第2話 山川 空
平日の朝。通勤ラッシュも過ぎる頃、少しだけ混雑する駅で電車を降り、ダルそうにフラフラと歩く姿があった。
彼は山川 空(やまかわそら)という名で26歳の青年だった。
山川は夜間バイトを終えて疲れていた。
バイトの内容が倉庫内で重いものを運ぶものだったので、身体的疲労もあったが、それだけが彼を疲れさせる原因では無かった。
駅を出て馴染みのある商店街を歩く。
チェーン店の安いラーメン屋から美味しそうな匂いが山川の鼻に届く。
仕事終わりの山川にはとても刺激的な匂いだった。
美味しそうなラーメンの誘惑を振り切る様に山川は足取りを早めた。
駅から20分歩くと山川の住んでいるアパートに着く。山川は部屋の鍵を開け電気もつけずに暗い部屋の中を目的の場所に一直線で進んだ。
山川はボロボロの布団に倒れるように横になって直ぐに眠りについた。
どのくらい時間が経ったのか、山川はゆっくりと覚醒した。
ズボンのポケットに入りっぱなしだったスマホを取り出す。
時刻は14:20。
山川が思っていたよりも早い起床だった。
覚醒に比例する様に現実世界が呼び起こされ、山川は心臓が重くなるのを感じた。
コンセントに差しっぱなしの充電器を手探りで探し、バッテリーの切れそうなスマホを差し込んだ。
そしてゆっくり浴室へ向かう。
部屋の中がだいぶ散らかっているのが目に入る。
(時間のある時に片付けよう、、、。)
浴室の隣の洗濯機の前には洗濯物が山積みになっている。
(洗剤が切れてるから後で買いに行かなきゃ、、。)
シャワーを浴びた後、シャンプーに手を伸ばす。シャンプーも残り僅かでどんなにプッシュしても少ししか出ない。
(洗剤と一緒にシャンプーも買わなきゃか、、、。)
手短にシャワーをした後、身体を拭くために浴室を出ると、山川は寒く感じた。
今年は残暑が長く残っていたが、もう11月の半ば。
いよいよ冬の訪れを感じるほどには寒くなっていた。
(暖房つけたいけど、あんまりお金使いたくないな。)
山川は少し厚着した。
洗面所で歯を磨く。鏡に映った山川自身の顔は青白く、暗くて疲れた目をしていた。
普段なら、、、少し前なら若々しい顔つきに希望に溢れた目だった。
どうしてこうなったのか?
山川は定期的に自問自答していた。
彼は部の中から見え隠れする現実から逃げるように、外にでた。
時刻は15:30を周り、日が陰りを見せ始めていた。
あまり人混みを歩きたくなくて、細い路地を抜け、川沿いの土手を歩いた。
土手を歩くと思い出したように上着のポケットに手を伸ばし、タバコを取り出した。
そして土手から川にかけて築かれている階段の半ば辺りに腰を下ろした。
タバコに火をつけようとしていると、数人の子供達が川のすぐ横で何やら揉めているのが目に入った。
見た感じは小学生で男の子3人、女の子2人の5人グループだ。男の子たちはそれぞれがそこら辺に落ちてそうな木の棒や、細長いガラクタを手に持っている。
女の子が一人泣いていて、それをもう1人の女の子が宥めていた。
話し声は聞こえないが、男の子達は泣いてる女の子を説得しているようだった。
(なるほどね、、、。)
山川はタバコに火をつけるのをやめた。
そしてタバコの箱を再びポケットにしまった。
山川は子供達の方に歩み寄っていった。
「どうしたの??」
山川は優しく子供達に声を掛けた。
子供達は言い合いに夢中で近寄ってきていた山川に気づいていなかったようで、泣いている女の子以外は驚いた顔で山川を見つめた。
「あ、、実は」と話そうとした男の子を、隣の男の子が制した。
そして、「なんでもないです。大丈夫なんで。」
男の子は不振そうに、敵意を隠さない口調でいった。
山川は優しく微笑んだ。
「まぁ、知らない大人にいきなり声かけられたら警戒するよね。うん、それでいいと思うよ。」
子供達が何かを言う前に、山川はゆっくり、優しく声を出した。
