小さな憂心①
今日もお婆ちゃんの許しがでたので、アイのところに遊びにいった。
出会いのきっかけは、わたしが裏庭に群生していたサンキライの実を勝手に持ち去ろうとしたことだったけど、そんなことはさっぱりと忘れてしまったかのように仲良くしてもらっている。
そんな優しい彼女と、町に買い物にきていた。目的は、彼女と一緒に暮らしているキョウの知り合い、ジョヴァンニとかいう胡散臭い男の退院祝いに振舞う料理の材料を調達するためだった。
話を聞く限り、やっぱり初夏のあのとき、スイカを食べ終えて飲み物を飲もうとしている時に魔方陣で現れたあの男だろう。その時の光景が脳裏をかすめてむっとする。せめてストローを啜っているときには来てほしくなかった。
「ねぇねぇ、リリィ。カレーにしようかと思うんだけど、どう思う?」
頭上から声が降ってきた。顔を上げると、ガラス細工のような瞳に自分の険しい顔が映っていた。いけないいけない、今は楽しいアイとの時間を満喫しなくちゃ。
「いいね、カレー! わたしはあんまり食べたことないけど、好きだよ。辛さはどうするの?」
「あっ、辛さ……。キョウが甘いのはカレーじゃないって豪語するから辛めにしているんだけど、どうしよう」
ぷにっとした頬に人差し指を押し当てて考え込んでいるのをみて、自分もその頬を触りたくなる。たまらず襟の辺りに潜んでいた体を引き抜き、ほっぺたに飛びついた。
「えへへー、なら辛いのでいいんじゃない? あのうるさいやつは辛いのぐらい平気だよ、多分」
「わっ、こら。出てきちゃ駄目でしょ。リリィは目立つんだから」
笑顔のまま答える彼女に従い、大人しく定位置に戻る。大抵、外出するときはアイの服に潜り込んでいるのだが、温かくて心地よかった。
アイが「もう出てきちゃ駄目だからね」と再度くぎを打った。わたしは元気に「はーい」と返事をしておく。もちろん、駄目といわれると逆らいたくなるのだが、口には出さない。それに、言うことを聞いておかないと一緒に町に遊びにこれなくなってしまうかもしれない。
本当は外を自由に飛び回りたかった。しかし、この町は人間で溢れかえっている。
この国には、他にもわたしたちのような妖精や、獣人族と呼ばれる人間と獣が入り混じった人種もいる。この辺りの地域では一般的な人間種が多いようで、わたしのような妖精は
「じゃあ、いつもの食材売り場のところ? どうせまた、キョウに変な飲み物でも買うんでしょ?」
どういった
視線の先を追う。そこには、一つの喫茶店があった。ウィンドウ越しに見慣れた顔が見える。
「あれ? あの眠そうな顔はキョウだね」
アイも当然気付いていたわけだが、ほとんどスローモーションのように頷いていた。その視線はキョウに固定されたままだった。
「誰だろう、あの人。リリィ知ってる?」
「え? だれって……?」
そういわれてよく見てみると、キョウの向かいの席に誰かが座っていた。さらりと伸びた赤い長髪の女性。豊満な胸が横からだとよく見える。服の襟ではなく、あの谷間のほうがくつろげそうだ。ちょうど、何か封筒を手渡しているところだった。
「誰だろう? わたしはみたことないよ」
「あっ、ひょっとしたら図書館で会った人かも……」
「グリモア魔法図書館? そういえば、前にキョウとジョヴァンニが行くって言ってたよ」
「……まぁ、いっか。行こう」
アイは瞬時に踵を返す。襟に挟まっているわたしの視界がぐるりと一転した。
「あれ、いつもの食材売り場はこの先でしょ?」
「……今日は別のところにしてみるね」
あーあ、明らかに拗ねてる。キョウめ、こんな可愛らしい子をほったらかして何をこっそり巨乳の女に会っているんだか。
私はアイに身を委ねながら、小さな溜め息を吐いた。
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