第3話 ツギハギの魔道士と正しい評価

 ぼくらの組み合わせはそりゃあ目を引いた。何せ醜いツギハギと美しい宝石の妖精だ。目立つのはいつだって輝く彼女。ぼくは主なのにおまけのようだった。


 それでもぼくらはまぁまぁうまくやっていた。ぼくは美しい彼女に引け目を感じながらも、それでも精一杯主然としてふるまっていたし、きっとブルーズの方でもぼくの顔を精一杯立ててくれていたように思う。そんなある日のことだった。


 やっぱり王様の命を受けて、王都の外れにある山林を訪れていた。用を済ませて帰る途中、きれいな泉を見つけたのである。


「ジャック様、あちらにきれいな泉が」

「休んでいこうか」


 妖精には、きれいな水が必要だ。

 ブルーズが、泉に羽を浸し、うっとりと目を細める。美しい薄水色の葉脈が走る透明な羽。ぼくはそれを見るのが好きだ。


 ぼくと彼女は陰と陽だ。ぼくは真っ黒の魔道士ローブを頭からすっぽりとかぶり、陰をこそこそと歩く。もう堂々と往来を歩くことはなくなった。身体が大きくなったって、民がぼくを見る目が少し変わっただけ。『お子様魔道士』から『化け物魔道士』になっただけだ。


 それでもそれなりに力はあるから頼りにはされる。

 川の氾濫を止めたこともあるし、災害支援だってした。たった一日で孤児院を作り上げたこともあるし、荒れて痩せた土地を蘇らせたことだってある。

 だけど、感謝の言葉は上辺だけ。その中にあるのは『恐れ』だ。民は皆、ぼくを見ると怯えるのだ。ツギハギだらけの指から放たれる魔法を、呪いのようだと言った者もいた。ぼくの力は神からの授かりものではなく、悪魔との契約によるものなのではないか、とも。


「ぼくの身体がツギハギじゃなかったらなぁ」


 太陽に向かって手を伸ばし、そんなことをぽつりと呟く。

 もしこの手が傷一つない美しいものだったら、きっと民はぼくの魔法を恐れたりしないだろう。感謝だって尊敬だってしてくれるはずなのだ。

 

 もちろん独り言のつもりだった。

 叶うはずのないそんな夢をぽつりぽつりと呟いていると、無邪気に水と戯れていた彼女が、ぼくをじぃっと見て言ったのだ。


「ジャック様、実は私、腕の良い薬師を知っているんです」


 何やら思いつめたような表情である。


「え。何、急に」

「ジャック様のそのツギハギに効く軟膏もあるはずです」

「そうなのか? でも」


 ぼくの傷は魔法によるものだから、その軟膏は効果がないと思う。そう言おうと思ったけど、ブルーズは「試してみる価値はあるはずです」とそれを遮った。


 そんな軟膏が存在するとして、じゃあなぜいまのいままで黙っていたのだと尋ねると、彼女は言いにくそうに、とっておきの秘薬だから、『それを教えるに値する者か』を見定めていた、と返してきた。成る程、そういうことなら仕方ない。


 取りに行ってきますと言って飛び去ってしまった彼女が戻って来たのは、それから数時間後のこと。長い髪が少し切られていて、「薬の代金です。どうせまたすぐ伸びますから」と笑っていた。彼女の身体には大きすぎる瓶を抱えたままでは飛びづらいだろうと思い、持とうかと提案したが、「これは門外不出の秘薬です。いくらジャック様とて触れさせるわけには参りません」と怒られてしまった。


 じゃあ君自身を抱えるなら問題はないだろ、と言うと、それはオッケーらしい。薬の瓶には触れないようにして彼女の身体を包み、家に帰る。その薬は就寝前に塗るものらしく、そして当然のように、ぼくが触れることは禁じられた。じゃあどうやって塗るんだと思ったら、「私が塗ります」と。まぁそうだろうなとは思ったけど、正直恥ずかしい。なので、人目に触れるところだけで良いよと提案した。薬は貴重なものなのだろうし、大切に少しずつ使わなくちゃ、とそれらしい言葉も添えて。いや、それも嘘じゃないけどさ。


「なくなったらまたもらいに行きますから」

「いや、そうかもだけどさ。あの、服の下まで塗られるのは恥ずかしいんだって。ぼくの気持ちも汲んでよ」

「あら、そういうことでしたか」

「君はそういうところにはほんと疎いんだな」

「私は気にしませんよ?」

「ぼくが気にするんだよ」


 そんなやり取りをし、その軟膏は、顔と首、手足に塗ってもらうことになった。暑い日に腕をまくったり、水の中に入る際に裾をたくし上げることもあるでしょうから、と言うので、二の腕や腿辺りまで塗られる羽目になったけど。


 でも、その軟膏はどうやらぼくのツギハギにも有効だったらしく、朝になると、ぼくのツギハギはきれいに消えていた。目覚めて鏡を見、驚いた。まさかそんなに即効性があるなんて。しかも、塗っていない腹の方まできれいになってた。


「ブルーズ、すごい! きれいになってる! 顔も手もひりひりしない!」


 喜びのあまり、まだ眠っている彼女を叩き起こして、「ほら!」と見せる。目を擦りながら、むにゃむにゃと目覚めたブルーズは「良かったですね、ジャック様」と笑った。


「ありがとうブルーズ! ぼくはもうこれで化け物なんて呼ばれたりしない! 皆からちゃんと感謝してもらえるんだ!」


 自分の言葉に思わず涙が込み上げる。

 ぼくはこれからきっと、民に愛される魔道士になれるだろう。魔法を使っても、もう呪いだの、悪魔との契約だのと陰口を叩かれることもない。人を助けた分だけ、正しく感謝されるのだ。それがやっと得られると思うと、涙は次から次へとあふれて来た。ぼたぼたと落ちる涙を身体中で受けたブルーズは、けらけらと笑った。ジャック様の涙、雨みたいですね、なんて言って。


 それからぼくは誰からも恐れられなくなった。


 それどころか、往来を歩いているだけでも、「魔道士様だ!」と小さい子ども達が手を振ってくれたりする。若い女性は、ぼくと目が合うと頬を染めたりもした。それに関しては、ブルーズがヤキモチを焼いちゃって大変だったけど。


 とにもかくにも、ツギハギじゃなくなったぼくは、幸せだった。

 ぼくが民から感謝されるだけじゃない。ブルーズも後ろ指をさされなくて済むのだ。あんなに美しい妖精なのに、醜い魔道士様に縛られて可哀想に、と陰口を叩かれることもない。どうやらぼくは何かしらの弱味を握って美しい彼女を従えていると思われていたらしい。どんなにブルーズが真っ向から否定しても駄目だった。ぼくが恐ろしいツギハギ男だから。


 でももう大丈夫。

 ぼくは美しい宝石のような彼女にふさわしい魔道士になれたのだ。


 そう思ってた。


 なのに。

 

 またツギハギに戻ってしまって、その上、ブルーズもいなくなってしまった。

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