺のせいか? 冗談じゃない、もしそうならどんな手を使っても止めてやる。



「……ふぅ。たしかにお前は何度も前線への転属願いを出してたみたいだがな」


「……え……キョウヤ少尉……?」



 モコナ伍長が声を漏らし、俺を見る。



「おまけに問題行動ばかり起こして、なんとか前線に行きたかったようだが……そんなやつは向こうでも願い下げだ、馬鹿者が」



 ……え? そうなの?



「お前の転属願いはもともと『問題行動有り』で本国で止まっていたが、前線に人が足らなくなった時にお前の腕だけは評価されてな。一度、各前線基地・部隊に打診が回った。答えはそろって『ただでさえ余裕がないのに、馬鹿の後始末までは出来ない』だとさ」



 ……そうなんだ。



「……な、なら、今回はなぜ?」


「上の連中は、オーキッド少尉をご指名だ」



 ケネス?



「お…わ、私ですか!?」


「新型の試作機を実践配備するにあたって、上はオーキッド少尉を指名してきた。ベオトーブ少尉は腕だけは見込まれ、そのサポート。スノウ伍長はベオトーブ少尉の手綱を引く役目だ」


「で、でも前線なんて……」


「司令、どうしてもケネスでなければいけませんか? こいつは間違いなく優秀ですが、命のやり取りに向いているとは思えません」


「先輩……」



 こいつは優し過ぎる。

 

 敵はともかく、味方の死が積み重なる前線では、すり減り過ぎて無くなってしまうかもしれない。



「これは参謀本部からの命令だ」



 ……従うのみ、か。



「ならば、せめてモコナ伍長だけでも。俺は前線に立てさえすれば、他はちゃんとやれます。伍長の役目は必要ない」


「先輩、俺のことも、もうすこし粘ってくださいよぉ……」


「戦場では、俺がカバーしてやる」

 


 ケネスをご指名なら、こっちは望み薄だ。


 だが、あくまで俺の「おり役」なら、モコナ伍長の役目は替えが利くはずだ。



「うむ……」


「わ……私もいけますっ! 問題ありません!」


「お、おい……伍長」


「キョウヤ少尉は、他所にいったらきっと腫れ物扱いです! だれも、オペレーターになんか付いてくれませんよ!」



 いやいや、さすがに任務なんだから、誰かしらは付くってば。


 腫れ物って。ちょっと、そんな……。



「わかってるのか? 【シーガル】乗りに比べれば安全だが、前線には変わりない。……守ってやれる保証はないぞ」


「覚悟はしてます。それに大体、参謀本部の命令ですよね? そう簡単にどうこうできるものじゃないんじゃないですか?」


「司令なら、できますよね?」


「できるな」


「えっ!?」


「できる……が、かなり無茶はする。本人の希望があるなら、その必要はあるまい」



 司令が、あご髭を撫でながらモコナ伍長に片目をつむってみせた。



「あ、ありがとうございます!」


「司令っ!」


「なんなら、お前の前線行きごと白紙にしてやってもいいんだぞ?」



 ……ぐっ。



「冗談だ。今回の件は正直、私でもどうにもならん」



 ……司令でも?



「どういうことです?」


「さあな。参謀本部から、とはなってはいるが、その実、かなり上のほうからの力がかかっているようだ。文字通り、有無を言わさずというやつだ」


「……その新型がらみ、というわけですか?」


「だろうな」



 軍需産業メーカーと、政治家どもの思惑か。



「……それで、その新型とやらは?」


「こいつだ」



 司令がモニターに機体データを出す。



「SL03-010C【シュヴェールト】。『R-3』でテストをしていた機体だ」

  

 

 ……「おか」で?



