第9話

 皇家の馬車に揺られながらあたしは後悔していた。


 なーんであの殿下のプロポーズに色よい返事を出しちまうかな。あたしはバカじゃないの。せめて「考えさせてください」とか言えってのよ!

 胸中で先程の自分に盛大なツッコミを入れた。ああ、やはり美形で高貴な殿下の魔力にやられたか。ふうとため息をついた。


 その後、無事に自邸に着いた。門前には両親と次兄のギリアム兄上、家令のスミスに専属メイドのミリアとメリーが待ち構えていた。

 馬車は門前に停まる。御者が扉を開けてくれた。すかさず、兄上がやってきてエスコートしてくれる。


「……おかえり。クリスティーナ」


「只今帰りました。ギリアム兄上」


「後でじっくり話は聞かせてもらうぞ。父上や母上も一緒にな」


 あたしは一気に冷や汗が出そうになった。兄上はニッと笑う。その笑顔が妙に怖いあたしだった。


 その後、中に入りあたしはエンパイアラインのドレスのままで父上の書斎に連行される。ちなみに両親と兄上も一緒だ。3人とも笑顔だが。目は笑っていない。冷や汗をかきながらも書斎にあるソファーに座った。


「……さて。クリスティーナ。昨日は皇宮に泊まったと聞いたんだが」


「……あの。皇太子殿下が昨夜は泊まっていくようにとおっしゃいまして」


「そうか。まあ、お前が無事に戻ってきたから一安心ではある。昨夜の事は大まかにはギリアムから聞いたがな」


 父上は母上と共に向かい側のソファーに座りながらもため息をついた。兄上は横にある1人掛けのソファーに腰掛けているが。


「……ティーナ。俺はめちゃくちゃ心配したんだぞ。皇太子殿下に手を出されてはいないだろうな?」


「出されていませんよ。昨夜は客室に泊まらせていただきましたし」


「そうか。けど。その着ているドレスが気になるが」


「……これですか?」


「ああ。皇后陛下がお選びにでもなった物か?」


 あたしはどう答えたものやらと考えた。仕方ないので正直に言った。


「……皇太子殿下が見繕ったとか聞きました」


「な。殿下が?!」


「はい。皇宮でお世話をしてくれたメイドが言っていましたよ」


 それを口にした途端に兄上は驚きのあまり、まじまじとこちらを見てきた。主にドレスをだが。


「……あの堅物がな。余程、ティーナが気に入ったらしいな」


「え。そういえば、朝方に殿下がいらして。いきなりでしたが。求婚をされましたね」


「求婚をかよ。やっぱり本気のようだな。でなかったらそんな独占欲丸出しのドレスを贈らないよなあ」


 兄上の言葉にあたしは二の句が継げない。独占欲丸出し?!

 いつから殿下はあたしに目をつけていたのだろう。それはわからないが。あたしは両親や兄上と共に大きくため息をついた。


 あれから4日が経過した。皇宮から驚いた事に手紙が届く。それにはこう書いてあった。


 <クリスティーナ・アルペン伯爵令嬢に告ぐ。


 貴殿を皇太子のルーカス・フォン・ホワイティ皇子の婚約者に正式に認めん。


 次第は皇宮にて妃教育を施されたし。


 イーサン・フォン・イオ・ホワイティ>


 手短にそう綴られていた。あたしは啞然となる。まさか、しがない伯爵令嬢が皇太子殿下の婚約者になるとはね。確か、イザベルがゲームでは婚約者なはずだが。

 何故、彼女が選ばれなかったの?

 あたしは明日にでも学園にてイザベルに訊いてみようと思った。


 翌日に早速、あたしはイザベルに話があるからとお昼休みの時間帯に校舎裏に呼び出す。イザベルは2つ返事で了承してくれたが。

 あたしはやってきた彼女に低めに抑えた声で訊いた。


「……イザベル。私が皇太子殿下の婚約者に選ばれたのは知っているわよね?」


「ええ。知っているわ」


「確かね。あなたが婚約者候補の中でも有力だとは聞いていたの。なのに私が選ばれた。どうしてなのかと不思議で」


 あたしが言うと。イザベルは苦笑いした。


「……私が辞退したからよ。ルーカス皇太子殿下にはあなたを勧めたわ」


「えっ。本当にどうして?」


「私はね。あなたの兄君のギリアム様にずっと片想いしていたの。それを殿下に打ち明けたら。凄く驚かれていたけど」


 あたしはあまりの事に驚いた。まさか、ギリアム兄上をイザベルが好きだったなんて。成程ね。だからあたしが選ばれたってわけか。


「……そうだったの。今まで気づかなくてごめんなさいね」


「いいのよ。私とだと身分差があるし。年の差もあるから」


「まあ。それはそうよね」


 あたしは頷いた。そう。イザベルは仮にも国でも指折りの名家であるセイズ公爵家の生まれだ。ギリアム兄上は伯爵家で。れっきとした身分差が存在する。年齢もイザベルが18歳ならギリアム兄上は7歳上の25歳だし。しかも兄上は恋人がいるのだ。実らぬ恋なのは確実だった。


「……あのね。ティーナ。ギリアム様には恋人がいるでしょう。私は諦めるつもりよ。だからそこは心配しないで」


「……ベル」


「本当にいいのよ。私も学園を卒業したらすぐにお嫁に行くつもりだから」


 あたしは「良かないわよ!」と言いたかったが。イザベルの淋しげな悲しげな笑顔を見たら何も言えなかった。代わりに肩に手を置き、「わかったわ」と告げたのだった。

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