不思議系女子は牛になる
池田大陸
第1話 前編
中学二年になった僕はとある田舎の学校に転校してきた。原因はシンプルにいじめだった。
転校して一週間ほど経った。
現在僕はどうなったかと言うと……いじめにあっている。
今日も登校している僕を見つけたクラスのいじめっ子達は、挨拶がわりに飛び蹴りを食らわせてくる。いや……助けてくれ。
そんな陰鬱とした毎日を過ごしていると最近、不思議なことが起きた。
「おらっ中村ァ!!」
「ひいっ……やめっ……」
放課後、僕は一匹狼の不良の岡田にボコられていた。その時、僕は後ろに誰かが立っているのに気がついた。
僕の視線に気づいた岡田が後ろを振り向くと、そこには同じクラスの女子。
坂井が立っていた。
――ザザァァァ……。
涼やかな風が吹き、僕は坂井に釘付けになった。岡田も後ろを振り向いてしばらくじっとしていた。
手を前に組み姿勢良く真っ直ぐ立っている坂井のその姿は、ミステリアスで独特のオーラを纏っていた。例えるなら強い意志を持った人形――とでも言うのだろうか?
坂井はクラスでは静かで目立たない女子だが、整った見た目と殆ど表情を変えない事が印象的で、正直何を考えているか分からない。
普段無口だがたまにクラスの女子とも話していたり、口下手で優柔不断なヤツかと思えばハッキリ物おじせず自分の意見を言ったり、オタクとか隠キャとか陽キャとかそう言うカテゴリーで分別しにくい人物だった。
「ちっ」
岡田は坂井に見られていた事で、何となくバツが悪そうにその場を立ち去っていった。
一応こちらとしては助けられた形になったので、お礼をしておこうと思った。
「あ、あ、ありがとう……助かったよ」
「助けた覚えないけど?」
「えっ?」
「あなたがどうやっていじめられるか、見ていたかっただけ……」
小さな、しかし確実に人に伝わる声で坂井はそうつぶやくと、クルッとUターンしてそのまま歩き去っていった。
な、何だって……?
僕がいじめられるのを見たかった……!?
そんなこと本人に言うか普通?……僕は凄くもやもやした。
そしてこれがこの日、最も印象に残った出来事だった。
――そして次の日。
僕はクラスにいる坂井を見ると。相変わらず無表情でワイヤレスイヤホンで音楽を聴いていた。
坂井は必要な時以外ほぼ一人でいる。
それに親近感を持ったのかも知れない。
『彼女と話したい』
僕は何となくそう思ってしまうのだった。
その日の帰り道、僕は牧場の牛を眺めていた。
牧場はいつも通るその道に面しているのだが、毎回牧場の柵から少し顔を出して、僕の手の届く位置まで出てくる牛が一頭だけいる。
――ボボボッ……。
突然謎の音がした、牛の方からだ。どうやらこの牛が糞をしたようだ。
――ザザァァァ……。
また、風が吹いた。視線を牛から道の方へ移すと、近くに坂井がいた。そしていきなりこんな事を言い出した。
「うんこ」
「……」
俺は少しの間、坂井を凝視して固まった。
坂井の端正な顔から発せられたとは思えないその言葉は、僕の頭をひどく混乱させた。
坂井はさらに続けた。
「牛は周りにどれだけ人がいても……平気でうんこが出来る」
……その時、僕は必死で坂井が何を伝えようとしているのか考察した。だが分かるわけがなかった。
さらに追い討ちをかけるように、坂井は想像の斜め上を行く奇行に出る!
なんと鼻に指を突っ込んだのだ!
や、やめてくれ!!
「私はクラスにいる時はこうして鼻をほじることさえできない」
そりゃそうだろう!誰もこんな坂井は見たくないんだよ!
「……私は負けたの」
「え!?な、何に?」
もはや坂井の発言の内容について考えたところでどうにもならない。普通に質問することにした。
「私みたいな大人しい女子がクラス内で鼻をほじるわけがないという、周囲の無言の圧力に私は屈した……」
そのまま屈しとけば良かったのになぜこの場で解放するんだよ!?
「あ、た、多分それで良いと……思う、よ?僕もそんな坂井さんは……み、見たくないっていうか……」
僕がそう言い終わると坂井は足音を立てずに近づいてきた。僕はドキリとした。
坂井はそこそこ背が高く、僕はチビだったので少し顔を見上げる形になった。やっぱりもの凄くきれいな顔をしている。
普段女子とこんな至近距離でいることがない僕にとって、今この瞬間は刺激が強すぎる。
――ドキドキ。
「これ、見てて」
突然そう言われて困惑する僕の気持ちを知ってか知らずか、坂井は右手の人差し指を真っ直ぐ僕に向けて、円を描くようにゆっくりぐるぐると回し始めた。何のつもりだろうか?
すると、今度は左手を僕の顔に向かってゆっくりと、本当にゆっくりと伸ばしていく。
何だろう?……え?
も、もしかして、僕の顔を掴もうとしてる!?ええっ??
僕は何かいい知れぬ本能的な恐怖を感じて、坂井の指が僕の顔に触れるほんの少し前にサッと後ろにかわした。
「……」
「……」
お互いにしばらく沈黙し、何とも言えない空気が周囲に流れている。
そして坂井はかろうじて聞こえる程度の超小声でボソッと
「トンボのようにはいかない……か」
は……?
この時僕は思った。もしかしてこの坂井って……頭の良いバカなのでは?と。
僕は少し遠慮がちに、かつオブラートに包みすぎない程度に質問してみた。
「あ、あのさ、坂井さんって……結構、変な人だったりする?」
しばらく沈黙した後坂井は目をつむり「フーッ」と息を吐いた。
「またね」
とだけ言い残し坂井は一人で道を歩いていく。
「あっ……ちょ……ちょっと待って!」
僕は坂井を追いかけて行った。それは僕にとっては信じられない行動だった。
誰かと話すという行為は、いつの間にか僕にとって不安と緊張を掻き立てるものでしかなくなっていた――そう思っていたのに、こんなふうに自分から人と話そうとしに行くなんて驚きだった。
そこからは何を話したかあまり覚えていない。
僕の方が一方的に自虐的な事を言って笑いを取ろうとしたが全く笑ってくれず、かと言って完全に無視された訳でもなく……。
でも――。
それだけで僕は嬉しかった。嬉しかったし、凄くドキドキした!
「私こっちだから」
別れ際にそういって彼女は控えめに手を挙げた。
僕は思わず笑顔になって手をふり返す。確かに心臓が高鳴っているのを感じた。
「あ、う、うん。また明日!また明日ー!!」
その帰り道は間違いなく僕の人生で一番幸せだったと思う。
その日から学校へ行く楽しみが増えた。
――というより唯一の楽しみができたと言うべきだろうか。
そんなある日の帰り道。僕がこの前と同じ場所で牛を眺めていると、静かな足音が聞こえた。
!!……この音、間違いない。
僕は思わずニマッとして、ものすごい勢いで振り返った。
そこにはやはり坂井が立っていた。相変わらずの無表情だが、意外そうに少し口を開けているのを僕は見逃さなかった。
「やっぱり坂井か!」
「……そうだけど。なんで私に気づいたの?もしかして……能力者?」
なんかまた妙な事を言っている、だが坂井としばらく喋っているうちにこんな会話にも慣れてきた。
「ど、どっちかっていうと、坂井さんの方が能力者っぽくない?」
もうこのあたりから僕は坂井とだけなら普通に話せるようになっていた。
「私は、能力者じゃないの」
「あ……そう」
なんとも不思議な会話だなーと思うのは僕だけだろうか?
「私は技術者」
「えっ?技術者!?」
唐突に新しいワードを出されたのでとりあえず坂井の様子を見る。
すると坂井は自分の耳からワイヤレスイヤホンを外してこう言った。
「これは元々線がついてたのを自分で改造してワイヤレスにしたの」
「ええっ!す、凄い……。本当に技術者じゃん!」
「私は超能力とかは信じないけど科学は信じる。だって、このイヤホンも電気を音に変えて音楽がちゃんと聴けるから」
「うん、まあ確かに……」
これは素直に凄いと思った。女子でもこういうの好きな子がいるんだな。
その後はまた昨日と同じように話をしながら一緒に帰った。
でも昨日よりは坂井が自分の事を話してくれたのでそれがまた嬉しかった。
家族は父親だけしかいない事。家の掃除や料理などやらなければならない事。――等である。
その中で一つ気になる事を言っていた。
「自分には価値がない。生物としての」
それを聞いて僕は戸惑った。
どういう意味かも分からなかった。でも僕は坂井のその言葉に暗い何かを感じた。
僕がどういう意味か尋ねても答えてくれなかった。
そしてあんまり突っ込むのも野暮な気がしたので聞かなかった事にした。
――そしてまた、次の日が始まる。
坂井との出会いは嬉しかったけど、学校は僕にとって何も楽しい所ではなかった。
勉強は出来ないし、運動はもっと出来なくてみんなにバカにされた。
そして相変わらず不良には殴られる。僕の制服は常にボロボロだった。
そんな僕が目立つと確実にもっとイジメられる。だからクラスでは坂井に話しかけることはなかった。
内気で弱気な自分が嫌になった。
その日の帰り道もまた牛の所で坂井と会った。
僕はその日、特に落ち込んでいた。
