第12話

 あたしはお妃教育で多忙な日々を送っていた。


 朝方から夕方までは学園で過ごし、夕方から夜の7時くらいの3時間がお妃教育に当てられた。学ぶ事柄は多岐にわたる。学園の課題にお妃教育の課題。あたしの寝室にある机の上には山と教科書やらノートが積み上がっていた。仕方ないので学園の課題を優先しながらこなしていく。


(……まずは国語に。数学に地理に。うわあ、たくさんあるわね)


 黙々と課題の数々を解いていった。眠れたのは午前2時頃だ。夕食を簡単に済ませて午後8時頃から取り掛かったが。全部が終わったのは午前様で。そんな日々をあたしはしばらく過ごす事になった。


 婚約者に選ばれてから早くも2ヶ月半が経っていた。今日は3月の中旬だ。学園の卒業式が行われる日だった。ゲームの期間は学園の3年生の4月から翌年の春頃までの約1年間になっている。主人公――ヒロインはその1年の間に攻略対象と信頼度や親密度を高めていく。

 けど今はそのゲームのストーリーからは大きく外れていた。

 ヒロインは捕えられて地下牢にいて。かたや、悪役令嬢であるはずのあたしやイザベルはそれぞれの相手を見つけて幸福に一歩ずつ近づいている。この違いたるや、あたしでも思いっきり首を捻ってしまう。

 まあ、あたしが前世の記憶を取り戻したのはゲームのストーリーが始まって間がない頃だったが。今はストーリーの期間も終わる。

 そんな事を考えながら学園の廊下を歩いていた。大講堂に行く途中だった。傍らには親友のイザベルもいる。


「……ティーナ。もう学園を卒業とはね。時間が流れるのは早いものだわ」


「そうね。私も思うわ」


「ここを卒業したら。すぐに婚姻式ね。これから忙しくなるわね」


 イザベルがほうと息をついた。あたしはちょっと羨ましくなる。ルーカス殿下とあたしが結婚できるのはもっと先だ。皇后陛下からも言われた。

「あなたに与える期間は長くて7年よ。その間に精進なさい」と。

 あたしが25歳になるまでに皇太子妃としてひいては皇后――正妃としての全てを身につけなければならない。我武者羅に頑張るしかなさそうだ。


「……ベル。婚姻式には私も出席するわ。ルーカス殿下と一緒にね」


「ありがとう。ティーナが来てくれたら嬉しいわ」


「ええ。あ、もう卒業式が始まりそうだわ。急ぎましょう」


 あたしが促すとイザベルも頷いた。2人して急いだ。


 無事に卒業式には間に合う事ができた。あたしとイザベルは各々の席につく。学園長からの祝辞に始まり卒業生徒代表の答辞と式は滞りなく進む。あたしは何とも言えない気持ちになった。

 もう学園を卒業したらあたしはお妃教育に明け暮れる毎日を送る事になる。そう考えたら目が潤んだ。涙が不思議と出てきてハンカチでそっと拭う。周りの生徒達も感慨深い表情をしていたようだった。


 卒業式は終わりあたしはイザベルと一緒に一旦、自邸に戻るために停車場にまで来ていた。夜の卒業記念パーティーに向けての身支度のためだ。ちなみにエスコート役はルーカス殿下がしてくれる。自邸にまで迎えに来てもらう予定だ。


「……ティーナ。夜までしばしのお別れね」


「そうねえ。イザベルのエスコート役はギリアム兄上がするんでしょう?」


「その予定よ」


「じゃあ。私は先に行くわね」


「ええ。わかったわ」


 イザベルが頷いた。あたしは軽く手を振って馬車まで歩く。御者が気づいてタラップを用意したり準備をしてくれる。扉が開けられて乗り込んだ。御者に手を貸してもらいながらだが。座席に落ち着くと扉が閉められ、馬車は動き出す。ふうと息をついた。


 帰ってきたら早速、身支度が始まる。湯浴みをさっと済ませてから軽くマッサージをした。コルセットを装着したりとここまではいつもの流れだ。

 が、ドレスを見てあたしは固まった。淡い綺麗な空色のドレスなのだけど。襟ぐりが大きく開き、背中も割と見えてしまう大胆なデザインなのだ。しかもマーメイドラインで着る人を選ぶ。

 ミリアやメリーも驚いていて固まっている。けども時間がない。ちなみにこれを選んで贈ってくれたのは婚約者のルーカス殿下だ。よく見たら金糸で細やかな花柄の刺繍が裾などに施されている。

 仕方ないので着てみる事にした。

 その後、ヘアメイクも済ませてイヤリングやネックレスなどもつけた。全身鏡でチェックしてみたら。そこには大人な雰囲気の妖艶な美女が映っていた。


(……さすがにゴージャス美人なだけあるわ。空色に金糸ってもろに殿下の色だけど)


 苦笑いしながらもあたしはよしっと気合いを入れた。エントランスホールに向かうのだった。


 既に時刻は午後6時を過ぎている。ハイヒールで床を踏みしめながらエントランスホールにたどり着く。こちらに背中を向けているが。ルーカス殿下の姿が見えた。そっと近づくと殿下は振り返る。


「……あ。ティナ。身支度は終わったようだな」


「はい。お待たせしました」


「うん。やっぱり君にはその色が合うね」


 ルーカス殿下はにこやかに笑いながら言った。腕をさり気なく出してくれる。それに手を添えながらあたしは答えた。


「……殿下も素敵ですよ」


「私はあくまで君のおまけに過ぎないよ」


「そんな事はないです」


 きっぱり言うと。殿下はふっと笑みを深めた。立ち止まりあたしのうなじに手を伸ばす。さっと撫でられて固まる。殿下は面白がりながらもゆっくりとまた歩き出す。あたしは軽く睨みながらも付いて行ったのだった。

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