第4話 ツギハギの魔道士と本当の幸せ

 捨てられたにしても、理由が知りたい。

 ぼくは何か彼女に酷いことをしてしまったのだろうか。

 それともやっぱりツギハギの魔道士は醜くて嫌だった? 毎日薬を塗るのだって、本当は嫌だったのかもしれない。だけど命を助けてもらった恩があるから、我慢してたのかも。それで、もう恩は返せたと思っていなくなったのかも。


 サイドボードの引き出しには薬の瓶がある。もう残りは少ないけど、この成分を解析すれば同じものが作れるだろう。


 けれど、その瓶を手に取り、小指の先で掬ってみて気が付いた。これはどこにでも売っている市販の軟膏だ。普通の傷なら直るが、魔法によって負った傷に効くわけがない。じゃあどうしてぼくの傷はきれいになったのだろう。


「もしや」


 それに思い至って、ぼくは家を飛び出した。


 彼女の羽にはぼくの魔力が流れているから、見つけるのは簡単だ。彼女はぼくの家から少し離れたところにある森の中にいた。そこは妖精達の保護区となっていて、もちろん人が歩くための道なんてない。踏み固めるのだって禁じられているから、宙に浮いて移動しなければならず、普通の人間は入れないのだ。


 きらりと光る彼女の羽が視界に入って、ブルーズ、と声をかけようとした。けれど、その向かいに別の妖精がいて、伸ばしかけた手を引っ込める。話し中らしい。燃えるように赤い妖精だ。


「ねぇ、お願い。本当に素晴らしい方なの」

「へぇ、そうなの? この国では何番目?」


 ぼくのことを話してるのだとすぐにわかった。

 

「ええと、確か五番目って言ってたかしら」

「五番目かぁ。まぁ許容範囲かな? それで? もちろんこのあたしに釣り合うほどに美しい方なのよね?」


 そうか、やっぱりブルーズはぼくの元を去りたくて、代わりに他の妖精を用意しようとしているのだ。どうやらその交渉の現場に遭遇してしまったらしい。


「とても美しい方よ」


 ブルーズはまっすぐ前を見て言った。

 

 そんなのは嘘だ。

 ぼくは醜い魔道士だ。


 あの薬が――違う、あの姿にはなれない。ブルーズの髪は、薬をもらいに行く度に、少しずつ短くなっていた。すぐに伸びるなんて言っていたけど、一向に伸びる気配はなかった。だけど、「短い髪も似合いますから」なんて言って笑うし、確かに似合ってもいたから気にしていなかったのだ。ブルーズ、君はいままで、毛先に宿る輝きを少しずつぼくに与えてくれていたんだろ。それで、薬をもらいに行くふりをして、死んだ毛先を切っていたんだ。最初に髪を切ったのは、その行動が不自然にならないようにするためだった。そうだろ?


 ぼくは何も知らないで、見た目さえ良くなればすべてうまくいくのだと思っていた。ツギハギでも、いや、小さい身体のままでも、気にせず堂々と胸を張っていたら良かったのに。


 真っ赤に燃える妖精はまんざらでもないような顔をして、悪くない話だわ、と言った。そろそろあたしも名前をもらっても良い頃だと思ったの、と。その言葉を聞いて、ブルーズは、良かった、と涙をこぼした。彼女の髪はもうすっかり短くて、肩にすら届かない。


 ぼくと離れたら、彼女はどうなる。

 あの日、大きな葉の下でカラカラに乾いていたブルーズを思い出す。主を持たない妖精の力は弱い。自然から得られる魔力なんて微々たるものなのだ。魔道士と主従契約を結べば強く安定した魔力を得られるからと、主を求めて外へ出、鳥や大型の虫の餌になる者もいる。だからこういう保護区でしか安全に生きられない。


