月に一度くらいあなたと話したくなっていい

海来 宙

月に一度くらいあなたと話したくなっていい [終]

「また――、来ちゃった」

 私は何度も訪れている大切な墓の前で足を揃え、無人の墓地に白銀の蝶を見送って霞んだ空に口をゆがめる。

 まあ、そうだよね。幸せな一日を奪った天災を遠いあの地で迎えたのは我が町に一人だけ。整列する周りの墓に犠牲者はおらず、今月も月命日はひんやり閑かだった。

 私はふれなくとも冷たい墓石の様子をうかがう、朝のうちに誰かが来た痕跡はない。

「私、妻でも恋人でもない、片想いだったのにね。月命日の度にここであなたを想ってるって家族に知れたら何言われるかな。まだ一度も会えてないけど、言い訳にならないか」

 あれから六年、今の私は生まれ育ったこの町におらず、会いたくても月命日の訪問がやっと。家族となら会えているけれど、好きな人が一番だった。既婚者への叶わぬ恋、それでもここに来れば会えるかもしれないでしょう?

 思えば初対面のあなたは、隣の私の机に書類を山積みにして頭を抱えていた。同い年で新入社員の私がぎょっと入社を後悔しかかったら、実際はまっさらな印刷用紙を重ねたいたずらだった。もう遠い昔に感じる鼠色の机は今頃どうなっているだろうか。

「いつ……、発見してもらえるのかな」

 あの惨劇以来渇望し続ける私の願いを風に吐露した。実は墓はあっても行方不明のまま、遺体は発見されていないのだ。しかしいつまでも希望に頼って待つだけでは申し訳ないと、失踪宣告を受けて先祖代々の墓に住処を与えたという。墓には現地に遺された携帯電話を形見として納めたと聞いた。

「私、お墓が遺骨の家だって知らなかったんだよ? 社会人失格ね」

 私が苦笑でつぶやいた時、背後から朗らかな男声が耳をくすぐる。これは何度も聞いたあの、あのだから――、

「来てくれたん、あ……」

 振り返ってはっとし、喜び悔しさ半々の私。現れたのは六年の間会いたくてたまらなかった彼で、隣に優しそうな女性そして前を歩く大きすぎる花を抱えたあどけない少女。でも本当なんだ。今日は月命日は欠かさないと言った家族の姿もないのに、特別な日だっけ?

 あれから六年――そうだ命日、しかも七回忌! 家族は逆に本物の私を求めて被災地に飛んだのか、骨のない墓参りはきっと後回し。

 墓の前に素敵な三人が並んで立った。私は穏やかに話しかける。あのね私、旅先で被災してね、自分のいない墓、どうしてもここにしか来られなくて、時間の合った時に家族と再会するだけだった。供養のことは被災地で聞いたんだけど、だからありがとう、大好きなあなたに来てもらえてうれしい。かわいらしい奥さん娘さんと幸せになってね。


          了


▽読んでいただきありがとうございました。

この作品は確か、書いたときに長さ制限があったと思います。だからこれで終わりなのですが、いかがでしたか?


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月に一度くらいあなたと話したくなっていい 海来 宙 @umikisora

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