第2話
あたしは自邸に戻るとすぐに両親に話があるとメイドに伝えさせた。
両親は「書斎で待っている」と返事をくれる。急いで制服を脱ぎ、ルームウェアに着替えた。そのままで両親が待つ書斎に行く。伝言役を頼んだメイドも一緒だ。
書斎に続くドアの前に立つと自分でノックをする。返答があったので開けて入った。
「……クリスティーナ」
「このように父上や母上共々お呼び寄せしてすみません」
「それは構わん。掛けなさい」
あたしは頷いて父上に手で示された向かいのソファーに1人で座る。父上はくすんだ金茶色の髪を撫でつけ、薄いグレーの瞳を険しく細めていた。年齢は48か9くらいだが。一気に老けたように見える。対して母上は鮮やかな銀色の髪に濃い紫の瞳だ。今は不安そうに曇っている。年齢は父上より2歳くらいは下だ。ちょうど47歳くらいか。あたしは見事な金のまっすぐな髪に母上譲りの濃い紫色の瞳のゴージャス美人と言える容姿だ。
「……クリスティーナ。オースティン君がかの聖女候補と浮気をしていたというのは本当か?」
「ええ。本当です。しかとこの目で見ましたし」
「そうか。なら。婚約は解消せざるを得ないか」
「そうですね。私は少なくともサラさんとオースティン様を共有したい気は全くありません」
「確かにな。オースティン君はサラさんだったか。その娘を本妻にとでも望んでいるのかな?」
父上の指摘にあたしはさすがだなと思った。それは本当なので頷く。
「ええ。先程、確認したら。そうご本人はおっしゃっていました」
「成程。余計に婚約を早めに解消した方がいいな」
「……本当です。ティーナ。傷物にあなたはなってしまうけど。いいの?」
「構いません。ご心配をかけてごめんなさい。母上」
「わたくしは婚約解消には反対しないわ。仕方ない。新しい縁談を見つけてこないとね」
母上は疲れたようにため息をついた。迷惑を甚だしくかけてしまう事にあたしは申し訳なさを感じる。まあ、元々は浮気をしていたオースティンが悪いんだけどね。あたしはその後、両親と話を詰めていったのだった。
あれから半月が過ぎた。正式にオースティンの実家のイアシス侯爵家に婚約解消を申し入れた。父君の侯爵は非常に驚きながらも解消の旨は承諾してくれる。また、息子が迷惑をかけたからと賠償金も支払ってくれたのだ。まあ、父上が「オースティン君を信用していたのに。娘に対してこの仕打ちはないだろう」の言葉がかなり効いたらしい。
そんなこんなであたしは謹慎を父上から言い渡されるくらいで済んだ。あたし、サラさんに対してはなーんにもいじめなんてやっていなかったし。何せ、オースティンとの密会現場を目撃した時が初対面だったのだから。噂とかで新しい平民出身の編入生が入ってきたとは聞いていたけど。
あたしは謹慎が解けて久しぶりに学園に来ていた。クラスメートや友人達が声をかけてくるが。それには「ちょっと体調が優れなかった」と返答しておいた。クラスメートはこの言葉で納得してくれたが。友人達はごまかされてはくれなかった。特に親友のイザベルは勘が鋭いし頭も良いから余計にだった。
この日の放課後にイザベルは人目つかない空き教室にあたしを呼び出す。仕方ないので呼び出しに応じたが。イザベルは腕を組んで待ち構えていた。
「……来たわね。ティーナ」
「いきなり呼び出すだなんて。どうしたの。ベル」
「どうしたのじゃないわよ。あなた、あのオースティン様と婚約を解消したって聞いたわ。本当なの?」
イザベルはそう言いながら一歩を詰める。あたしは一歩後じさった。
「……本当よ。オースティン様ときたら。あの聖女候補と浮気していたの。しかも2人の密会現場に出くわしてしまったし」
「そう。それはお気の毒様としか言いようがないけど。私が聞きたいのわね。そういうんじゃないの。あなたが今はどう思っているのか。はっきりと聞きたいわ。まあ、呼び出した理由はそれだったんだけど」
「成程。私がどう思っているかについてね」
イザベルは頷く。あたしはしばらく考え込んだ。中途半端な答えは彼女も望んでいないだろうし。
「……イザベル。私はもう恋や結婚に夢が持てないの。まあ、誠実な男性が望んでくれるならやぶさかではないんだけど」
「……クリスティーナ」
「心配をかけてごめんなさいね。しばらくは色恋とかに関わりたくないの。イザベル達と一緒にいた方が楽しいし」
「わかったわ。あなたがそう言うなら私からはこれ以上言わないでおく。けど。また何かあったらちゃんと相談をしてね。私にできる範囲でなら協力をするから」
「ありがとう。イザベル」
お礼を言うと。イザベルは顔を赤らめた。そのまま、目を逸らされてしまったが。彼女が照れているのは長年の付き合いでわかる。笑いながらもイザベルと空き教室を出た。
夕暮れ空の下でイザベルと2人で歩いた。どこまでもオレンジや藍、ピンクなどのいろんな色が混じった空は美しいグラデーションを描く。あたしは人知れず見とれた。イザベルも無言で見上げる。
なんとはなしにイザベルはあたしの肩に手を置いた。その手はとても華奢ながらに暖かくて。慰められたのだった。
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