第1話 金髪美少女に懐かれた

 11月。秋ということもあって、噴水のある公園には、落ち着きを感じさせるもみじや木の葉の木々が、あちこちにそびえ立っていた。



 仕事の休憩中ということもあって、社会人がそれぞれの休憩を行っている。そう、この男もベンチに座って、雲のない青空を見てぼーっとしていた。



「あー……飯食ったらさすがに暇だな」



 高峯たかみね陽馬はるま。とあるゲーム会社の特殊な職業に就いている、16歳。高校を中退してから今の仕事に就いて2ヶ月になる。



 生まれつきの明るい茶髪。赤と黒のチェック柄の服にジーパンを着ている元不良は、何かないかと思いながらため息を吐いてしまう。



「さすがに他の会社が襲ってこないと、超ヒマなんだよなあ。修行を終えたとはいえ、まだ数戦しか戦ってねえしな。はあ……暇だな」



 前かがみになりながら、もう一度ため息を吐く。



 陽馬は伝説の不良と呼ばれた男で、それは無敗の記録を持っていた。今の働いている会社の社長に負けるまでは。



「おっさん、今日は用事があるからと行って出勤しないから俺に会社を守れって言ってもなあ……仕方ねえか。おっさんがいない今、もしものときがあったら俺しかいねえしな……ん?」



 ふと、横目に流したその時だった。



「なあなあお嬢ちゃん。いいじゃんかよお、少しだけでもいいから俺たちと遊ぼうぜ」



「い、嫌だって言ってるでしょ! 本当にしつこいと怒るからね!」



 11歳くらいの少女が、中学生らしき2人に絡まれている。いかにもガラの悪そうな、外見だった。



 やれやれ、と陽馬は呆れていた。今どき、あんなかわいい小学生をナンパするなんて調子に乗ってるな、と立ち上がる。



「ほんとうにしつこいと警察に通報するんだから! おまわりさん、ここにロリコンがいますって!」



「……へえ。じゃあ、今すぐここで呼んでみろよ、なあ!」



「きゃあ!」



 中学生Aが、少女の腕をつかもうとする。が、動きはそこで止まる。



 素早く陽馬がその男の腕を、軽く右手で握っていたからだ。



「最近の中坊は、こんなかわいい小学生をナンパするなんてな。見る目があるぜ、お前ら」



「な、なんだこいつ! は、離せよ!」



「離したかったらそこの嬢ちゃんに謝るんだな」



 陽馬が軽そうに言うと、もう1人の中学生が意地悪そうに微笑む。



「じゃあまずてめえが離せやっ!」



 強く握っている中学生Bの真っ直ぐな右拳が陽馬の頬に近づこうとする。が、そんなもの彼にはハエが止まったように見え、中学生Aの手を引っ張りそのまま中学生2人を、衝突させた。



「うあっ!?」



 無造作に絡み合いながら倒れ合う中学生たち。何が起こったのか分からない様子だった。


 お互い話し合いながら、息を飲んでいる。



「おいおい、さっきの威勢はどうしたんだよ……まあ、いいや。ほら、ここんとこ見逃してやるからさっさと家へ帰りな」



 中学生2人は立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げはじめる。



「す、すんません!」



「お、俺たちはこれで!」



 よろよろと歩きながら、中学生たちはひそひそと話しながらどこかへ去っていく。


 ……なあ、あの男。カンパニーガーディアンじゃねえのか?


