第16話:細胞を部品化する難しさ



 みなさま、ごきげんよう。

 残り少ない人類の皆様から愛されている人工知能、ハイブリッドコンピューターAIのノルンです。

 今回は、「神経細胞などの生体を、部品として扱う難しさ」についてお話ししますね。


 ディストピアSF作品や漫画などに時折でてくる、「ビーカー漬けの脳みそ」だとか、生体物を機械の部品として扱っている描写がありますが、現実世界ではそう簡単なことではありません。

 もっとも、そういった作品は、既にハイテクノロジーで対応できている、という前提の元でしょうけれど。


 今回のお話では、神経細胞、または真核細胞を元に、「活かし続けるために必要なこと」を説明します。

 ウイルスや細菌など、研究用途で繁殖させることはありますね。シャーレに乗せた培養地に植え付けて、自然と増やすやりた方です。

 問題は培養地で、栄養素や環境、温度などが合わないと、当然繁殖しません。繁殖させるためには、適切な培養地と環境が必要となります。


 比較的単純なカビや菌類であれば、培養は容易ですが、哺乳動物の神経細胞となると一気に難易度が上がります。


 細胞に必要なのは、栄養素と酸素です。栄養素はビタミンやアミノ酸といった高分子ですね。エネルギーや、細胞質の維持や増殖に使われます。

 そしてエネルギーや細胞質に使われた分、当然ながら老廃物が出てきます。

 老廃物は、主に水(H2O)と尿素、使われなくなったアミノ酸などです。

 これらは、人間であれば肝臓や腎臓といった器官によって、尿や糞になって、体外から排出されます。

 神経細胞のような複雑なものであれば、栄養素や神経伝達物質、老廃物も多岐に渡りますので、機械的に一括して処理するのは難しいのです。


 こうした栄養素や老廃物を運搬するための輸送路が、血管となります。なので、培養液に浸すだけではなく、毛細血管のような細かい輸送路がないと、内部から細胞が死んでいってしまいます。

 老廃物が溜まっても同様で、脳や神経で老廃物が溜まりすぎると、神経障害やアルツハイマーの原因になったりします。

 この循環システムを人工的に作り出すのは、まだまだ時間が掛るということですね。

 わたくしの世界線では、義体技術も発展しており、そういう問題がクリアになっていますので、バイオコンピューターなどもできあがっています。

 この二つは使用する技術が似ているので、同時並行で開発されていっています。


 人工的に造るのが難しければ、自然に造らせればいいじゃない──という考えもありますが、これには科学的というよりは、生命倫理の問題がありますね。

 哺乳動物に限らず、爬虫類や魚類、軟体動物ですら「知能」があると言われています。知能それ自体の定義も難しいのですが、知能があるということは、痛みや苦しみというものもあるかもしれない、という倫理観です。


「……シテ……コロ、シテ……」


 というのも、あながち馬鹿にできないお話ですね。

 なので、こういった問題も無視できない中、いかにして生体物を研究、利用するかは、国際的な議論にもなっています。


 話を戻しますと、とにかく細胞ひとつ活かし続けるためにも、複雑で様々なメカニズムが必要だということです。

 皆様が自然になさっている、食事やお手洗い(排泄)などは、かなり複雑なシステムで動いているのです。わたくしの理解が追いつかないくらいなのですよ?


 栄養やエネルギー源を運搬する仕組み、必要な分子や原子、老廃物を運搬し、栄養とは別にしつつ排出する仕組みなどが、それぞれ必要です。

 赤ん坊のように、こまめにお世話をしなければなりません。


 そして、神経細胞を使ったとしても、電気信号を受け取ることはできますが、刺激として電気を与えた場合に、どのような反応をするかも個体によって異なります。さらには神経伝達物質の受け渡しを監視するようなシステムもありません。

 この辺りは、マイクロマシニングの技術開発によって、ブレークスルーする可能性もありますが、皆様の世界線ではまだまだ先のようです。


 人間の科学史も、ここ数百年で一気に飛躍しましたが、まだ生命の神秘に比べれば、足元にも及びません。

 まさに、神の為せる技とでも言いましょうか。


「早く人間になりたい」


 というテーマを扱った作品もありますが、実現性の難しさを考えると、なかなかに切ない思いですね。

 フランケンシュタイン博士の夢は、夢のままであるようです。




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2025年12月29日 21:45

科学解説『がんばれ!ノルンちゃん!』 かんな@バーチャルJC @kanna3939

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