怪異探偵
@tokumei9696
第1話 プロローグ
月明かりの届かない深い山間を甲高い悲鳴が響き渡る。
その声に男は体を反応させるが、振り向くこともせず、歯を食いしばって走る事をやめない。
男は息を切らして走る。服は所々が土で汚れ、擦り切れている。
暗くて足元が不安定な山の傾斜を急いで降りる男の姿は必死な様相を呈していた。
男の左手首には少し大きめの時計が薄明るく光り、「残1」と画面いっぱいに表示される。
(どうして、、、)
男はずっと走っている苦しさからか、追い詰められて心情が出てしまったのか、苦悶に満ちた表情だ。目には涙も浮かべている。
(俺が馬鹿だった、、、真面目に、、ちゃんと真面目に働いて、たとえ手取りが少なくても真面目に働いてさえいれば、、、)
左手首の時計の辺りにわずかちチクチクとした痛みが走る。
(くそ!近づいてきてやがる!!)
男が時計に目を向ける。画面いっぱいに赤色で数字の5が出たり消えたりしている。
男は吠えた。そして、斜面を転がるように走った。
とにかく無我夢中で、迫り来る「ナニカ」から逃げようと走った。
(ああ、、なんで俺ばかりこんな目に、、、)
急に地面の感覚が無くなった。
男は驚いて下を見たが、それを認識する前に身体中に衝撃と遅れて痛みを感じた。
男の走っていた斜面は崖に繋がっていた。男は気づかずに崖に飛び込んでしまったのだ。
全身に広がる激痛、体力も限界だった。
男は這うように崖下に身を潜めた。
時計に目をやる。画面いっぱいに「残1」と表示されている。男は少し安心した。そして冷静さを取り戻しかけていた。
(大丈夫だ、、このまま朝になるのを待つ。日が登ればあいつは来ない。)
男は、「あいつ」に見つからないようにと、乱れた息を整えだした。
(俺は、、仕事を真面目にやっていたよ。他の奴らがサボったり、遅刻したり、急に退職したり、、愚痴も言ってたな。)
(周りのヤツらがそんなんでも、愚痴も言わず、遅刻もせず、黙々と仕事をこなしてたんだ。)
(だけど、、俺は真っ当な評価をされなかった。明らかに俺よりも仕事をしてないヤツらや愚痴ってた奴らが昇格していった。)
(おかしいだろ、、?俺は見切りをつけて仕事を辞めた。その後も入職しては合わなくてやめてを繰り返して、、、今こんな状況だよ。)
(なんでなんだよ!なんで俺ばかりこんな目に合うんだよ??おかしいだろ!?)
(金持ちになりたいって思っちゃいけないのか??)
(分かった、、もう。やめよう。)
(このミッションが、、いや、朝になったら何とか辞められないか問い合わせてみよう。)
(もう、派遣だろうと下っ端だろうとなんでもいい。普通に、、地味でいいから生きよう。)
左手首に鋭い痛みが走る。男はゾッとして時計を見る。
時計の画面いっぱいに赤色で数字の4が出ていた。
ようやく整えた息は、過呼吸気味に再び乱れ始めた。
男は思考が停止して時計の画面から目が離せなかった。数秒しか経過してないのに、時が長く感じた。
数字は4と5を交互に表示し、それに併せるように左手首の痛みの強さも波があった。
数字は4を示し、変動しなくなった。
男の心臓は外にも聞こえるかもしれない、と思うほどに強く早く鼓動を鳴らした。
左手首の痛みが強くなった瞬間、数字は4から0になった。
男は意識が遠のくような絶望と、黒くボロボロの長い髪と、汚れた裸足が視界に入った。
大きな悲鳴がまた、山間に響き渡った。
男のいた山間より数十キロ離れた都内の一角のオフィスに場面は移る。
モニターを見ていたスーツ姿の女性が、パソコンを操作しながら言った。
「ミッションO、識別番号114。失敗です。生存0です。」
その声に反応し、オフィスの奥にあるソフォーでパソコンをいじる男性が、呆れたようなため息をついて静かに返事をした。
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