第2話 後編


「……」


 僕は目を見開き状況を理解しようとした。


 そうかー、姿が見えないと思ったら坂井は牛になってたのか。


 ……は!?


「はあああああ?う、牛になった!?ええ……そんなバカな……」


 必死で状況を理解しようと努めるがそれは無理だった。


「ど、ど、どうして!?一体何が……」


 僕はとにかく慌てていた。しかし牛になったらしい坂井の方はいつもと同じ口調で冷静に話す。


 

『分かんない。でも私は実際こうして牛になっている』



 そんなバカな。そんなことが……!?僕の頭の中ではそういった言葉がぐるぐるずっと回っていた。


 それから牛になったらしい坂井は恐ろしい事を話し始めた。



『たぶん……もうすぐ私は殺される、食べられる為にね。牧場の人が言ってた』



 淡々とそう話す牛の姿の坂井。


 僕は坂井が牛になったことも驚いたが、それより坂井の喋り方が気になった。


「ま、待てよ!食われるって……死ぬじゃないか!なんで君、そんな冷静なんだよ……てゆーか人に戻りたくないのか!?」



『人には戻れない。私にはわかるの』



 なぜだ?どんな生き物でも、人間ももちろん基本的には死にたくはないハズだ。僕は険しい顔で尋ねる。


「……普通、死ぬのって嫌じゃないか坂井?」


 その問に対する返事は絶望的なものだった。



『関係ない。私に生きる価値がなければ死ぬだけ。元々人間の時もいつ死んでもいいと思ってた。……それだけ』



 妙に達観した坂井の言葉を聞いて僕は絶望した。


 坂井は本当に人に助けを求めないだろう。

 そのつもりがあるなら今頃誰かに助けを求めて、もっと周りが大騒ぎしてるハズだ。

 『牛が喋ってる!』――って。


 僕はどうすればいいか分からなくなった。ああああ。



 しばらくそのまま牛になった坂井を見つめていると。坂井は後ろを向きこう言った。



『中村……バイバイ』



 そのまま牛の姿の坂井は牛舎の方へ消えていった。


 その後姿を見つめるしかできなかった僕は、今までにない決意と熱量が体全体に湧き出ているのを感じた。



 諦めない。僕は諦めない!探すんだ。坂井を元に戻す方法を!!



 僕は牧場に背を向け帰り道を駆けだした。その間ずっとどうにかする方法を考えた。




 次の日から僕は学校のクラスで嘘つきのレッテルを貼られることになった。


「ほ、本当なんだ!喋る牛がいるんだ。し、信じてよ!」

「ギャハハハ!コイツなんかヤバい。頭おかしいマジで!」


 クラスの殆どの人間からバカにされるか無視されるかで、とにかくまともに取り合ってくれなかった。

 それどころか案の定いじめっ子の二人に絡まれた。


「おい中村!ホントにいるんだろうな?喋る牛がよー。ぎゃははっ」

「いなかったら嘘ついた罰で罰金な?分かったか!?」


 もうこの際誰でもいい。こんな奴らでもいいから坂井のことを伝えないと……!!




 放課後。なんとか牧場のいつもの場所まで二人を連れてきた。


「さ、坂井!お前この前喋れただろ!?もう一度なにか喋ってくれよ!」



『……』



 しかし、無情にも牛の坂井は何も言わなかった。


「はい中村嘘つき確定~」バキッ。

「ぎゃははっ死ねー」ドゴッ。


 その時点で僕は二人から数発殴られた。

 しかし殴られた痛みよりも坂井が牛になった事を伝えられないのが悔しかった。


「ホントなんだよ!何で信じてくれないの!?」


 僕は涙目になりながら初めていじめっ子に反抗した。


「お、何お前?……前から思ってたけどコイツ糞雑魚のくせに生意気なんだよな。やっちまうか?」


 それがいじめっ子の気に触わったらしい。二人はマジギレの顔になった。しかし、そこでとある人物の声がした。


「オイ」


 振り返ると不良の岡田が立っていた。


「何してんの?お前ら」


 それまで散々威張り散らしていた二人のいじめっ子は、血の気が引くように大人しくなった。


「あ、いや……コイツ、嘘ついたから。へへ……」

「あ?だから何だよ?」


 眉をひそめ低い声で威圧する岡田。


「え、あ……な、何でもないっ!」


 そう言うとその二人は逃げるように駆け出していった。

 その二人の事は歯牙しがにも掛けず、岡田はハッキリとした声でこう言った。



「おい中村お前、坂井探してんだろ?ほっとけあんな奴」



 なんでそんな事を!?