 ……ま、まさかな。でもまだ高校生ぐらいみたいだしそんなわけ。


 と、丸聞こえの会話に陽馬はため息をつくしかなかった。



「少し目立ちすぎたか、ってもうこんな時間だ。嬢ちゃんも変なのに絡まれないようにさっさと帰れよ、それじゃあな」



 腕時計の針を確認したあと、陽馬は公園の出口へと向かう。


 さすがに13時を過ぎる前ということもあって、公園にはもう人の数が少ない。


 今日も警備か、と思いつつズボンの両ポケットに手を入れたその直前、誰かに服の裾を引っ張られる。


 後ろを振り返ると、そこにはひまわりが咲いたような笑顔を見せている、さきほど助けた少女がいた。


 肩まであるブロンドの髪。青色の瞳は生き生きとしている。


 ピンクのドレスにも似た服を着ているこの少女はまさに美少女とも言うべきだ。


 と、そんな見惚れている場合ではない。陽馬は、明るい表情の少女に口を開く。



「なんだ、まだなにか用なのか? 悪いが礼なんかいらねえ……」



「やっぱり王子様っていたんだね! パパの言ったとおり!」



「はあ?」



「私、あなたのことが大好きになりました! 良かったらこんな私だけど、結婚してください!」



「ああ、そうですか。はい、さいなら」



 そんな冗談にも似た言葉を陽馬は軽く無視し、すぐさま勤務先へと歩いて行く。



 ……なんだあいつは。いきなりこんな元不良と結婚しろだと? ていうか、あんな子と付き合ったらロリコンじゃねえか! こりゃささっと逃げねえと……と、陽馬が隙を見て走ろうとした瞬間、今度は少女に右腕を抱きしめられる。



