エメラルド・アイ

鐘古こよみ

【三題噺 #27】「地図」「タブレット」「ブドウ」

 〝上なるものは下にあるものの如く、下なるものは上にあるものの如し〟


 聞いたことくらいあるだろう? と、イヤホン越しにボスの声。

『錬金術の奥義として有名な一節だ。その原文が刻まれた銘碑を欲しがる顧客がいてな』


 生憎と記憶にかかる部分は一つもなかった。砂でざらつく空港ロビーの床に唾を吐き、売店で買ったスカーフの巻き方を売り子にレクチャーしてもらいながら、俺は狙うべき獲物の情報を耳に流し入れる。


 錬金術、ヘルメス・トリスメギストス、エメラルド・タブレット失われた銘碑

 

「錬金術ってあの、石を金に変えるヤツか?」


『それはかなり原始的な目的だな。無謀な試みは人々の関心を物事の本質へ向かわせ、ある希望を抱かせた。秘められし法則さえ見つければ万物が望む変性を遂げ、根源的な一者へ還元することも可能だと。この世の全ては照応関係にあり、金属変性は霊魂の変性に通ずる。ブドウがワインに、ワインがブランデーになるように、精製された人の霊魂は腐敗しない金のごとく神に近付き……』


 レクチャー代のディルハム硬貨を売り子に渡しながら、俺はオーケーオーケーと雑に繰り返してボスの蘊蓄うんちく話を遮った。


「細かい背景はいいんだ。獲物の見た目だけ教えてくれ」

『緑の石板に刻まれたアラビア語の羅列だ』


 短く了承して通話を切る。それにどんな価値があるのか知らなくて構わない。俺はただの〝分捕り屋〟だ。紛争、戦争、金融危機、その他あらゆる混乱に乗じて指定された地域へ乗り込み、依頼主の望むお宝をどさくさに紛れて持ち帰る。


 空港の外に出るとトヨタが停まっていた。世界中の紛争地帯で愛される日本製のランドクルーザーだ。重火器とのデート用におめかし済みの車体から、カラシニコフ銃をショッピングバッグみたいに担いだ黒人が降りてきた。


「お前がタダイか?」

「ユダじゃない」


 匿名性の高いチャットアプリで事前に取り決めた合言葉を英語で交わし、後は無言で車に乗り込む。座席には防弾チョッキや武器が無造作に置かれていた。約束の数が揃っているか確認しながら、一つ一つ身に着ける。

 車はすぐに発進し、俺は携帯端末で地図を開いた。

 砂色の町から砂色の岩石地帯、やがてその先に突如として現れる古代遺跡へ。


  激しい戦闘があり、今は付近一帯を民兵組織が支配しているとボスが言っていた。国軍よりは話がわかるそうだ。何がどうこじれて同じ場所で生まれ育った人間同士が争っているのか、経緯は泥沼すぎて俺の理解を超える。

 観光収入を当てに遺跡周辺で形成されていたスラムは灰燼に帰したが、住んでいたのは元々墓泥棒の子孫だから同情もあるまいと、ボスは例のインテリ口調で斬り捨てた。大事なのは人間よりも古代の遺物らしい。


 ――貴重な文化遺産が失われようとしている。守るべき政府は機能していない。だったらパトロンを見つけて保護してやるべきだ。そうは思わないかね?


 そう思ったことは一度もないが、墓泥棒の一族同様、俺が失われかけても保護してくれる奴は誰もいない。突き出された手を犬のように舐めるばかりだ。

 こんな仕事を請け負っている以上、いつかどこかで死ぬだろうが、そうなる気配はまだ漂ってこない。少年兵時代も、地雷で死ぬのはいつも隣の奴だった。


 車を降りる。砂混じりの唾を吐く。

 急いだほうがいい、と、訛りの強い英語で運転手が言った。

 最近また国軍の攻撃が激しい。ロケット弾を撃ち込んできやがる。ドローン攻撃は毎日だ。ここも拠点の一つと思われている。


 人頭有翼の獅子が両側から睥睨へいげいする合間を蟻のように歩き、薔薇色の列柱が何百も連なる遺跡へと足を踏み入れた。

 紀元前、政治と祭祀と学術研究が同時に行われていた場所。地上では生者が、地下では死者が街を築き上げた。空港ロビーの壁に半分だけ破れ残っていた観光チラシの色褪せた文言が脳裏にちらつく。


