間違い電話

香久山 ゆみ

間違い電話

「もしもし、××さんですか?」

 自宅の固定電話にはよく間違い電話が掛かってきた。五歳で電話に出るようになってから、何度間違い電話の応対をしたか知れない。幼少時からそれが普通だったので、その電話がおかしいと気付いたのは長じて十歳頃のことだった。

「もしもし、××さんですか?」

 間違えられる名前はいつも同じだった。同じ女の人の声で。必ず私が出た時にしか「××さん」宛ての電話は掛かってこなくて、父も母もその間違い電話には出たことがないという。

「前にこの番号を使っていた人が××という名前だったんだろう」

「高齢の方かもしれないわね。何度も同じ番号で掛けてしまうのは」

 両親にそういわれ、納得していた。

 けれど、その間違い電話は、私が携帯電話を持ったあとも掛かってきた。私の携帯番号に。

「もしもし、××さんですか?」

 着信拒否にしようと思うのに、電話を切ったあとに履歴を確認すると通話記録が残っていない。さすがに気味悪くて、登録番号以外には出ないよう気を付けているにも関わらず、なぜか出るとあの間違い電話だということを何度も繰り返した。いちど番号変更をしたけれど、何も変わらなかった。

 とはいえ、例えばメリーさんみたいに徐々に近付いてくるなどの実害はなく、ただ時々間違い電話が掛かってくるというだけなので、無視することにした。出て、間違い電話だと、切る。それだけだ。

 就職してからは、私を追いかけるように会社にも掛かってくるようになったが、気にしないことにした。

 そうして、それ以外は平凡な日々を送り、当時交際していた恋人との間に子供ができた。それを機に結婚を決めた。が、唯一引っ掛かることがあった。恋人の姓が「××」なのだ。とはいえ、気味悪いという理由で夫に妻の姓を名乗ってもらうわけにもいかず、私は「××」になった。もしかしたら、これでもう間違い電話が掛かってこなくなるのではないか、という楽観的な思いもあった。

 けれど、掛かってきた。あの声で。

「もしもし、××さんですか?」

「はい」と答えるしかなくて、私は受話器を持ったまま立ち尽くす。電話の向こうでは、女が私の返事を待っている。

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間違い電話 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

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