「……基本は【ガネット】のままだな。03ゼロスリー系ってことは、強襲型だろうが……ん? これは……」


「……これ、複座型ですね」



 ケネスが言うように、新型は複座型だった。

 【シーガル】で複座型なんて見たことがない。



「その通りだ。メインパイロットは、ベオトーブ少尉。オーキッド少尉は武装統制を担当する」


「待ってください。先ほどのお話では、指名されたのはケネスで、俺はサポートのはずでは……」


「そうだ。詳しいことは私にもわからん。『機密』だそうだ」


 

 ……つまり、新型こいつの肝は武装にあるってことか。


 だが……なぜ、ケネスなんだ?



「先輩の操縦なら、俺も前線でやっていけそうな気がしてきましたよ……! やられる時は一緒ですしね!」


「お前と心中は御免だ。俺だけ脱出する。やられる時は俺のほうが先に気付くだろうしな」


「先輩っ!? 一緒に墜ちましょうよぉ」



 複座型も悪くはない。自分を守ることが、こいつを守ることに直結する。

 それぞれで飛ぶよりは、ずっと守りやすいだろう。 


 大丈夫だ。俺が死なせない。


 




『それにしても、なんで俺だけ別の輸送機なんですかぁ?』


「しょうがないだろ。新型は今、お前が乗っても意味がない。護衛機は一機でも多い方がいいからな」



 あれからさらに三日後、俺たちは基地を離れ、新たな任地へと向かう輸送機の中にあった。


 気になる新型の武装は別経由で任地に送られるらしく、俺とモコナ伍長は新型と、ケネスは護衛用の量産型【ガネット】と、輸送機に分乗していた。


 

『護衛って言ったって、ここらは安全地帯グリーンゾーンじゃないですか。襲撃なんてないですよ』


「それはわからないぞ。最近、異星人の潜水母艦が我々の領海に何度も侵入している。ついこの間も【エリア-I】で、輸送機が三機撃墜された。そろそろ後方で教官になろうかと思ってるぐらいだ」



 俺たちの輸送機の機長が、すこしおどけたような口調で言う。


 実際、海は異星人やつらの独壇場だ。

 

 【シーガル】も水中戦はできるが、 機動力や航続距離では異星人やつらの機体には及ばず、拠点や母艦を中心とした要撃が主になっていて、当然防衛網にも穴が生まれる。

 


「キョウヤ少尉が『乱入』した、『アイランドシックス』の襲撃も突然でしたもんね……」


『モ、モコナ伍長まで。みんなして脅かさないでよ』


「油断は禁物ってことだ。向こうに着くまでは気を抜くなよ?」

『……!? ね、熱源探知!』

『その"向こう"だって前線じゃないですか。気なんか抜ける日……え? 熱げ…』



 左後方で爆発音がした。


 俺たちの輸送機がビリビリと振動で揺れる。



「今のは!? ケネス!」



 輸送機の窓から後方を見ると、ケネスの乗っていた輸送機が大きな火の玉になって墜ちていくのが見えた。




「くそっ! 深海からか! 報告しろ!」


「アルバツー、ロスト! レーダーに感! 敵潜水母艦、浮上します!」


 

 機長の指示に観測手が答える。



「数は!?」


「オルカ級、数、二……いえ、三!」


「なんてこった……!」



 

「キョウヤ少尉……オーキッド少尉は……?」


「…………脱出は確認できなかった」


「そんな……!」



 くそ……! 



「……俺が出撃る!」


「駄目だ、たった一機で何ができる。お前たちを届けるのが俺たちの仕事だ。座ってろ!」


「オルカ級三隻だろ!? 少なくとも十機以上が上がってくるぞ! この距離なら輸送機の足じゃ逃げきれない!」


「………………」


「き……機長……。……!? 来ました! 敵【バトリーク】、数、十五!」


「止めないよな!? いくぞ!」


「……くっ! 【シーガル】発進準備! 新型が出るぞ!」




「キョウヤ少尉……」


「大丈夫だ。ケネスの仇を取ってくる」



 輸送機の後方では、すでに乗員が発進準備を整えてくれていた。



 新型はろくな武装もしていない。


 アサルトマシンガン、一丁。予備弾倉無し。

 内蔵装備のHS鋼ソード、二本。


 これじゃ、悲壮感も出るな。



「ハッチ開け! 新型が出るぞ!」


「キョウヤ・ベオトーブ。010Cゼロテン・カスタム【シュヴェールト】、出撃るぞ!」



 輸送機の後方から落下し、輸送機から距離が取れたところでスラスターで空中制御をとる。



「いきなり実戦。"あそび"が無さ過ぎる感はあるが……基本は【ガネット】と同じか……よし」



 敵機が上がってくる。


 五機ずつ、三隊。


 手前の一隊は【アデリー】。異星人の使う主力【バトリーク】だ。


 

