第5話

 あたしはギリアム兄上と一緒に2人で馬車に乗った。


 兄上にエスコートしてもらいながらタラップを上がる。中に入ると御者が扉を閉めた。タラップを片付ける音もする。少し経ってから馬車が静かに動き出す。車輪の音と馬の蹄の音の中、あたしはほうと息をつく。


「……ティーナ。今日はあのバカと聖女候補も来るかもしれないぞ。気をつけろよ」


「……肝に銘じておきます。兄上」


「まあ、そこまでガチガチにならなくてもいいが。そうだな。ティーナ。何かあった時はこれを使え」


 兄上も母上と同じようにあたしが心配らしい。胸のポケットから何かを取り出す。兄上はそれを手のひらに置いてよく見えるようにしてくれた。


「あ。ペンダント?」


「そうだ。実はカイル兄上からの預かり物でもあってな。持ち主に何かあった際はペンダントトップを握ると。一緒に身につけている人間に知らせてくれるんだ。後、持ち主の居場所も逐一教えてくれる」


「へえ。カイル兄上は魔道具作りが趣味でしたね」


 あたしが言うとギリアム兄上はニッと笑った。


「まあ、カイル兄上はそれだけお前が心配なんだよ。俺もそうだけどな」


「……私。そんなに頼りなくはないんだけど」


「ティーナ。もらえるもんはもらっとけ。カイル兄上もお前にあげるために作ったんだし」


 仕方ないと思いながらも頷く。しばらくはギリアム兄上と雑談をしたのだった。


 馬車が停まった。どうやら皇宮に着いたらしい。御者が声をかけてきた。


「……若様、お嬢様。着きましたよ!」


「ああ。わかった!」


 兄上が答えると御者が扉を開けた。タラップも用意してある。先に兄上が降りたらあたしが降りやすいように手を差し伸べてくれた。


「足元、気をつけろよ」


「……はい」


 あたしは持っていた小さなバッグから扇子を取り出す。それを片手に持ちながら兄上の手を借りて馬車からゆっくりと降りた。扉は閉められ、タラップも片付けられる。兄上と2人で皇宮にある夜会の会場まで行く。あたしと兄上が入口になる扉の前まで来ると皇宮の侍従らしき男性が名前を読み上げた。


「……アルペン伯爵令息のギリアム卿、令嬢のクリスティーナ嬢。ご入場になります!!」


 あたしは兄上より一歩後ろに退いて中に入った。途端に会場がざわつく。兄上はいいとして婚約解消して間がないあたしがいるからだろう。会場内の男性陣は期待と嫌味が入り混じった視線で女性陣は侮蔑と嫉妬混じりの視線を向けていた。


「……よくもまあ。平然とした顔で来られたわよね」


「ええ。傷物の分際でね」


「確か。あのイアシス侯爵家のご令息と婚約破棄をしたとか聞いたぞ」


「……ああ。イアシスのボンクラ息子か。あやつはかの聖女候補と浮名を流したらしいな」


「それでアルペン伯爵令嬢は怒って婚約破棄したのか」


 女性陣はいざ知らず。男性陣は半分間違っているがもう半分は当たっている情報を口にした。それのおかげか女性陣――特に若い令嬢達の突き刺すような視線が幾分、和らいだようだ。


「……イアシス侯爵令息は浮気をしていたの?」


「みたいねえ。聖女候補といったら。サラさんの事だったはずよ」


「ああ、あの平民の。だからアルペン伯爵令嬢も腹に据えかねたのかしら」


 サラが相手なら納得だとある2人の令嬢が話していた。あの2人は見覚えがある。確か、サラに懸想していた貴族子息達の婚約者達であったはず。今はその婚約も解消したようだが。

 さて、あたしは兄上と会場を突っ切っていく。まずは既にいらっしゃっているらしい皇帝陛下や皇后陛下にご挨拶に伺うためだ。会場の中でも一段上がった先に玉座がある。隣には一回り小さな玉座が置かれていた。

 玉座の前までたどり着くとギリアム兄上が騎士の礼を取る。あたしも皇族方に対する立礼の姿勢を取った。

 少し経って人がやってきて玉座に腰掛けるのが音や気配でわかった。


「……ああ。アルペン伯爵の息子のギリアムか。よく来てくれた」


「……皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しく……」


「ギリアム。堅苦しい挨拶はそれくらいで良い。そなたとは久しぶりに会えた事だし。今日は楽しんでいってくれ」


「ありがとうございます。陛下」


「……それと。後ろにいるのは妹君かね?」


 皇帝陛下があたしにお気づきになったらしい。兄上が頷いた気配がする。


「そうでございます」


「ふむ。もう礼はいいぞ。面を上げてよい」


 兄上が目配せしてきたようだ。ゆっくりと立礼の姿勢を解いて頭を上げた。そこには見事な黄金の髪に赤の瞳のナイスミドルなおじ様もとい、皇帝陛下が玉座にゆったりと座しておられる。隣にはにこやかに笑いながらも嫋やかな皇后陛下が座しておられた。うわあ、絵に描いたようなご夫婦だわ。

 見とれていたら奥からまたどなたかいらしたようだ。足音がこちらにまで聞こえてくる。


「……ルーカス皇太子殿下がご入場になります!!」


 また侍従らしい男性が声を上げた。え。皇太子殿下?!

 あたしは首は動かさずに目だけを動かす。か、隠れる場所はないかな!?心臓がバクバクと鳴り冷や汗がダラダラと出た。


「……父上、母上。遅れてしまい、申し訳ありません」


「ああ。ルーカスか。構わん。また、執務が忙しかったのか?」


「はい。書類が溜まっていまして」


 そう会話を交わしながらも皇太子殿下はこちらにやってくる。不意にこちらにお気づきになったらしい。目線がギリアム兄上に向いた。あたしは改めて殿下を見て固まる。

 皇帝陛下によく似た見事な黄金の髪に淡い空色の瞳。眉目秀麗がぴったりの超がつく美男子がそこにいた。

 ゲームの攻略対象だった。ルーカス皇太子殿下って。今更に思い出して茫然と立ち尽くした。

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