第4話

 あたしが皇太子殿下の婚約者候補になってから1ヶ月と少しが過ぎた。


 季節は12月の下旬になり冬になっている。ここ――ホワイティ皇国の皇都はあまり雪が降らない温暖な気候だ。なもので夜会が開かれても馬車で行きやすい利点がある。

 あたしは皇都のタウンハウスにて今夜の夜会に行くために身支度を朝早くから始めていた。専属メイドのミリアやメリー、母上付きのメイドも加わって行っている。全員で5人がかりでしていた。

 まずはお風呂に入り全身を磨きたてたら。香油によるマッサージをする。これだけで1時間は掛かった。次に髪や顔、首筋にも念入りに香油を塗り込んでいく。そうしたらコルセットでギュウギュウとウエストを締め上げる。担当したのはメリーだ。


「……くっ。相変わらずキツイ!」


「お嬢様。後もう少しの辛抱ですよ」


「それでも。グエッ!」


 淑女としてはあり得ない悲鳴をあげる。けどあたしはこのコルセットだけは嫌いだった。必要あるのかと思う。そんな事を考えていたらコルセットの締め上げは完了していた。パニエを幾枚も重ねてスカート部分のボリュームを出し、やっとドレスを着る。

 ミリアが選んだのはつい先日にオーダーメイドしたものだ。淡い紫色の長袖のドレスだ。首や胸元の部分はレース編みが施されていてさり気なく隠してくれる。ウエストはいわゆるエーラインできゅっと絞った形になっており下になるにつれてふんわりとしたデザインだ。

 全体的に落ち着いて上品な感じに仕上がっている。さすがに皇都でも1、2を争う人気のお店の逸品だと思った。

 最後はヘアメイクだ。鏡台の椅子に座りミリアが髪結いをする。上半分の髪を編み込み、下半分の髪はアップにした。いわゆるシニヨンだが。アシアナネットでまとめる。最後に紫のビオラと呼ばれる冬に咲く花をかたどったヴァレッタがサイドに留められた。

 確か、花言葉は「思慮深い」だったか。案外、には合うかもしれない。

 最終仕上げとしてメイクを母上付きのメイドが施す。下地のクリームを擦り込み、液体状の白粉を薄く塗った。眉を描いてからビューラーでまつ毛をカールさせたら。アイラインやマスカラも重ねた。次にチーク、口紅も塗る。チークは淡い朱色で口紅も同系色だ。最後に粉状の白粉をはたいたら身支度は完了した。

 全身鏡をミリアが持ってくる。それで自身の姿を見た。


(普段とは違って綺麗に見えるわね。さすがに母上付きのメイドは腕が確かだわ)


 改めてメイクを担当してくれたメイドに歓心した。かなりのゴージャスで艶っぽい女性が映っている。けど上品さも加わって。まるでどこかの王女様みたいだ。1人ではにかむように笑った。


 自室を出てエントランスホールに向かう。ミリアやメリーも一緒だ。階段を降りてゆっくりと進む。降りきると背の高い男性の後ろ姿があった。傍らには両親がいる。男性は黒の軍服にたくさんの勲章などを付けた正装だ。なかなかの男前だと思った。

 男性があたしの気配に気づいたらしい。こちらを振り向く。父上譲りのくすんだ金茶の髪に薄い紫の瞳のかなりの美男が破顔する。


「……ティーナ!久しぶりだな。見違えたじゃないか!」


「……今日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます。ギリアム兄上」


「相変わらず堅いな。まあ、妹のエスコート役となったら引き受けるのが兄ってもんだろ。カイル兄上が悔しがっていたよ」


 そう言いながら美男――ギリアム兄上は笑みを深めた。ちなみにあたしの次兄でもある。長兄はカイルといい、4年前に婚約者であったキャロライン義姉様と結婚している。既に2人の子宝に恵まれていた。確か、上が男の子で下が女の子だったかな。

 次兄のギリアム兄上はまだ婚約者もおらず、独身だ。恋人はいるらしいが。未だにプロポーズはできていないとは本人が言っていた。


「ティーナ。今日の夜会は皇太子殿下のお妃選びのために開かれると聞いたんだが。本当か?」


「ええ。本当です。私にも招待状が届きましたから」


「……そうか。お前も嫌々なんだろ。ついこの間にオースティンと婚約を解消したばかりだしな」


 ギリアム兄上は一気に渋い顔になる。ふうと呆れたようにため息をつく。


「……私はあまり気にしていません。それより立ち話もなんですから。もう馬車に乗りましょう」


「だな。そろそろ行くか」


 私が言うと兄上は頷いた。エントランスホールを出ようとしたら。不意に母上が声をかけてきた。


「……ティーナ。道中は気をつけてね!」


「はい。わかりました。母上」


「最近は寒いから。これを持って行きなさい!」


 母上はそう言って私に1枚の大きな布を手渡した。よく見たら大判の淡い藍色の厚手のストールだった。それを器用に巻き付けて前身頃をきゅっと結んだ。


「うん。これで少しは寒さを防げるわ」


「……ありがとうございます。母上」


「気をつけてね」


 あたしは返答する代わりに頷いた。ギリアム兄上と一緒にエントランスホールを出たのだった。

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