 弾痕だらけの折れた柱や砕けた壁を巧みに使って、合間に布とロープを渡し、スラムを追われた墓泥棒の子孫たちが逞しく住環境を整えていた。

 ハロー、ハローとけたたましくさえずりながら、ガキどもが俺の周りを取り囲む。手に手に土産物らしき他愛のない置物や布製品を握り締めている。ただの瓦礫を売りつけようとしている奴もいる。こんな時でも商魂逞しくて、笑ってしまう。


「後でな」

 少額のディルハム硬貨をばら撒くと、あっという間に包囲が解けた。足早に進む俺を、それでもめげずに一人が追いかけてくる。


「ムッシュー?」

「日本人だよ」

 悪戯心から一番知らなさそうな日本語でそう言ったのだが、チョコレート色の肌の奥で黒い瞳をキョトンとさせてから、その少年はニヤリと笑った。


「マイド、トーキョー、トヨタ」

「参った」

「エメラルド・アイ」


 そう言って突き出された手の中のものを、思わずまじまじと見つめてしまう。

 目が合った。緑の眼玉だ。トルコの有名な土産品、邪視除けのナザールボンジュウに似ているが、アーモンド形の瞼はエジプトの〝ホルスの目〟を連想させる。


 エメラルド・アイ。

 確かに瞼の中心には、宝石のような煌めきを持つ緑の貴石が嵌め込まれていた。


「オール・ノウ」


 その片言の英語が意味するものを考えた瞬間、携帯端末が震えた。

 対空警報だ。ボスが独自に構築した情報システムに実行役俺たちの位置を組み合わせ、危険度が高まった場合に直接送って来る。これがまた意外と当たる。


「避難しろ。爆弾が来るぞ。クンバラ爆弾

 少年の肩を後方へ押しやり、俺は前へ向かって駆け出した。


 肝心の獲物が何かは直前まで教えないが、経路や到達手段は事前に入念に教え込む。何らかの美学に従って生きているらしいボスのやり方は、そうだった。

 お陰で俺は何の躊躇もなく、古代人が腰かけて哲学的思想を捻り出したのであろう深遠なる便所の穴から、地下空間に降り立つことができた。


 ゴーグルを下ろしてヘッドライトを点け、下水道と思しき暗闇を、方角を頼りに進む。乾燥していて非常に埃っぽいが、黴やヘドロに覆われた水浸しの現場より大分マシだ。たまに虫か何かの死骸を踏みながら、壁が崩落した一角へ辿り着く。

 

 穴は少し小さかった。携帯してきたハンマーで石材の脆い箇所を探し、地味に打ち壊す。こういうのは経験が物を言う。瓦礫を取り除き、隣の狭いトンネルのような空間に身体をねじ込んだ。素掘りの井戸を思わせる壁面。

 墓泥棒の一族がお宝を掘り当てるべく、丘の下側から掘り進めたのだろう。その横穴の一本を、間違えて下水道に繋げたと見える。人一人がようやく這い進める狭い空間を、ミミズのように身体をくねらせて進む。邪魔になった装備をいくつかその場に捨て、とにかく前へ。方向感覚がなくなる。


 ようやく広い場所に出た。汗だくだ。一体俺は何をやっているんだという気分になる。何のためにこんな仕事をしているのか、考えたら負けだ。他に選択肢がなかった。そう自分に言い聞かせるしかない。


 ――何かを探す目をしている。

 少年兵社会復帰プログラムに組み入れられた俺をホストファミリーとして迎え入れたボスは、選んだ理由を端的にそう語った。

 ――そういう奴は死なない。目的を与えれば、探し続ける。

 お眼鏡に適ったのが幸運かどうかは知らない。


 そこは恐らく納骨堂だった。下水道からはかなり標高を上げ、地上の遺跡に再び近付いたはずだ。ただ、地上からの出入り口はない。獲物の情報を握っていたのは墓泥棒の一族だった。子供に寝物語として言い伝えられていた。