「川に何かを落としちゃったのかな?ここの川は緩やかに見えるけど、ところどころ深くなってるし、下の方は流れが早いよね。だから棒とかで落し物を取ろうとしてる感じ?」
子供達に不審に思われない様に、理解した状況は半分伏せて山川は言った。
「、、、キーホルダー」
泣いていた女の子がボソッと呟いた。その声に山川だけでなく、子供達も女の子に顔を向けた。
「ママに買ってもらったキーホルダーが川に落ちちゃったの。」
女の子は目に涙を溜めながら、鼻をすすって言った。
「教えてくれてありがとうね。」
山川は川に目をやりながら、また質問をした。
「キーホルダーはどこら辺に落ちたのかな?」
「あの辺り、、でも、どこにあるか分からないの。もしかしたら流れてもうちょい下の方かも、、、。」
慰めていた女の子が川の方を指して答えた。
女の子が指したあたりは、子供達が持っている棒とかでは届かないような離れた所にあった。
「あの辺は、、、棒じゃ届かないね。ちょっと川の中に入って取るにしても途中深くなってるかもしれないから危ないな、、。」
「ですよね。だから、諦めようって言ってるんだけど、、、。」
先程敵意を見せていた男の子が、山川に答えるように言った。
男の子の発言に、また女の子は泣き出してしまった。
「いいよ。僕が探してきてあげるから。」
子供達が「え?」っとなっているのをよそに、山川は靴のまま川に入った。
子供達が何か言ってるが、いざ川に入ると川の流れの音でよく聞こえない。
所々急に深くなり、流れもあり、山川はゆっくり進んだ。
川の水はとても冷たくて肌が痛く感じた。
深さが山川の腰下辺りのところを過ぎると少しづつ浅くなり、女の子が指さしたところ付近までたどり着いた。
(んー、、やっぱり子供だとここまで来るのは無理だろうな。)
山川は思い出したように子供たちの方に顔を向けて叫んだ。
「ごめん!!聞き忘れてたけど、キーホルダーってどんな感じのやつなの!?」
子供達は身振り手振りで叫ぶ。
どうやら球状の虹色のキーホルダーの様だ。
山川は川の中に手を入れながら探した。
水は冷たく、手の関節が固くなるのを感じた。
川の中にある手。その手に当たる川の流れの圧を感じて山川は考えた。
(このくらいの流れならそんなに流されてないと思うけど、、、。もし流されるようなら水面に浮くかな?でも、浮いたら子供達も分かると思うし、、。)
山川は手元から少し前の方に目をやるとうっすらと川の色に馴染まない色合いの何かを見つけた。
そしてそれに手を伸ばすと、、、
それは確かに虹色で球体、そしてうずらの卵程度の大きさのキーホルダーだった。
「キーホルダーってこれ!?」
山川はキーホルダーを掲げて叫んだ。
子供達は掲げられてキーホルダーを見て笑顔で、歓喜したように、それだと叫んだ。
子供達のまつ川辺に戻り、無事に女の子にキーホルダーを渡す。
「今度から気をつけてね。てか、もし落としても自分たちだけでなんとかしようとせずに、お父さんお母さんに相談してね。」
山川の優しい忠告に子供達はお礼を言った。女の子は笑い泣きしながら何度もお礼を言った。
子供達が笑顔で帰るの背を見届けた山川は、川の冷たい水で凍えて震える身体に我慢させるように、ポケットのタバコの箱に手を伸ばした。
タバコの箱は濡れていた。
(あ、、そっか。キーホルダー探して屈んだ時にポケットも濡れちゃってたのか、、、。)
山川はため息をついた。
寒い、、、。日も暮れるし、一旦部屋に戻るか、、。
山川が来た道を戻ろうと、振り返ると、数メートル先に1人の女性が微笑んで山川を見ていた。
山川は驚いたが、そんなの気にしてないかのように女性は口を開いた。
「タバコ、、。私ので良ければ1本あげるよ?」
怪異探偵 @tokumei9696
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