小さな憂心③
外はすでに陽が暮れかけていて、オレンジ色の空が広がっていた。木々はところどころ色めき始めていて、秋を迎える準備を始めている。
「帰るまえに、水浴びしていこうかな」
山の麓に向かうまえに、せっかくここまできたのだからと湖に向かうことにした。以前のようにクモの巣に引っかからないように注意しながら軽やかに旋回して湖のほうへと向かう。
町とはさらに反対側のほう。人の寄り付かないそこに、湖がある。
昔、サンキライの実を探している最中に偶然見つけたものだったが、澄んだ水がとても綺麗だったので度々訪れていた。
湖に着くころには陽は完全に落ち、夜の
しかし突然、何か大きな物が湖に落ちる音が轟いた。夜目にもよく見える
「な、なんだろう。動物かな?」
掻き消された水面の夜空が次第に鮮明さを取り戻す。そこに、黒い影が映りこんだ。
はっとして上空を見上げると、わたしとは比べものにならないほど大きな羽――翼を広げる翼竜がいた。竜の頭に、コウモリの翼、
「……ワイバーン!」
この辺りでは一般的に子竜として扱われているワイバーンは、王国に仕える竜騎士が手懐けている。
案の定、目を凝らすと鞍のようなものが月明かりに照らされており、旋回と同時に背が
――誰かが騎乗している。
容姿までは伺えないものの、恐らく竜騎士だろう。ワイバーンに騎乗できる人間は限られているのだから。
ワイバーンはあっという間に夜空から消え去り、残ったのはぼんやりと明かりを放っている弧月。
得体のしれない状況に、
「何だったんだろう」
こんな人里離れた森の奥の湖。ましてや、こんな時間に竜騎士が一体何のために来たんだろうか。
考えていてもきりがないので、さっさと水浴びをして帰ろう、と水面に近寄った。
途端に、体に寒気が走る。思わず
波一つない眼前に広がるのは、のっぺりとした赤。
さっきまで澄んでいた湖は、これでもかというほど濁っている。
悪臭が鼻に纏わりついて離れない。嗅いだことのない匂いだったが、妙に鉄臭いような、生臭いような匂いだ。
じわじわと広がる赤色の元を辿ると、赤黒い物体が湖に浮いていた。
「ひっ……」
夜だというのにはっきりと見える赤の主は、人間だった。
服などは一切着用しておらず、肌は酷く
一体誰がこんなことを……と考えようとして、思わず言葉を呑む。
――もしかして、さっきの竜騎士……。
胸の奥で何かがざわざわと
もう水浴びどころじゃない。早く麓の大樹にもどってお婆ちゃんに教えないと。
そう心に決めて飛び立とうとしたとき、何かが視界の隅で光った。半分、怖いもの見たさのような気分で凝視すると、恐らく指である部分に何かが括り付けてある。
近づいて手にとってみると、生気の全くない指がだらんと動いた。
それは指輪だった。
真ん中に酷く汚れてはいるが、何かの鉱石が嵌っており、その周りに花のような装飾が施されている。
死んだ人間の指輪を奪おうなんて、そんな野暮なことはしたくなかった。しかし、状況が状況だ。もしかしたら、この指輪で死体の身元が判明するかもしれない。お婆ちゃんに戻しなさいと言われたら素直に戻そう。
そう自分に言い聞かせて納得すると、その場から一目散に飛び去った。
次の更新予定
魔法使いの四季 霧氷 こあ @coachanfly
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔法使いの四季の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます