小さな憂心②
買い物を終えて、アイの家に帰る。結局あの激マズそうなドリンクはまだストックがあるとのことで買わなかった。あんなものを大量購入しているとは、お店の人もびっくりするんじゃないかと思う。
それよりも、時折思い出したかのように嘆息するアイの様子をみると、どうもまだキョウのことが気になっているようだった。
ジャガイモの皮むきを手伝いながら、アイが元気になる言葉はないかと考える。
「はぁ、やっぱり大きいのがいいのかなぁ……」
「えっ?」
聞き取れないぐらいの声量で発せられた声を、かろうじて受け取る。
「キョウと一緒にいた女の人、やっぱり図書館で会った人だと思うの。……大きな胸していたから」
アイは胸の大小で人を判別しているんだろうか。彼女はニンジンを切っていた手を止めて、そっと自分の胸に左手を当てた。その姿だけ見るとなんとも可愛らしいが、右手に持ったままの包丁が鈍い光を帯びている。ここは少し、フォローしておいてあげよう。
「ちっちっちっ、甘いねアイ! 男がみんなして巨乳が好きだとは限らないよ!」
「そうなの……?」
「そうだよ、それに女性は胸の大きさじゃない、心の大きさで決まるんだよ!」
両手をいっぱいに広げてアピールすると、アイの瞳がより一層輝きを増して見開かれた。
「なんだか珍しく良いこというね。リリィ」
「えっへん! って、珍しくなの……?」
がっくりと項垂れるわたしを見て、アイが声を出して笑った。
「でも、リリィは妖精だけどわたしよりは大きいよね」
思わず自分の胸に視線を落とす。あまり考えたことがなかったけれど、もし自分が人間種だったら大きいほうなのだろうか。
「隣の芝生は青く見えるってもんよ!」
それに胸の大きさで人の価値を見出すような男ではないと思うけれど、とキョウを偲ぶ。
すると、玄関の方からキョウの声が聞こえてきた。
――小さいほうがいいんじゃないかな。
傍目から見ても分かるほど、アイの表情に喜びが浮かび上がる。
そのあとすぐ「隠れ家的な喫茶店。こういうのって男のロマンだよなぁ」と別の声が聞こえてきたのだが、アイにはもう聞こえていないらしい。どう考えても、何か他の会話をしていてその一部だけを聞き取ったような状況に思えたが、口に出していうのは憚られた。
作業を一時中断して、アイと一緒にキッチンから玄関のほうへ向かうと、キョウと今回の主役であるジョヴァンニが立っていた。
「でたな、うるさいやつ!」
間髪いれずに叫ぶと、隣にいるアイがにこやかな表情でわたしを宥めた。これまでにない母性を宿しているように思える。
その後も表情をころころ変えるアイとキョウ、ジョヴァンニと他愛のない話をして、キッチンに戻った。
「さて、ここで隠し味!」
すっかりテンションの上がったアイは、腕まくりをして薬草を取り出す。
「え、薬草なんか何に使うの?」
「んー、退院祝いっていってもまだ病み上がりでしょう? 健康に良いカレーにするの!」
「それでも薬草は別にいらないんじゃ……」
苦くなるんじゃないかな、と思ったがアイはお構いなしといった様子だ。
「大丈夫、たぶん美味しいよ。基本カレーにはなんにでも合うんだから」
いうが早いか、薬草を煎じ始めたアイをみて不安が
そういえばこれまで、アイの料理を見たことがない。キョウ曰く、絶品らしいけれど。
先ほど切った具材などを鍋に放り込む際に、薬草も一緒に投じられた。ぐつぐつと煮え立つ頃には、鍋の中は緑一色だ。もわっと独特の匂いが鼻をつんと刺激した。
「ア、アイ? ちょっと入れすぎなんじゃない?」
「たくさん入れたほうが効き目がありそうじゃない?」
物事には限度というものがあるのだ。しかし、裏庭で採れた追加の薬草を惜しみなく放り込む様をみてぎょっとする。これは――やばそうだ。
煮え立つ緑からは、気泡がぼこぼこと絶え間なくでていてまるで地獄を連想させるような
アイが蓋を手に取り、地獄を閉じ込める。食材たちの
「えっと……あとは煮込んだら完成?」
「うん、あとは付け合わせのサラダだけかな」
「そっかー……あ! わたし急用を思い出したー」
「えっ?」
「そういえば、お婆ちゃんのところに早く戻らないといけないんだった!」
もちろん、嘘である。正直この料理の工程をみたあとではとてもじゃないが美味しく食べられる気がしない。相伴に預かるのはやめにして、ここはお
「戻ってこれたら、戻ってくるよ! キョウとジョヴァンニによろしくいっておいて!」
「そっかぁ、用事なら仕方ないよね。またいつでも来ていいからね。買い物付き合ってくれてありがとう、リリィ」
アイの屈託のない笑みを見てから、開いていた窓から外に飛び出した。
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