悪役令嬢ルートが嫌なクリスティーナ
入江 涼子
第1話
あたしはある日にふとした事がきっかけで前世の記憶を思い出した。
まず、異世界の日本と言う国であたしは会社員として働いていた。ところが当時に付き合っていた彼氏と別れて。やけ酒を自宅にてあおっていたら急に意識が遠のいた。そのまま、死んでしまったらしい。享年は36歳だったか。
彼氏とはもう結婚まで秒読み状態のはずだったのに。付き合って既に7年は経っていたのにな。いつまでも切り出してくれず、ダラダラと時間だけが流れていってしまった。挙句の果てに彼氏はあたしを切り捨てて若い新しい彼女を作った。そのまま別れたのだが。
今考えてみたら彼氏にフラレたと言うのがぴったりだろう。まあ、今更あんなバカ男を思い出したってなんにもならない。
あたしは過去を振り切るように頭を横に振った。
現在のあたしの名前はクリスティーナ・アルペンといったか。確か、前世でやり込んでいた全年齢版乙女ゲームの「ホワイティ皇国物語〜華麗なる貴公子達〜」のゲームにそっくりな異世界に転生した。それに気づいたのは今から7ヶ月前だ。あたしは18歳でホワイティ皇立学園高等部の3年生である。季節は10月下旬で秋も終わりに近づいていた。
ちなみにあたしの婚約者は攻略対象の内の1人だ。名前をオースティン・イアシスという。淡い白金の髪に透明感のある翡翠の瞳の背がすらりと高い美男子だが。性格に難がある。まず、真面目だが神経質だし口うるさい。あたしのちょっとした粗相に対しても事細かく注意をしてくる。あたしは伯爵家だがオースティンは侯爵家で彼の方が家格が上だ。なので注意をされても言い返せない。ましてや、楯突くなんて以ての外だ。我慢するしかない。ふうとため息をついた。
前世の名前は
今は学園の廊下を1人で歩いていた。時間は既に午後5時を過ぎており放課後だ。実は忘れ物をして取りに行った帰りである。外に待たせてある馬車まで戻る最中だった。
(……それにしても。夜闇で暗い校舎は不気味なものね。人っ子一人もいないんだもの)
そう思いながらテクテクと歩く。学園の制服は男子が茶色の上着に白のワイシャツ、ネクタイに黒のスラックスといういわゆるブレザータイプになる。女子も茶色の上着にリボン、白の丸襟のブラウス、青や黒、緑の線が入ったタータンチェックのスカートで同じようなタイプだ。あたしも女子なので先述の制服を着ている。
まあ、忘れ物もあったし。早く戻らないと。歩く足を速めた。
その時、不意に誰かの声が聞こえた。
「……あなたは」
「……オースティン様」
これは婚約者のオースティンとつい3ヶ月前に編入してきた聖女候補もといヒロインのサラ・ウェイクではなかろうか。あたしはそう勘付いたが。仕方なく馬車へ行くには遠回りになるルートを選んだ。これ以上、この場にはいない方がいいと判断したからでもある。けれど虚しいかな。あたしは抱き合う2人の男女を目の当たりにしてしまう。夕闇に浮かび上がる白金の見事な髪と綺麗な翡翠の瞳の美男子と茶色の柔らかそうなウェーブした髪に琥珀の透明感のある瞳の可憐な雰囲気の美少女。はっきり言って1枚の絵画のようだが。
「……サラ」
「オースティン様。私、あなたの事が」
「言うな。俺には婚約者のクリスティーナがいるから」
オースティンはそう言いながらもサラを抱きしめる力を強めた。あたしは頬が引きつるのがわかる。なーにーが婚約者がいるからよ!こんの浮気野郎が!
あんたなんか顔だけでしょーが!とっくの昔にあんたへの愛情や恋情は失せてんのよ!!
本当に婚約を解消、もしくは破棄できないのが悩みどころではある。早くこんなバカとは縁を切るべきだ。そうはっきりと決めたあたしは2人に気づかれるのも構わずに馬車までずんずんと歩き続けた。
「……あ。クリスティーナ様!」
「え。クリス?!」
「ごきげんよう。オースティン様。サラさん」
嫌々ながらも笑顔を浮かべて2人に挨拶を述べた。気まずそうにオースティンとサラは離れる。
「これは。その」
「私ね。申し上げましたでしょう。結婚前に愛人をご所望なら。事前におっしゃってくださいと」
「……クリス。俺はサラを愛人にだなんて考えていない」
まっすぐにあたしを見る。記憶を取り戻す前なら仕方ないと思ったかもしれない。けど今は怒りと呆れがない交ぜで罵詈雑言を連ねたいのを何とか我慢していた。
「サラさんを本妻に据えたいと。なら。この婚約は白紙になりますね」
「クリス」
「私は婚約を解消しても一向に構いませんよ。それで困るのはオースティン様の方でしょうから」
実はオースティンのイアシス侯爵家は経済的に困っている。要は没落寸前までに追い詰められていた。あたしのアルペン伯爵家はお金は潤沢にあるので侯爵家に援助する代わりに娘であるあたしとオースティンを婚約させたのだ。けど彼がそれを白紙に戻すというのなら。受けて立とうではないか。
そんな心持ちでいた。
「……クリス。いや。クリスティーナ。変わったな」
「何の事でしょう。では。私は失礼致します」
「あ。クリスティーナ様!」
あたしはもう用はないとばかりにこの場を後にした。早く両親にこのことを報告せねばと思いながら。足を速めたのだった。
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