第11話
イザベルがギリアム兄上からのプロポーズを受け入れた。
それから2時間程が経ち、あたしは自室にいる。ちなみに何故か傍らにはイザベルがいた。彼女は笑顔でありながらも目は笑っていない。
「……ねえ。クリスティーナ」
「……な、何かしら。イザベル」
「あなた。ギリアム様に何を言ったの?」
すうとイザベルは目を細めた。口角が上がっていたのも下がり冷たく見据えられる。
……まずい。イザベルは本気で怒っているわね。だとしたらどうするべきか。あたしは目を泳がせた。
「……ご、ごめんってば。悪気はなかったのよ?」
「だからとはいえ。私が長年ギリアム様を想っていた事を勝手に言うだなんて。見損なったわ」
「本当にごめんなさい」
あたしは深々と頭を下げた。するとふうとイザベルはため息をつく。
「仕方ないわね。口止めしていなかった私にも悪いところはあったし。お説教はこれくらいにしておくわ」
「反省はしているの。これからは勝手に言わないように気をつけるから」
「……まあ。あなたが話してくれたおかげでギリアム様と婚約ができたし。それについてはお礼を言うわ。ありがとう」
「イザベル」
「けど。これから私の事を言う時はせめて一言ことわってからにしてね」
あたしは頷いた。イザベルは立った状態から横にあるソファーに座る。
「……まあ。それはそうと。クリスティーナの方はどうなの?」
「どうって。お妃教育が始まるというから。戦々恐々しているわ」
「そういう事じゃなくて。ルーカス殿下とはどうなのって訊きたかったのよ」
「……え。殿下とは。そうね。手紙のやり取りはしているわよ。後ね。一昨日のお昼にお茶会をしたわ」
「ふうん。まずまずといったところかしらね」
あたしはイザベルが何を言いたいのか今ひとつわからない。するとイザベルは苦笑いをした。
「……何を言いたいのかわからないって顔ね。要は。あなたと殿下がどれくらい進展したのかを訊きたかったのよ」
「な。どれくらいって。私は」
「いいわよ。答えなくても。さっきので大体はわかったから」
あたしは茫然とした。さ、さっきのでわかったって。やはりイザベルには敵わない。
「ははっ。まあ、頑張んなさいね。ティーナ」
「……ベルこそ」
「それは勿論。頑張るわよ」
イザベルはからからと笑いながらあたしの肩を軽くポンポンとした。2人してしばらくは語り合うのだった。
翌朝、イザベルは公爵邸に帰って行った。あたしは朝方の寒い中、コートを着て見送ったが。近くには家令やギリアム兄上、あたしの専属メイドのミリアとメリーの5人が見送っている。馬車が小さくなって見えなくなるとギリアム兄上はあたしの頭にポンと手を置いた。
「……ティーナ。昨夜はすまなかったな」
「いえ。最終的にはベルも許してくれました」
「そうか。まあ、俺からもイズには謝っておくよ」
あたしはいつの間にかイザベルを愛称で呼ぶギリアム兄上に驚いた。イズはあたしでも呼ばない。兄上だけに許された呼び方。羨ましいなとは思う。いつかはルーカス殿下にも「ティナ」とか呼ばれたいわ。「リズ」とか。一回、お願いしてみようかな。そう思いながらも萌えていたのだった。
3日が経ち、ルーカス殿下が珍しくアルペン伯爵邸にやってきた。何でも父上に用事があるらしい。あたしはエントランスホールにて出迎えた。
「……お会いするのはあの夜会以来ですね。殿下」
「そうだな。元気にしていたか?」
「はい。3日前は親友のイザベルが来てくれました」
イザベルの名前を出すと殿下はふむと言いながら顎に手を添えた。
「……イザベル嬢か。確か、セルジ公爵令嬢だったな」
「はい。そうですけど」
「私の婚約者候補にもなっていたが。まさか、クリスティーナの兄君の婚約者になるとはな」
「……あの?」
「いや。ちょっと驚いているだけだ。ギリアムもやるな」
あたしは意外な言葉に驚いた。殿下が兄上に「やるな」とは。
「……ギリアムは将来のセルジ公爵になれるのだからな。イザベル嬢も見る目はあったようだ」
「はあ」
「ああ見えてギリアムは頭脳明晰だし切れ者だ。次期公爵としては問題はないだろう」
兄上がこれだけ評価されているのに。今ひとつ嬉しくない。けど確かに兄上はかなり仕事ができる。有能なのはあたしにもわかるのだけど。
「……どうした。あまり嬉しくはなさそうだな」
「そんな事はないですよ」
「それよりも。いつまでも私を殿下呼びしなくていい。名前で呼んでくれてもいいんだが」
「……え。よろしいんですか?」
「ああ」
殿下は頷いてくれた。あたしはドキドキしながらもそっと呼んでみる。
「……では。ルーカス様と」
「じゃあ。私もティナと呼ばせてもらう」
「はい」
頷いたが。……なかなかに気恥ずかしいわね。エントランスホールでなかったら。悶えて床にゴロゴロしていたわ。あー、やっと「ティナ」と呼んでもらえるのね。長かった!
内心では大喜びしながらもあたしはにっこり笑顔でいた。殿下もといルーカス様は不意にあたしの手を取ると。ギュッと握ってきた。
しばらくはちょっと甘い空気を噛みしめるのだった。
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