 

 ……という、疑問より怒りに近い感情に僕は支配され泣きそうになりながらも普段なら絶対言い返せないであろう相手に大きな声で叫んでしまった。



「いやだっ!さ、坂井は……僕の初めての友達なんだ!」



 それを聞いた岡田はちょっとだけ驚いた顔をして少し口を開けていた。


 僕は何かされるのではないかという恐怖で震えていたが、坂井の事を考えると急がないといけないとも思った。


「ご、ごめんっ」


 僕はとりあえず謝って走って家に帰った。




 その後も牧場に電話したり、人が牛になるという怪現象について図書館で調べたり、坂井がいなくなるまでの自分ではありえないぐらい行動的になっていた。



「たとえ君が死にたがってても、僕は絶対止めるからな坂井!」




 ――その日、僕はいつものように牧場前で牛の姿の坂井に話しかけていた。


 坂井はやはり、僕が一人でいる時でないと言葉を話さなかった



『……私、別に死にたい訳じゃないから。死が運命なら受け入れるというだけ。もし生かされるなら、それに従うということ』



 僕はため息をついて苦笑しながらこう答えた。


「やっぱ変わってるよなー……でも坂井らしいと思う」


 牛の坂井に背を向け、「待っとけよ。絶対元に戻すからな!」と言い残して、僕は駆け出した。




 しかし、やはり問題を解決出来る糸口さえ見つからないまま時間は過ぎていく――。


 そんなある日。とうとうソレは来てしまった。

 僕が家族と夕食を食べていると父がこんな事を言った。



「幸助、知ってたか?今日のこの肉はあそこの牧場の牛の肉なんだぞ――」



 そこまで聞くと僕は目を見開いて家を飛び出した。


「まさか……」


 頭の片隅でまだ信じられなくて、いつかひょっこり現れるんじゃないか――そう思っていた。


「違う!」


 このまま……牛の姿でも、毎日君と話せるのが楽しかったのにっ!!


「嫌だ!」



 もう一度、もう牛でもいいからっ!

 とにかく坂井の声が聞きたいっっ――!!



 気づくと僕はいつもの牧場の柵の前にいた。


 日は傾いて辺りが薄く夕色になっている。



 牛は、        いない。



 僕はめいいっぱい大声で叫んだ。



「坂井っ!いるんだろ!?何か……何か言えよーーーー!!」



 夕日に照らされた牛舎をずっと眺める僕。

 僕の声は届いただろうか?


 辺りはより夕色を帯びていく。



 坂井は、――いない。



 膝の力が抜けて僕は道にうずくまった。


「ああああ」


 僕の視界は歪んでいる。ずっとずっと。


 涙を拭っても拭ってもあの子の顔を思い出すたびにまた視界が歪む。

 ああ……何も、出来なかった。


「バカやろ……僕はいままで、友達がいなくて……初めてできた友達だったのに……うああっ」


「ああああああっ!!!いやだぁあああっっ!」



 僕はもう悲しさに身を委ね大声を上げて泣いた。



 ――死――



 身近な人がいなくなること……。


 家族や親戚以外の死でこんなに悲しい思いをするなんて……。

 そんな人が僕に出来るなんて……。




 涙がやっとおさまった時、僕は決意した。


「坂井……このことはちゃんとお前の家族に伝える。それが、友達として僕にできることだ」



「やめてくれる?」



 ……!?