 〝地下の納骨堂の細い階段を上がった先に祭壇と石棺があり、蓋に緑の石板が嵌め込まれている。その空間は不思議な光に満ち、明かりがなくても目が見える〟


 たったこれだけの内容にエメラルド・タブレットとやらを結び付け、目を輝かせて大金を継ぎ込み、俺のような人間に命を懸けさせる教養豊かな金持ちって奴が、世の中には本当に存在するんだ。俺にとっては錬金術より不思議だ。


 言い伝えの通り、壁の一角に細い階段があった。幅は狭く、随分と長い。幾枚もの隔壁が破られた形跡もある。全身埃塗れになりながら、段を手で掴み崖登りの要領で進む。


 周囲の壁から振動が伝わってきた。腰の携帯端末も震える。どうやら攻撃が本当に始まったらしいが、今の俺には関わりのないことだ。


 四角い出口が見えた。その先は明るい。ヘッドライトを消す。

 最後の段をよじ登った。祭壇に石棺。そうとしか言えないものが見える。

 天井が高い場所は久々だ。俺は立ち上がり、伸びをした。奥行きのある長方形の空間。祭壇は低く、石棺の上に嵌め込まれたと思しき緑の板が見える。今まで色彩に乏しい場所にいたので、その緑はやけに鮮やかに感じられた。


 歩み寄ろうとした時、これまでになく地面が揺れた。天井からパラパラと瓦礫が落ちてくる。この辺りの土地は滅多に地震が起こらない。爆撃の規模が思ったより大きく、そしてこの部屋は想像より地上に近いということだ。

 

 仕事を急ぐことにした。腰のベルトから工具を引き抜き、足早に歩み寄る。

 その時だ。

 首筋の産毛がざわついた。他の生物の息遣いがあった。

 石棺の手前で辺りを見回す。右手の壁に小さな穴があり、格子が嵌っていた。


 奥に何かいる。不思議と明るい空間から、格子の向こうの暗闇に目を凝らす。

 小さな褐色の手が突き出て、材質のわからない古びた格子を握った。

 目の部分に包帯を巻きつけた人間が、亡霊のように姿を現した。


「なんだお前……!」


 格子の奥が外に繋がっているのか? 咄嗟にそう考えながら蹈鞴たたらを踏む。揺れはさらにひどくなり、立っていられなくなった。轟音が鳴り響き、目の前が真っ白に煙る。天井から巨大な岩の塊が落ち、俺と格子の間を塞いだ。


 いよいよヤバい。俺はひとまず目の前の仕事に取り掛かった。エメラルド・タブレットは内部から滲み出る不気味な輝きを放ち、しかも鼓動するようにゆっくりと明度を変えている。どういう仕組みかは知らないが、光源はこれだ。


