コバトンと一緒に

印田文明

コバトンと一緒に



 沖田はなんというか、ウボンゴをひとりでやるようなやつだ。



 ウボンゴといえば、最大4人でパズルを楽しむボードゲームなのだけれど、ひとりで脳トレ的に楽しむこともできる。とはいえそもそもマイナーなゲームだし、それをわざわざひとりでやろうという人間は沖田以外に知らない。



 沖田はなんというか、つまりはそういうやつなのだ。



 協調性はないけれど、独自の世界観をもっていて、妙にウィットに富んだ発想だとか言い回しがクセになる。積極的には誰かと関わろうとしないわりに、常に友人に囲まれている。


 俺もそんな沖田にどことなく惹かれて、周りを囲んでいるのだった。



「つまり、バズって人気者になりつつ、お金持ちにもなりたいという君の強欲を満たすためのアイデアをだせ、ということか」



 大学の昼休みに俺は沖田を捕まえて、要約すれば「自分の好きなことだけをして生きていきたい」みたいな内容の相談をしていた。



「いや、そうなんだけど。もう少し言い方を考えてほしいというか、なんというか」


「高瀬。君の悪いところは、言葉を選びすぎるところだ。変に取り繕わずに、『楽して稼いでなおかつモテたい』ぐらいのことを豪語するやつの方が、結局好きなことだけで生きていけるんじゃないかな」


「でもまあ、どうせ多くの人の認知を集めるってんなら、多少なりとも人の役に立つ形の方がいいと思っているっていうのも本心なんだ」


「そうやってエゴと良心の線引きが曖昧なやつが、大成するとは思えないけどね」



 沖田が俺の目を見ずに言い捨てる。

 なんとなく居心地が悪くなって、乾いてもいない喉を潤すためにお茶を啜った。


 まあいいや、と沖田が姿勢を正す。



「アイデアぐらいは出すさ。まずはやってみないことには、どんな可能性も生まれないしね」



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「私は今、埼玉県庁に来ていまーす」



 慣れない自撮りに、か細い声が出て自分でも笑ってしまう。


 沖田のアイデアとはつまり、県庁の紹介だった。



 曰く、「市役所とか区役所は市民向けだから、多くの人に馴染みがあるよね。でも県庁って入ったこともなければ、どんな場合にお世話になるのか知らない人も多いんじゃないかな。県庁に突撃して、中を紹介する動画を作りなよ。


 許可? 取らない方がいいよ。追い出されたら追い出されたで面白い動画になるじゃないか」とのこと。



 いざ撮り始めると、本当にこれでいいのか? という気持ちが芽生えてきたが、長い付き合いからその気持ちを無視できるぐらいには、俺は沖田のアイデアに信頼を置いていた。


 気合を入れて撮影用に買ったGoProの画角に、右手に持つ「コバトン」のぬいぐるみがちゃんと収っているのか確認しながら、必死に台本を思い出す。


 ちなみに「ご当地キャラのぬいぐるみとか持ってた方がわかりやすいんじゃない?」というのも、沖田のアイデアである。


 撮影場所に選んだのは、県民案内室の書かれたスペース。ひとけが少なく、職員と思われる人の姿もなかったので、ウォーミングアップにはちょうどよかった。



「それではコバトンと一緒に、まずは県議会議事堂を見に行ってみましょう!」



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 当然、県議会議事堂は許可を得なければ入ることができず、守衛と思しき人に哀れみにも似た視線で「撮影をやめてもらえますか?」と言われた。


 天下を取るようなインフルエンサーはもしかしたらこのような場面もネタにするのかもしれないが、すっかりびびってしまった俺は大人しく撮影を止めて、ささっと逃げ出した。


 沖田に電話をかけて、今後の進行を相談する。


 相談の末、俺にできたのは、庁舎をつなぐ廊下の窓からぎりぎり屋根だけが見える議事堂をなんとか画角に収めて、動画を回すことだけだった。



「ここが県議会議事堂です!いやー、壁に歴史を感じますねー」



 壁なんて一切動画に写っていないが、アドリブを効かせられるほど俺には余裕がなかった。とにかく、議事堂の屋根が見切れないように喋る、ということ以外に意識を向けることなどできなくなっており、一旦バックにしまった「コバトン」のぬいぐるみもその存在ごと忘れてしまっていた。