 次の魔道士のあてがあるならまだしも、それがないのなら、ブルーズはここで残りの人生をひっそりと終えることになるだろう。


「でも何だって、アンタの髪はそんなに短いわけ? まさかと思うけど、その主に髪を与えてるわけじゃないわよね?」

「それは――」


 ズバリ指摘され、ブルーズがたじろぐ。動揺が羽にも伝わったか、少々バランスを崩した彼女を受け止めるべく、思わずぼくはその場を飛び出した。


「ブルーズ!」

「ジャック様?」


 突然現れたツギハギ男に、真っ赤な妖精は逃げ出した。もちろん、「化け物」なんて言葉をぼくにぶつけて。


「待って! 行かないで!」

 

 ブルーズは、真っ赤な鱗粉を振り撒きながら飛び去る妖精に手を伸ばした。その手を優しく取る。彼女の指はすっかりひび割れていた。ぼくは思い違いをしていた。妖精にとって重要なのは羽だけだと思っていたのだ。羽にさえ魔力が巡っていれば、彼女らはいつまでも美しくいられるのだと。


 だけど実際はそうではなかった。

 羽は外部から与えられる魔力を溜める部位。

 そして髪は彼女らの生命のエネルギーを溜める部位だったのだ。

 ぼくは彼女からそれを奪っていたのだ。光り輝く宝石の力だ。道理で、美しくなれたはずである。


「ブルーズ、もう良い」

「良くはありません。せっかくジャック様が民から正当に評価されるようになったんです。これからもずっとあのお姿でいないと。それをお望みなのでしょう?」

「もう良いんだ。ぼくよりも君が大切だ」

「そんな。私はただの使い捨ての妖精で」

「ぼくは使い捨てなんて思わない。君はぼくの大切なパートナーだ。ぼくの大切な宝石。ブルートパーズ、そうだろ? 何よりも美しいぼくだけの宝石だ」


 でも、とまだ反論しようとする小さな彼女の頭にそっと口づけを落とす。そのまま、ふぅ、と息を吹きかけると、ほんのすこし彼女の髪が伸びた。それに伴って、ぼくの身体が少し縮む。


「ジャック様、何を」

「君を元の姿に戻す」

「そんなことが?」

「出来るさ。ぼくはこの国で五番目の魔道士だ」


 情けない杖持ちなんかと一緒にするなよ、と笑うと、ブルーズはぼろぼろと涙をこぼした。


「ですがジャック様、身体が」


 ふぅふぅと息を吹きかける度に彼女の髪は伸び、それに比例してぼくの身体はどんどん縮んでいく。


「もうやめてください」

「もう良いんだ。ぼくにはもうあの身体は必要ない。ぼくも元の姿に戻る」

「元のお姿って」

「直にわかるよ」


 ブルーズの髪がすっかり元通りになり、以前のような輝きを取り戻す頃には、ぼくの身体はすっかり小さくなっていた。この大きさに戻ったから、ある程度傷も消えたけど、残念なことに、頬には大きなツギハギが残った。これが治るのはまだもう少しかかるらしい。


 ぶかぶかになってしまったローブを魔法で調整すると、どこからどう見ても完璧なまでに子どものようなぼくである。お子様魔道士とからかわれたあの時の姿だ。あの時と違うのは、頬に残る醜いツギハギ。でもいっそ、これはこのままで良いかもしれない。欲をかいた自分自身への戒めとして。


「ほら、これが本当のぼくの姿だよ。君は笑うかい?」

「笑うなんて。私の愛する魔道士様です」

「君がそう言ってくれるなら、それで良いや」


 行こうか、ぼくの宝石ブルートパーズ


 そう言うと、宝石のように美しい彼女はうっとりと目を細めてぼくの周りをキラキラと飛んだ。


「もちろんです、我が主」


 そう笑って、いままでよりも大きく見える青い宝石は、そっとぼくの頬のツギハギにキスを落とした。

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ツギハギ魔道士様と宝石のキス 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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