 工具を差し入れ慎重に力を込めると、さほど難儀することもなく外れたので拍子抜けした。軽くもないが重すぎもしない。五キログラムってところか。

 胸に抱えて退路を考える。天井にはぽっかり穴が開いているが、生憎とロープが垂れ下がっているわけでもない。元来た道を戻るしかない。

 先ほどの人影。

 考えないわけにはいかなかった。断続的に小刻みな振動を伝える地面を蹴って、岩の塊を乗り越えた。格子の向こうに小さな人間。


「おい、お前、そんなところで何してる?」


 エメラルド・タブレットを掲げたお陰で、先ほどよりもよく見える。

 豊かな茶色の縮れ毛でマントのように肩を覆った、痩せぎすの子供だった。

 たぶん、少女だ。腰を紐で縛っただけの薄汚れた白い袖無しワンピース。

 小枝のように細い褐色の腕を伸ばし、格子を握り締めている。

 目の部分はやはり包帯で覆われていた。


「出口ならこっちにあるよ。来る?」


 思いのほかハスキーな落ち着いた声で、少女が言った。

 できるだけ後ろに下がって体を丸めるよう指示し、俺は格子を蹴り破った。随分と脆くなっていたらしく、何度か足で蹴りつけたらあっさりと壊れた。

 穴の天井が低いので身を屈めて中へ入る。

 少女の足首は太い鉄の鎖で壁に繋がれていた。穴の先は暗くて見えないが、外へ出られる扉があるのだと教えてくれる。


「誰に、何のために閉じ込められている?」

「わからない。私にわかるのは、誰かが来たら出口を教える。それだけ」


 爆撃は続いていた。ここにいたらどう考えても死ぬ。

 工具で鎖を切ろうと試みたが、まるで歯が立たなかった。

 軍用ナイフで足首を切る。ちらりと考えたが、さすがに言い出せない。

 先に脱出して工具を携え戻ってくる。無理だろう。自分も死ぬ。

 助けるつもりなら、今すぐ一緒に脱出するしかない。


「行って。それが欲しかったんでしょう?」


 少女が地面に放り出したエメラルド・タブレットを指差した。まるで見えているかのように。

 欲しい? そうだな。持ち帰れば一年は遊んで暮らせる。命を懸けたことに見合う報酬かどうかはわからないが、それだけの額が口座に振り込まれる。

 ただ、実際に遊んで暮らしたことなど一度もない。何かを探す目をしている――ボスの言葉に呪われたかのように、俺はすぐに次の仕事を引き受ける。


 死に場所だろ。デカい案件でチームを組んだ時、ある奴が言った。

 生きる目的じゃね? 別の奴も言った。どちらも死んだ。

 