 今ここには僕しかいない。……と思ってたのに声が聞こえた。しかも聞き覚えのある声が……。


 あれ?え?――。



「迷惑行為はやめようね」



 僕は少しづつ顔を上げる。

 そこに……夕日に照らされ姿勢良く真っ直ぐ立っていたのは間違いなく坂井だった。


 僕は目を見開いて叫んだ。


「さっ……坂井!?……なんで!?」


「……」


 僕の問いに答えず無表情のままの坂井。

 私服のスカートとブラウスが良く似合っている。まるで人形のようだった……。


 その時、ふと横に何かの気配を感じてそっちを向くと、いつもの牛がいた。牛舎から出てきたらしい。


「ちょうど良かった、待ってて」


 坂井はそう言うと道の脇に生えている大きな木の影に隠れた。


「え?一体何を……?」


 謎の行動を取る坂井をポカンと眺めていると、驚いた事に突然横にいる牛が喋り始めた!



『中村、この牛はただの牛だから』



 僕はびっくりしてポカーンとしばらく口が空いたままになっていた。ただ、確かにその声は坂井のものだった。


「な、何で?一体、どうなって……?」


 僕が疑問に思っていると、坂井が戻ってきて牛の首輪の裏あたりをゴソゴソとまさぐり、そこから消しゴムぐらいのサイズの何かを取り出した。


「前にワイヤレスイヤホン見せたと思うけど、あれの延長で小型無線機を作ったの」


 坂井が手の平に載せた無線機からは坂井の声がしっかり聞こえた。坂井の上着の襟元には小型のマイクが刺さっていて、耳にはやはりワイヤレスのイヤホンが付いていた。


 おそらく僕の話す言葉も坂井が今付けているイヤホンで聞く事が出来るんだろう。


 僕はその技術力に少々あっけに取られた。



「で、でも一体何のために?」


 僕は坂井の顔を見上げてそう聞いた。正直わざわざこんな事をする意味が全く分からない……本当にめちゃくちゃ気になる。


 果たして坂井は答えてくれるのだろうか?いや、絶対聞き出してやる!



 坂井は真っ直ぐ僕を見て話し始めた。


「この無線機を試してみたかったり、学校行くのが面倒くさかったり、色々あるけど一番は――」


「う、うん」


 僕は息を呑んで続きを待った。



「中村の行動に対する興味」



「!?ぼ、僕……??」


 いきなり自分のことに言及してきたので僕は戸惑った。


 坂井は続ける。



「人は少ない情報から他人を推し量り、本来ありえないことまで簡単に信じてしまう」



 ん?どういうことだ?その時の僕にはパッと分からなかった。


「私、中村の前では変なことばかり言ってたと思うけど」


 あ、自覚あったんだ……。


「それによって私の人物像が中村の中で出来ていたと思う。いわゆる変人として」


「う、うんまあ……変わってるなーとは、思ってたよ。確かに……」


 間違いなくそうだが俺は多少遠慮しながら同意した。

 そして坂井は両手を広げちょっと目を大きく輝かせて、またおかしな事を言い出した。


「それを使わない手はないと思うの」


「つ、使わない?」



「そう、人間が牛になるなんてありえない事を本気で信じこむ中村を見て私、興奮したの。これは面白いって!」



「……」



「私がいつ死んでもいいとかいう嘘を、簡単に本気で信じて動き回る中村をもっと見ていたかった」



 はあ!?