夕日に照らされた僕の目からは、今にも涙が
牛をバックにいつもの道の端っこで座り込む僕、その隣に坂井が背筋をピンと伸ばした姿勢で真っ直ぐ立っている。
その目はどこか遠くを見つめていた。
やがて僕は独り言のように疑問を口にする。
「何で……何で僕はいじめられるんだろ?」
「簡単な話――」
坂井にしては珍しく瞬時に反応した。
「中村は弱いからね」
「……」
み、身も蓋もない!……僕は唖然とした。
「ざーこざーこ」
坂井はその後何か言ったような気がしたが、声が小さくてよく聞こえなかった。
坂井は目を瞑って達観したようなセリフを吐いた。
「弱いものは強いものに食われる。あそこの牛も人間に食われる……牛より人の方が強いからね」
それを聞いて僕はちょっとムッとした。
「……なんだよそれ?君は僕にも食われろって言うのか!?」
「中村は食われたいの?」
「なっ……そ、そんなわけ無いだろ!」
「なら簡単なこと――」
僕は坂井が何を言うのだろう?と、しばらく彼女を眺めていた。
彼女の答えはこうだった。
「強くなればいい」
坂井は一切表情を変えずに遠くを見つめたままそう言い切った。
僕は唖然としてしばらくポカーンと口を開けていたが、我に帰りちょっと反発した。
「ふーっ……。サラッと言ってくれるなあ。そんな簡単に強くなれるもんか」
俺がそう言うと、坂井は腰に手を当て目を閉じてこう言った。
「人が牛に勝つよりは大分楽。がんばって」
――がんばって……!?
坂井が……がんばれ!?
僕は坂井がそんなことを言ってきた事に、嬉しさと同時にほんの少し悔しさのような感覚が湧き上がった。
そこで僕はちょっと挑発的な言葉を返してみた。
「坂井!君なんかやたらと上から目線だけどさ。君自身は強いか弱いかどっちなんだよ?」
坂井は少し間を置いて答えた。
「私はそういうの……違うから」
「は?」
また独特でハッキリしない返答に僕はすぐ言い返せずにいたら、今度は坂井の方からこんなことを言ってきた。
「あ、牛で思い出した」
そう言うと坂井はスッと道の向かい側の牛の方にスタスタと歩いていく。
「お、おい?」
坂井は僕の方を見て、その牛を指差して聞いてきた。
「中村。この食用の牛達がどうやって解体されるか知ってる?」
「えっ……!?解体……?」
突然の質問に僕は戸惑った。とりあえず何となくで答えてみる。
「く、薬とかで眠らせて……それから――」
「いや、生きたまま機械に飲み込まれる……」
「ええ!?」
僕は驚いた……。
「薬を打った牛の肉を売るわけにいかないから……生きたままバラす」
「えええっ……!?」
坂井は僕が驚くのに構わず続ける。
「意識があるから牛はモーモー悲鳴をあげて鳴くんだけど、無情にも機械の歯車が牛の体を――」
「うわあああああ!!」
僕は坂井の話を頭の中で想像し、手で頭を抱え思わず叫び声を上げてしまった。
「や、やめてくれっ!こ、こ、怖いっ!」
狼狽する僕に坂井はこう言った。
「大丈夫、嘘だから」
「えっ?……は?」
「詳しくは知らないけど生きたままというのは嘘」
そう話す坂井の口元は薄く笑っているように見えた。
「中村はすぐ信じるから面白いね、なんか」
いやいや性格悪いぞ。
「おいっ……嘘かよ!想像しちゃっただろ」
坂井はやはり口元だけ薄っすら笑ったような表情のままだった。
「帰ろ」
「あ、オイ。待てよ!オーイ」
坂井は僕にとって不思議な女子だった。話しているとなぜか少し元気になれた。
――しかし、その日から坂井は消えた。
教室に坂井の姿はない。次の日も、その次の日も坂井は来なかった。
なのに誰もそれを気にかけない。
「坂井……さあ知らんな」
担当の先生も渋い顔をしてこの反応……訳が分からない。
いつもの帰り道が、つまらなかった。
僕は道を歩きながら坂井のことを考えていた。
どこに行ったんだよアイツ……。すると――。
――ザザァァァ……。
この風……まさか――!?
そう思って振り向くとそこに坂井の姿はなかった……。
そこにはただ、いつもの牛の姿があるだけだった。
「なんだ……」
僕はため息をつき、また牛に背を向けた。
しかし驚くべきことにその牛は言葉を喋り始めたのだ!
『中村』
ビクッとして僕は振り返った。今のはどう聞いても僕がいつも聞いている坂井の声だ……!
『私、牛になっちゃった……』
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