 突如、! と大きな音がなり、窓がビリビリと震えた。




 思わず撮影を忘れ、音がした方を見る。

 遠くに見える議事堂あたりから、煙が立ち昇っていた。




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 あの後、県庁ではけたたましくサイレンがなり、速やかに避難誘導がされた。俺もなにが起きたかわからず、ただ促されるまま避難し、なにがなんだかわからないまま気づけば帰って来ていた。


 おもむろにSNSで「埼玉県庁」と調べてみる。1位にトレンド入りしていて、やれガス爆発だのテロだの憶測のお祭り騒ぎになっていた。


 見ていたスマホが急に震えてドキッとする。沖田からの着信だった。



「無事かい?」


「・・・なんとか。いまだに夢見ごごちというか、ふわふわしてるけれど」


「じゃなくて、データ。撮ってないのかい? 爆発の瞬間を」



 そういえば、GoProを起動しっぱなしだった。メモリをケチったので、すでにメモリ容量がいっぱいになり、自動で止まっていた。


 録画データを確認する。

 そこには議事堂から煙が噴き出る瞬間と、絵に書いたようにパニックになる自分の姿があった。



「撮ってた」


「やったな、高瀬。それをSNSにばら撒けば、大バズり間違いなしだ」



 そもそも撮影していた目的は、人のためになる情報の提供でバズるためだ。そう考えれば、確かに爆発発生直後の映像というのは、多くの人が求めていて、かつ絶対にバズるので、ある意味目的の達成だと言えた。


 爆発前後の数秒で切り取って、SNSに動画を投稿した。


 目論見通り、ものの数秒で通知の音が鳴り止まなくなり、「うるせぇなぁ」なんて口では言いながらも通知音は消さずに酔いしれていた。


 半日もすると通知は落ち着き、動画に寄せられたコメントを読む余裕すら生まれた。棒読みすぎるだとか、話し方が気持ち悪いだとかの誹謗中傷もあったが、それよりもテレビ局各社から動画の使用許可の打診が来ており、承認欲求がもりもりと満たされるのを感じた。



『多数コメントやDMをいただいて、お返事が遅くなってしまいすみません。もちろん使用OKなので、多くの人に情報を届けてください』


 いちいち「今忙しいんですけど、誰かのためになるなら」みたいな時の人ムーブを挟み込みながら、コメントに返信をしていく。なんなら、「すぐ返信しすぎると、暇なやつみたいだな」と思い、わざと時間差で返信し、対応に追われている感を演出したりした。



「いや、自分はふつうに動画撮ってただけなんですけどね。たまたま決定的な瞬間がうつっちゃったんですよね」というコンテキストとして、爆発に関係のないシーンを含めたフルバージョンも投稿した。これも先に上げた爆発動画の影響で信じられないぐらい再生回数を稼いだ。



 間違いなく、俺は有頂天だった。




 翌日、インターフォンが鳴るまでは。




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 インターフォンを鳴らしたのは、警察だった。



「動画について詳しく聞きたいから同行してほしい」と言われ、驚きはしたものの、事件解決につながるならと思い快諾した。


 警察署に到着し、取調室に座らせられてたタイミングでやっと気づく。




 自分はなのだと。




 淡々と警察官に氏名や住所なんかを聞かれ、淡々と答える。

 何かの手違いで犯人にされてしまうのではないか、という思いと、自分は純粋な情報提供をしようと出てきたのになんだこの仕打ちは、という憤りがごちゃ混ぜになり、貧乏ゆすりが止まらなくなった。



「で、なんで動画撮ってたの?」


 対面に座る警察官は、威圧的でもなんでもない。ただ、聞かれただけ。

 それでもなぜか怯えながら、ありのままを答える。


「バズって稼ぎたくて。でも、どうせなら人の役に立ちたいなって、それで」


 取調室内の空気がピリつくのを感じた。何も嘘はついていない。なのに少しずつ首が閉まっていく感じがした。




「動画、フルバージョンも観たよ。最初だけこれ見よがしに『コバトン』を映していたよね」


「いや、そっちの方がわかりやすいというか、動画として面白いかなって」


 また空気が一段と重くなる。

 なにも間違ったことは言っていないのに、失言を繰り返しているような気分になる。




「ふーん。で、無事バズったね。感想は?」


「うれしかったというか、いろんな人からコメントも来て、正直しばらく調子に乗ってました」



 ありのままだ。神に誓って、正直な気持ちと事実を話している。



「じゃあ、自白ってことでね。逮捕だ」



 そばに控えていた別の警察官が、俺に手錠をかける。


 弁明をしようとも、なにが起きているのか理解ができず、抵抗の余地もないまま手錠にかけられた紐に引っ張られて取調室を出る。




 少なくとも、沖田のアイデアであることはしゃべっていない。



 沖田がこのやっかいごとに巻き込まれずに済んでいることは、不幸中の幸いなのかもしれない。




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 僕にとって、この世のあらゆる事柄はゲームだ。成功と失敗があり、勝ちと負けがある。