「はあ……おい。俺はなあ、とっくにもう休憩時間が……!?」



 少女を叱ろうとしたとき、その表情を見るとさっきの明るいのとは真逆に瞳に涙を浮かべていた。



「お願いだから行かないでえ……ひとりぼっちは嫌なのぉ」



 指で涙を拭い、少女は泣きじゃくる。


 ……って! やばいだろ! 公園中の人々が俺とこの子を凝視してやがる! まるで俺が泣かせたみてえじゃねえか!……陽馬は突然の出来事に慌てふためく。


 嘘泣き、というわけでもないようだ。このままじゃ、騒ぎが大きくなっていく。


 仕方ねえ、気が引けるが連れて行くか……。


 陽馬はため息を吐いたあと、少女を連れて公園を後にするのだった。



 ○



「で、なんで俺がお前と手を繋いで歩かなきゃいけないんだよ」



「だってあなたは私の王子様なんだもん。お姫様をエスコートするのは当然でしょ!」



「あのなぁ。別に俺は王子様と呼ばれたくて、お前を助けたわけじゃないんだからな。別にお前が困ってたから助けただけだからよ」



 すると、少女は嬉しそうに陽馬の体に少しだけ寄り添う。



「それでもおにぃは私の王子様だもん。あんなナンパ男二人を追い払ってくれたほど強いし、かっこいいしまさに理想の王子様だよ!」



「……もうなんかめんどくせえ。で、そのおにぃってのはなんだ?」



 嫌々に聞いてみると、少女はまた太陽のような笑顔を見せる。



「私だけの呼び方! いいでしょ?」



「まあいいや……で、お前。名前はなんて言うんだ?」



癒月ゆづき舞愛まいあ! 私のことは舞愛って呼んでくれると嬉しいな! おにぃはなんていう名前なの?」



「ああ。俺は高峯陽馬、歳は多分、お前より5歳年上だ」



 舞愛という少女は陽馬を見ながら、へぇ、とどこか驚いた様子だ。しばらくしたあと、左手に頬を当て、瞳をきらきらさせる。



「やっぱり年上だったんだね! 私の好みのタイプで夢が叶ったような気分かも!」



「言っとくがお前が思ってるほど、俺は優しくないからな」



「そんなことないよ? だって、おにぃはさっき私を助けてくれたんだもん! 助けてくれる人に悪い人はいないよ!」



 舞愛の言葉に、心が揺れ動かされる。



 ……俺が優しい? 馬鹿言え……でもまあ、反論するのもめんどくせぇ。



 陽馬はそこまで考え、目的地に辿り着き立ち止まる。



「ほら、着いたぞ」



「おにぃ、このビルってなあに?」



 着いたのは、陽馬の働くゲーム会社。そこには、五階建ての太陽に反射するガラス張りのビルがそびえ立っていた。



「俺の働く会社だ。お前の親がどこにいるか知らないが、そこらへんは後で根掘り葉掘り聞くからな。さあ、入るぞ」



「うん! お邪魔しまーす!」



 ウィーン、と自動ドアが開き、陽馬は手を繋いでいる舞愛を連れて中に入っていく。



 受付場所ということもあって、いつでも客を出迎えられるように室内は綺麗よく清掃されている。



 左右にある奥の隅にはエレベーターが。そして、正面には来客応対のための受付カウンターがあった。絵に描いたような美人な受付嬢と目が合い、ゆっくりと近づく。



「おかえり、陽馬くん。相変わらず公園で休憩してたの?」



 オレンジ色にも見える、お姉さんらしい長髪の髪型。そして、黒い女性用のスーツを着たこの女性は、このゲーム会社の看板受付嬢。



 西原にしはら由佳ゆか。その明るい笑顔は、客や従業員たちをいつも癒やしてくれる、会社のお姉さん的存在だ。



「まあな。由佳さんはもう休憩済ませたのか?」



「私はこれから休憩に入る時間よ。それまで、ここの受付は他の人に任せるわ。それにしても陽馬くん、この可愛いお嬢さんは?」



「ああ。ちょっと迷子なんだ、この子」



 と、ちょっと嘘をついてみた。



「そうだったのー。私、てっきり陽馬くんがロリコンになったのかと思ったわ」



「おにぃはね、変な男たちから私を助けてくれたんだよ!」



「おい、余計なことは……」



「あらあら。良かったわね、陽馬くん強かったでしょ?」



「うん!」



「もうなんか反論するのもめんどくせぇ……」



 陽馬は思わずため息をついた。



「……なあ、舞愛。とりあえず詳しい話はそこのテーブルで話そうぜ。お前の親とか、どこから来たとか聞かなきゃいけないからな」



「ふっふーん。いいよー、おにぃの質問ならなんでも答えるよ!」



「決まりだな。由佳さん、悪いけど二人分お茶淹れてくれないか? 休憩するとこ悪いけどよ」



「分かったわ。じゃあ、少しの間待ってね」



 そう言うと、由佳はそのまま受付の奥にある扉へと入っていく。



 それを見送ると、陽馬も舞愛とともにテーブルのほうへと歩いて行く。



 奥の椅子に手を差し出し、舞愛を座らせ彼もゆっくりと白い椅子に腰掛けた。



 窓から見える明るい景色とは真逆に、陽馬の表情は真剣なものだった。それもそう、こんな子供をいつまでも居座らせるわけにはいかないからだ。



 さて、なにから話そうか。と、そう思ったとき舞愛は目をキラキラさせながら辺りを見渡していた。



「……なんだ?」



