第6話
あたしはガチガチに緊張していた。
その間にもルーカス殿下はこちらに近づいてくる。に、逃げたい!
そうは思っていても足が竦んでしまい、動けなかった。ルーカス皇太子殿下の悪役令嬢は。確か、あの親友のイザベルだったはずだ。不意に思い出した。
「……おや。父上。こちらは?」
「……そなたも知っているだろう。かのアルペン伯爵の息子で。ギリアムだよ」
「ああ。妹の第2皇女のララベルの護衛騎士でしたか!」
あたしは改めて驚いた。ギリアム兄上が皇女様の護衛騎士だったとは!
「……今は騎士を引退しておるがな。確か、そうであったな。ギリアム?」
「……はい」
「そうでしたか。ギリアム。最近は君の姿を見ないと思っていたら。実家に戻っていたんだね」
ルーカス殿下は前者は陛下に後者はギリアム兄上に言ったらしい。兄上はちょっと気まずそうだ。
「……ギリアム。後ろにいるのは」
「……恐れながら。妹で名をクリスティーナと申します」
「ああ。ギリアムの妹御だったのか」
「はい。クリスティーナ。挨拶を」
あたしは黙って頷いた。兄上の背後から出てカーテシーをする。頭も下げておいた。
「初めてお目にかかります。アルペン伯爵が娘でクリスティーナと申します」
「……噂は既に聞いているよ。婚約者に浮気をされたとか」
「……お恥ずかしい限りです」
あたしは言葉通りに恥ずかしい。なーんでそういう悪い噂は伝わるのが早いかな。この場にはたぶんいないオースティンに悪態をつきたくなった。サラにも。
「クリスティーナ殿。その。今回は大変だったと思う。気をそんなに落とさないでくれ」
「はあ」
「すまない。女性に言う事ではなかったな」
ルーカス殿下はそう言うと。苦笑いした。
「……では。お詫びとまではいかないが。後でダンスを一緒にどうかな?」
「……わかりました。引き受けさせていただきます」
「じゃあ。他の令嬢方の挨拶が終わったら。踊ろう」
あたしは立礼をして兄上と共にホールに戻った。
兄上も挨拶回りが必要だからと言ってきた。あたし達は一旦、別行動
を取る事にする。あたしは兄上と別れて壁の花になった。
しばらくは談笑をする人々を眺めながら待っていた。すると少し離れた所にいるはずのない2人を見つけて目を少し開いた。
……なんでこんな所にオースティンとサラがいるのよ。サラは平民の身分だから当然だが夜会に出席できるわけがない。ましてや皇太子殿下の婚約者選びとなればだ。
もしかして。サラはオースティンを踏み台にして皇太子妃の地位を狙っているわけじゃないわよね。そんな疑念が湧いてくる。胸の中がモヤッとした。
そう考えていたら向こうもあたしに気がついたらしい。遠目でもオースティンやサラが驚いているのがわかる。2人はそうこうする内に早足でやってきた。
「……な。クリスティーナじゃないか。どうしてこんな場所にいるんだ」
「……あら。イアシス侯爵子息じゃないですか。どうしてと言われましても」
「しらばっくれるな。お前、招待状もなしに来たんじゃないだろうな?」
あたしは巻き付けていたストールを緩めながらも。オースティンを睨みつけた。
「……随分な言い草ですね。それと。私の名前を呼び捨てにしないでくださる?」
「なっ。元は婚約者同士だったじゃないか」
「今は。あなたと私は他人同士です。ちなみに私にも招待状は届いていますよ」
言い返すと。オースティンは顔色を青白くさせながら口を噤んだ。反対に隣のサラは顔を赤くさせながらこちらをギッと睨む。まるで鬼の形相だ。
「……あんた。婚約を解消されたくせして。よくもまあ、堂々と来れたものだわ。面の皮が厚いのは本当みたいね」
「……サラさん。その言葉、そっくりそのままお返しをします。あなた、招待状を皇帝陛下からいただいたの?」
「くっ。もらってないわ。でもいいじゃない。あんたになんか皇太子殿下や他の男性達は見向きもしないわよ!」
サラはそう言って赤ワインが入ったグラスを男性の給仕係のトレーから奪い取った。何をするのかと思ったら。サラは不意にあたしに向けてその赤ワインをぶちまけてきた。パシャッと液体が振りかかる音がする。直後にポタポタと髪や顔から雫がしたたり落ちた。どうやら頭からもろに被ってしまったようだ。あー、せっかく綺麗にセットしてもらった髪やメイクが台無しだわ。ドレスや母上が着せてくれたストールも。
「ふん。悪役令嬢ならそのナリがお似合いよ。あんたなんかに幸せになられたらムカッ腹が立つだけだわ!」
「……そう。あなた、転生者ね?」
「……何が言いたいのよ」
「
「……あ」
あたしが冷ややかに指摘するとサラは一気に青ざめた。オースティンもその場に立ち尽くしている。あまりの事に茫然としているようだ。会場もしいんと静まり返っている。そこに足音高くやってきたのは。
「……そこの2人。何をしている!」
「……皇太子殿下」
あたしがポツリと呟くと。殿下は一気に険しい表情になった。
「なっ。クリスティーナ殿。ワインをかけられたのか!」
「……殿下。それはクリスティーナ様がご自身でなさったんです!」
「……君に訊いているんじゃない。クリスティーナ殿に訊いているんだ」
殿下は短い言葉でサラを黙らせた。あたしはのろのろと顔を上げる。
「……サラさんにかけられたのは本当です」
「そうか。早めに気付けなくてすまない」
「いえ。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
あたしが謝ると。ルーカス殿下は眉を困ったように下げた。
次の更新予定
悪役令嬢ルートが嫌なクリスティーナ 入江 涼子 @irie05
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