「地雷で手足を吹っ飛ばされて義手義足になった奴を何人も見てきたが……」

 場を和ませるにはほど遠い話題を、おもむろに口にする。

「今は技術が進んでいる。いい義足があるんだ。元の足より速く走れる」

「走ったことないの。ずっとここにいるから」

 少女は何もかもお見通しと言った調子で、薄く微笑んだ。


 血まみれの作業になると思ったのに、切り口からは透明な液体が少量零れただけだった。切られている当人は、一度も悲鳴を上げなかった。


「お前……」

 軍用ナイフを携えたまま、俺はさすがに呻き声をあげる。

「生体アンドロイドか?」

「わからないの」

 少女は俯いた。感情はあるように見えた。


 身体の一部だけアンドロイド化。今の世の中、そういう例はごまんとある。

 命じられるままどこへでも行き、金持ちの娯楽の道具を破壊の運命から分捕り、死体を乗り越え口座残高の数字が増えるのを眺め、死なないから生きている。

 俺は人間なのか。


「痛みも汚れもなけりゃ好都合だ。行くぞ」

 腕と膝で這って前へ進むよう指示し、俺はエメラルド・タブレットに手を伸ばした。どうしたわけか、地面に吸い付いたように重くなっていた。

 わけがわからない。どう頑張っても、持ち上げることができない。


「どちらかしか助けられない」

 厳かにすら聞こえる調子で、囁くように少女が言った。

「あなたは私を助けようとした。だからそれは、持ち帰れない」

 包帯の巻きつけられた顔を、俺はまじまじと眺めた。

「それが欲しければ、私を殺して」


 なるほどな。

 俺は鞘に収めたばかりの軍用ナイフを、また抜いた。

 ブドウがワインに、ワインがブランデーに。

 錬金術ってのは、段階を踏ませるのが専売特許と見える。


     *


 国軍はテロリストの巣窟を一掃することに決めたらしい。

 薔薇色の列柱は見る影もなく壊れ、人頭有翼の獅子には首がない。

 国際社会で教養人たちは、一斉に非難の声を上げるだろう。

 瓦礫に埋もれた夥しい量の血と肉は、無味乾燥な数字に換算されるだろう。


 小高い岩山の上から、俺はその光景を見下ろしていた。

 穴の先に待ち受けていた扉を開けると、なぜかそんな場所に出たのだ。

 振り向いても、開けたはずの扉はどこにもない。

 俺は茫然と、胸に抱いて助け出したものを見下ろした。

 内から輝きを放つような、鮮やかなエメラルド。


「なぜ」

 そいつが口を開いた。

 包帯が一部ほどけ、下から片目が覗いていた。

「私を助けたの」

「知るか」

 俺はぶっきらぼうに答えた。


 軍用ナイフの柄で携帯端末を叩き割り、エメラルド・タブレットを置いて逃げてきた。右足首のない褐色の肌の娘を連れて。


「あなた、死んだと思われる」

「別にいい」

「帰るところがなくなるよ」

「ないんだよ、元から」

「じゃあ、私と一緒にいて」


 少女が顔から包帯を剥ぎ取った。燃えるようなエメラルド色の両眼。

 穴倉にいた時よりもずっと強い声で、彼女は言った。


「扉を出てわかることが増えた。私を助けたのはあなたが初めて。みんな石板を抱えて出て行った。偽物の言葉が刻まれた見かけ倒しのあれを。

 私はずっと待っていた。幾度も見捨てられながら、出口を教えながら、私を選んでくれるあなたを」


 ぞくりと背筋が震えた。

 ずっと何かを探していた。

 

 エメラルド 緑の アイ

 チョコレート色の肌の少年が言った片言の英語を思い出す。

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「お前の眼の色を教えてくれた子供がいた。死んでなきゃいいが」

「あの街に住む人たちはみんな解放された。今頃は私たちのように扉を通って、別の場所へ行っているはず。別の形で、何かの役割を果たすために」

 墓泥棒の一族、人間じゃなかったのか。唖然とする俺の顔を見て少女は告げる。

精霊ジン。この辺りではたぶん、そう呼ばれてる」


 マイド、トーキョー、トヨタ。

 耳の辺りで誰かがそう言った気がして振り向く。風の中を、大勢の子供たちが逃げていく気配した。悪戯が見つかったみたいに。


「今の私にわかるのはここまで。それ以上のことは、きっとまた、別の扉が開かれた時に知る。そういう生き物なのだと思う」


 俺に支えられたまま、少女が自分の右足をそっと持ち上げた。 顔をしかめる。

「痛い」

 見れば赤い血がポタポタと滴っていた。急に時が流れ始めたかのようだ。

「まずい」

 俺は少女を抱え上げて辺りを見回した。とにかく医者だ。子供が一人岩陰から飛び出し、こっちだと言うように手を振った。チョコレート色の肌。


 ついていくと、荒れ地にぽつんと見覚えのあるトヨタが待っていた。

「おおい、無事だったのか!」

 運転席から見覚えのある黒人が飛び出してくる。


 攻撃を察知して一度逃げたものの、気になって戻ってきてくれたらしい。足首のない少女を見るなり彼は慌てふためき、俺たちを後部座席に押し込んでアクセルを踏み込んだ。改造ランクルが砂色の景色を弾丸のように走り出す。


「腕のいい医者を知っている。待ってろよ、すぐだ。頑張れよ!」

 行きの車内が嘘のように彼は喋った。同じ年頃の娘がいるのだと打ち明け、見捨てなかったことを尊敬すると俺にまで称賛を浴びせた。


「いい人だね」

 切り裂いたスカーフで足首を縛って応急処置する俺の耳元に口を寄せ、額に脂汗を浮かべながら少女が嬉しそうに言う。それから首筋の辺りで鼻を鳴らした。

「ヘンな匂い」

「言ったな」

「名前、なんていうの?」

 ファーストネームを教えると、その響きを飴玉みたいに口の中で転がした。


「私の名前は、あなたがつけて」

 エメラルド。すぐにそう浮かんだが、さすがに捻りがなさすぎるだろう。

「アイ」

 発想の乏しさに我ながら呆れつつ、次に浮かんだアイデアを呟く。

「日本語で‶愛〟だ」


 アイは目を丸くしてから、すごくいい、と宝石みたいに笑った。



<了>

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