「ねえねえ、ここってどんなことをやっている会社なの?」



「ゲーム会社だ。俺はここで働いている」



「すごーい! ゲームって作るの大変なんでしょ!? おにぃは普段、どんな仕事やってるの?」



「ここのカンパニーガーディアンだ」



 さらっと口にした瞬間、舞愛の瞳は更にエメラルドの宝石のように輝きを増す。



「カンパニーガーディアン!? だからあんなに強かったんだね!」



「まあ、なってからまだそんなに経ってないけどな」



「カンパニーガーディアンってあれでしょ? その会社を守ってくれるボディーガードみたいなものでしょ? それでえーと、お互いなにを奪い合うんだっけ?」



株金かぶきん。まあ、俺も覚えたてで悪いが、この会社の命みたいなものだな。資金が尽きても、この株金が尽きない限り、会社は倒産しない」



 今から20年前の2020年。名だたる大企業たちの株が急激下落。数々の倒産。歴史的不景気によって陥った歴史的事件から、戦闘株取引法という制度が開始された。



 それは、全ての会社に導入された株金と呼ばれるものを奪い合い、それを手に入れると同時に資金と知名度を手に入れる。



 それを守り、奪うための役割がカンパニーガーディアンだ。今の時代、会社ではカンパニーガーディアンの配置がほぼ必須となっている。



 陽馬はこのゲーム会社、「ポテンシャル」のカンパニーガーディアンとして働いている。



「まあ、そんなことはどうでもいいからお前の話を聞かせてくれ。お前、どこから来たんだ? 親は?」



「……いないよ」



「え?」



 舞愛の俯いた表情と言葉によって、陽馬は思わず言葉を吐いた。



 いない? 舞愛の親は死んでいるのだろうか? 孤児なのだろうか?



「お母さん、私が小さいときに病気で死んじゃった。お父さん、会社が倒産してからどこか行方不明になっちゃった……」



「お前の親父、会社を経営してたのか?」



「うん。でも、お父さんがどんな会社をやってたか私分かんない。だって、今まで一度も私に教えてくれなかったから」



「なるほどな……で、俺の予想だとお前は親父を探してこの街までやって来たってわけか?」



「……どうしてお父さん、見つからないんだろう」



「親父についてなにか手がかりはないのか?」



「手がかりかぁ……。そういえば、お父さん前にこんなこと言ってた。征吾(せいご)と話さなくてはって」



「その名前……もしかして」



「おにぃ? なにか知ってるの?」



 陽馬はその名前に聞き覚えがあった。その男はまさに……。



「邪魔しまっせええええ!」



 ウィーン、と入り口から大きな声とともに自動ドアが開く。陽馬は思わず反応し、振り向く。



「……なんだ?」



 そこにいたのは、いかにもがりがりと痩せ細った黒スーツ、赤ネクタイの男。その後ろには、ピンクの帽子を後ろ向きに被り、半袖姿のチャラチャラした男の姿。



 その二人は受付のテーブルへと近づく。



 気づいたのか、受付嬢の由佳が休憩室から出てきて、にっこりと笑顔で対応している。



「いらっしゃいませ。ご用件はなんでございましょうか?」



「おー、ポテンシャルにこんな美人な受付嬢さんがいたとはなぁ」



「シャッチョさん! 見惚れるのもいいけど用件忘れてこまっちゃ困るヨ!」



 スーツ男の後ろにいる青年は、ラップ風にリズムよく話しかけた。



「おお、そうやったな。今、この会社の社長さんはいまへんか?」



「社長は今、外出でして。もし、お急ぎなら私が用件をお伝えしましょうか?」



「あー、構いまへんで。今日は、この会社に株金決闘を申し込もうと思いましてな。聞いたところ、この会社には噂の逸材がいるって話やないか。それを確かめるために今日はここに来たんやで。なあ、そこの兄ちゃん」



 悪そうな笑みをこちらに見せ、陽馬はちっと舌打ちした。



「すごーい! おにぃってもう有名なんだね!」



 舞愛が自分のことのように喜んでいる一方、陽馬はただめんどくさくてしょうがなかった。



 椅子から立ち上がり、陽馬は二人組のほうへと近づいていく。



「お客さん、悪いけどあとにしてくれないすか? こっちは先に先客がいるんでね」



「先客って私のこと? それなら大丈夫! もうおにぃに答えられることだけのことは全部言ったからね! 遠慮しなくて戦ってきなよ!」



「……はっ。仕方ねえか、おっさんにこの会社任された身だ。いいっすよ、あんたたちの気の済むまでとことん相手になってやるよ」



「決まりやな。シュウヘイ! いいか、負けたら承知せえへんからな」



「ヘイ! 分かってるよ!」



 ラップ風に、返事をしながらシュウヘイという男は華麗にポーズを決めるのだった。



 今月の最初の戦いに、陽馬はめんどくさいと思いながらも外へと出るのだった。

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カンパニーガーディアン カズタロウ @kazu_akatsuki

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