 高瀬から、要約すれば「自分の好きなことだけで生きていきたい」みたいな内容の相談を受けて、新たなゲームを始めることにした。



 今回のゲームの勝利条件は、「捕まらずに公的機関を爆発させること」と定めた。

 


 別に公的機関へ恨みがあるわけではないけれど、「善良な市民がついに怒りを露わにした」みたいなストーリーが勝手に描かれることを期待した。


 プレイヤーは僕と、高瀬。


 


 それによって逮捕されるという事態を、いかに高瀬に押し付け、また彼はいかにそれを回避するか、というゲームだ。


 勝算はあった。僕は高瀬がなぜか僕のアイデアに心酔していて、割と無茶な提案でも飲むことを知っている。そして彼は「言葉を選びすぎる」という特性を持っている。


 これだけで、あっさりゲームの勝ち筋は見えた。


 まず、相談に託けてGoProを持って埼玉県長へ行かせる。ちなみにGoProを買わせたのも僕。手始めに、高瀬がどの程度僕の言うことを鵜呑みにするか確かめたにすぎない。どう考えても、初心者が撮影するならスマホで十分なのだ。


 これ見よがしに「コバトン」のぬいぐるみを映すように助言する。これは、僕が前もって県議会議事堂内に置かれていた「コバトン」のぬいぐるみを、爆弾入りのものにすり替えてあるからだ。ちなみに、公共の施設なので見学の許可を取れば難なく中に入れる。高瀬が県庁へ向かう前日に見学へ向かい、すり替えておいた。


 僕の助言を鵜呑みにし、許可を得ていない高瀬は、当然議事堂内に入ることはできない。ここで高瀬から電話が来る。これも予想通り。



「じゃあ、廊下の窓あたりから議事堂を撮れないかな。多分撮れたとしても画角ギリギリだろうから、コバトンを映すのは諦めよう」



 助言の通りに高瀬は動くだろう。そろそろかな、というタイミングで、起爆アプリを起動する。家にいながら起爆したので、無事爆発が起きたか心配ではあったが、SNSですぐに情報が回ってきた。次第にニュース速報にもなったが、やはり情報統制が行われているのか、「埼玉県庁にある、県議会議事堂が爆発した」ということしか報道されておらず、何がどうして爆発したのかの情報は伏せられている。


 どうせ高瀬からすぐに連絡が来ると思っていたが、なかなか来ない。痺れを切らして、こちらから電話をする。よかった。ちゃんと動画に収めてくれていたか。


 動画を拡散するように助言する。


 物の数分で動画は拡散され、とんでもない数のいいねを獲得していく。

 どうやら高瀬は調子に乗っているようで、勝手にフルバージョンの動画もアップした。この後助言しようと思っていたので、手間省けて助かった。



 さて。この後、フルバージョンの動画を見た警察はどう思うか。



 動画の冒頭で映っていた「コバトン」のぬいぐるみは、動画後半では映っていない。そして情報統制の結果、爆弾が仕掛けられていたのは議事堂にある「コバトン」のぬいぐるみだということは、現場検証を行った警察と犯人だけが知っている。


 警察からすれば、犯人がこれ見よがしにぬいぐるみを見せつけ、それを設置し、爆発する瞬間を動画に収めただけに見えるはずだ。


 あとは、僕は待つだけでいい。


 高瀬は言葉を選びすぎるきらいがある。きっと警察に聞かれたことには「嘘偽りなく」答えるはずだ。


 警察は証拠がない段階で、いきなり「お前が爆発させたのか」のような直接的な聞き方はしない。きっと「なぜ動画を撮っていたのか」みたいに遠回しなことを聞き、決定的なことを言うのを待つ。


 そうだな、多分警察は「コバトン」について触れるはずだ。「コバトン」が爆発したことは、警察か犯人しか知らない。警察は高瀬から「コバトン」と「爆発」を結びつけるような発言を聞き出そうとするに違いない。


 あとは高瀬が「バズって気分がよかった」みたいなことを言ってくれれば、バズりたいあまりに爆発を起こし、実際にバズって気持ちよくなっている愉快犯の完成だ。





 件の爆発の犯人が捕まった旨のニュース速報が流れ、ゲームの終了を告げた。





 了

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