 なんて意味不明なんだコイツ。こ、こんな奴だったの……。な、なんだよそれ……。


 僕はガッカリうなだれた。

 それと同時に怒りが湧いてきた。



「あ、ああああーーーー!!」



 このよく分からない気持ちを解消する方法が分からず、僕はとりあえず大声で叫んだ。


 いきなり声を上げたことで、坂井は自分の体を守るような仕草をして僕に不審の目を向けてくるが全部君のせいだ。


 僕は感情の整理がつかないうちに今の気分を正直に吐露とろした。


「ぼ、僕は本当に坂井が死んじゃったと思って、し、心配したんだぞ!くっ……ううっ」


 今度は何か悲しみとは別に悔しさのような感情が湧き上がって涙が出そうになった。


 それを必死で堪える僕を見つめて、やがて坂井はこちらに歩いてきた。


 そして何を思ったのか僕の頭に手をポンポンと乗せてきた。な、なんか屈辱的な感じがした。

 小さい子供じゃないんだから、なんか、こう――。


「ごめん、どうすればいいか分からないから……」


 坂井の顔は本気で僕を心配しているような顔だった、こんな顔をされたら怒るに怒れないじゃないか……。


 僕は坂井から目を背け適当な知識を述べた。


「ド、ドラマとかだと抱きしめたりするんじゃない?知らんけど」


 すると坂井は「そっか」と言って本当に僕を抱きしめて来た。


 えええええ!



 それは数秒ほどの事だったと思う。坂井の髪のいい香りと肌の温かさ柔らかさ、そして何とも言えない高揚感に包まれた。


 鼓動はドクンドクンと高鳴り、恥ずかしさよりも坂井に対するが強くなっていく。


 僕はたまらなくなって無意識に抱き返そうとした。


 その瞬間何かを察した坂井は僕から離れ首を横に振った。



「そういうの……無理」



 ――え……ぼ、僕は振られた……んだろうか?



 しばらく二人共沈黙が続いた。


 僕は坂井にとって恋愛対象ではないということ?悪いと思っただけ!?分からない……。


 しばらくその場に佇んでいる二人。辺りはもう薄暗くなっていた。

 やがて坂井はゆっくり歩き出した。


「帰る」


 お、おい待てよ。


「坂井!」


 坂井は振り向く。


「明日は学校来るんだろうな?ってゆーか……来いよ!」


 僕のハッキリとした言葉に坂井はしばらく固まって、やがて口を開いた。



「私、今までなぜか友達がいなくて」



 いや、その性格ならそうだろう……。


 そして坂井はちょっと口を開け薄く微笑んだ!


 その顔に僕はドキッとした……初めて見る坂井の純粋な笑顔だった。そして最後にこう言った。


「あなたに……中村に友達だって言われて私、嬉しかったよ」


 そう言ってすぐに駆け出してゆく坂井。

 結構速い。あっという間に夜道に消えていくのを僕はポカンとしながら眺めていた。



 坂井恵――とにかく不思議なやつだった。




 次の日、坂井はちゃんと学校に来ていた。


 相変わらずクラスにいるときはほとんど誰とも喋らずに一人でたたずんでいる。久しぶりの登校だが、坂井に休んでいた理由を聞くクラスメートはいなかった。



「おい、やっぱりアイツに振り回されてたんだろ?だから言ったじゃねーか」


 そう聞いてきたのは例の岡田君だ。

 なぜかこの岡田君は他のいじめっ子と違い、僕に対して悪意のようなものが感じられなかった。


「う、うん。確かに振り回されたけど……」


 岡田君は僕の肩に手を置き顔を近づけてこう言った。


「アイツあんなやつだから先生も含めて皆あんま関わりたくねーんだよ。今も絶対何かクソ見てーな事企んでるぞ」


「フッ……は、はは。そ、そうかもね……」


 実際その通りな気がしたので僕はなんとなく笑ってしまった。クラス内なので遠慮がちにだが。



 教室で岡田君と親しげに話していたからか、いつの間にかいじめはほとんどなくなっていた。


 そして僕も坂井が牛になった事を誰かに説明するのに駆け回ったおかげで、人と話す恐怖心はほとんどなくなっていた。



 ――ザザァァァ……。



 いつもの帰り道で牛を見ていると、また例の風が吹いた。


「もう喋らないよ。その牛」


 坂井を振り向いて、僕は笑った。


「知ってる」



 真っ青な青い空に入道雲が立ち昇っている。そんないつもの帰り道を二人で歩く。


 いつの間にか僕は、坂井と手を繋げるようになっていた。はははっ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不思議系女子は牛になる 池田大陸 @hand_man

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