「まとまる前に仕掛ける」



 ブーストをかけ、手前の一隊に突っ込む。

 上からの分、こっちのほうが有利だ。

 

 先頭の一機に向け、マシンガンを撃ちながら飛ぶ。

 向こうからも遅れて撃ち返してくるが、こっちの弾のほうが速い。すれ違う前には先頭の敵機は火を噴いて墜ちていった。


 すれ違った直後に機体を反転させ、急停止をかける。


 ……が。



 【ガネット】より重量があるのか、かなり引っ張られるな……!


 

「……ぐっ! ……っと。もう行くのか? 寂しいこと言うなよ……っ!」


 

 すれ違った敵は、背中がガラ空きだ。


 中央の右、次いで、左、と弾を打ち込む。

 中央二機の直撃を確認した後、右に上昇しながら右端の敵機を撃つ。


 

 そろそろ二隊目が上がってくる。



 中央の二機、遅れて右端の一機が火に巻かれ墜ちる中、残る左端の一機に銃口を向けた。


 

「狙いが甘いぞ。……遅い!」



 左端の一機と、二隊目の下からの射撃を躱しながら、残りの弾を打ち込む。


 斉射した分、良く弾が持ったほうか。



「……墜とすまでは足りないか。なら、餞別だ! 持ってけ!」



 左端の一機の胴体部に、上からアサルトマシンガンの銃身を突き刺す。


 小さな爆発を始めたそいつを、上がって来た二隊目に向けて蹴り飛ばした。



「さてと……! 名前通りか、何となくか、見せてもらうぞ! 【シュヴェールト】!」



 両脚部に内蔵された、「HS鋼ソード」を引き抜く。


 それなりにリーチはありそうだ。


 

 上がって来た二隊目は、さっき蹴り飛ばした一機を躱して動きが乱れている。

 すかさず狙いを右端に絞り、ブーストをかけて切り込んだ。


 盾にした銃身ごと、右端の一機の機体を切り裂き、そのまま他の四機の射線の陰に使いつつ、もう一本のHS鋼ソードを突き刺す。



「悪くない。伊達じゃないな、お前」



 そのまま、そいつを盾に押し出して、残りの四機に接近しようとしたとこで、三隊目が背後についた。



「ずいぶん早いな……!」



 三隊目は高機動型の【ジェンツー】。

 連携もよく出来ていて、動きにも無駄がない。


 警告音アラームは鳴りっぱなし。飛び回って逃げるのが精一杯だ。



「なんとか隙をついて、一機ずつ仕留めるしかないか……うぉ…っと! あぶねぇっ!」



 徐々にこっちの動きが狭められている気がする。

 

 ……まずいな。


 できれば、もう少し時間を稼ぎたかったんだが……。




 その時、突然、俺を囲んでいた【ジェンツー】が一機、爆発した。



「なんだ?」



 誤射? そんなわけない。


 なら。



『こちらは、ビークワンだ。無事のようだな』 


「味方!?」



 レーダーには、端から高速で接近する機体が表示されていた。


 速い。


 機体識別は……PP02C……!?


 

「初期プロトのカスタム機かよ、初めてみるぞ……」



 少し遅れて二機。


 CC01-002C。FN03-013C。



「どれもカスタムタイプか。何なんだ一体」



 相変わらず飛び回って回避するしかなかったが、突然の乱入者に、敵の連携にも緩みができていた。



『ビークワンより各機。雛鳥ファルフを目視で確認。これより突っ込む。ツースリーは援護。雛鳥ファルフを墜とさせるなよ』


ツー、了解』


スリー、了解っ!』



 二番機は女か。機種からして、さっきの長距離狙撃はこいつだな。

 三番機は……ずいぶん若いな……子どもか?  


 

『よくやった! 下がっていろ、雛鳥ファルフ!』


「『雛鳥』って、俺ですか? 俺は……っ」



 隊長機が高速のまま、【ジェンツー】に突っ込む。


 一瞬にしてバラバラに砕け散った【ジェンツー】に続いて、軌道上にいた別の【アデリー】一機も隊長機の体当たりを受け砕け、爆散した。



「……ははっ。なんて戦い方だっ」



 二番機も正確な射撃で敵機を墜としている。


 三番機は、二番機の直掩か。変った装備で二番機への反撃を防いでいた。




 敵は残り四機。


 

「ん?」



 一機、見あたらない。


 隊長機の周りに二機。二、三番機と交戦中の一機。


 どこだ……?



 その時、海面に光が見えた。



「下からかっ!?」


 

 海面すれすれから【アデリー】が一機、上空の二、三番機を狙っていた。


 

「二番機、三番機! 下方から狙撃!」



 動きがない?


 まさか、こっちからの通信が不通か……!?



「……くそっ! 間に合えよ!?」



 二、三番機と【アデリー】の間に入るようにブーストをかける。


 【アデリー】の銃身の先に妙な光が見えた。


 

 何だ?



 間に合ったと思った途端、光の筋が俺の機体を貫く。



「……なっ!? 直撃!?」



 激しい衝撃と揺れとともに、機体はバランスを崩し墜ち始めた。



「くそっ! やられた!?」 


 

 とっさに間に入ったとはいえ、一応防御はしたつもりだったんだけどな……!



「機体制御は……厳しいか。とはいえ、なんとか着水だけはうまくやらないと、ぺしゃんこだぞ」




――こっちよ――



「あん?」



――ここへ――



 ……なんだ? 女の声? 


 ……もしかして、もうダメなやつか?


 冗談じゃない。 

 やっと前線に出たんだ。死んでたまるか。

 


――ここへ――



  



 ……ここは……どこだ……?



 気が付くと、見たこともない場所に横になっていた。


 ……ぅぐ……っ!


 体を起こそうにも、全身に走る痛みで指一本動かせそうにない。



 大きな石造りの空間。


 壁には大きな穴が空いていて、そこから光の筋が差し込んでいる。



「これでいいわ」



 ……だれだ?



「生まれ変わったんだもの、新しい名前が必要ね。……そう……『クロクス』なんてどうかしら?」



 ……この声。さっき……俺を呼んだ声か?



 ……ぐ……づぅ……っ!


 なんとか頭だけ動かし声のほうを見ると、俺の機体の前に長い髪の女が立っていた。 



 あぶない……その…機体は……爆発するぞ、離れ……ろ……。



 口すら動いたかもわからない、声にならない俺の声に応えるように、長い髪の女が振り返る。


 その顔もおぼろげなまま、俺の意識は遠のいていった。



                 ― 完 ―


                          

 ……ふぐ……っ!!


 なんだ!? 



 腹への衝撃に、強制的に意識を呼び戻される。



 あぐっ! 誰だ! 俺の腹に砂袋なんか落としてるやつはっ! ……お…っ……ふ!



「……え……? ……う…っく!」



 目を開け、腹に視線を向けると、プニプニした「大きな丸いもの」が俺の腹の上で飛び跳ねていた。



「やっと気が付いたのね」



 「大きな丸いもの」は、小さく飛び跳ねるとくるりと反転した。


 つぶらな瞳が俺を見下ろす。



「な……何だ……お前…………おぶっ!」



 「大きな丸いもの」は、もう一度腹の上で飛び跳ねてから、眉間のあたりに妙な角度で「しわ」を寄せ、不満げに言った。



「お前じゃないわ。オハナサンよ」



 

                  ― 完 ―

             



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