第1話ー③
「では、ご用件をどうぞ」
フフンとふんぞり返って足を組みながら、天桃が促す。
こいつ、私と同じで今日初めてのはずなのにやけに図々しいな。
文月ちょっと引いてるぞ。
「えっと…実は、前から部長さんに相談させていただいてて。そのおかげで、好きな人とお付き合いできることになったんです」
「おー!すごい!よかったね!」
上から目線キャラには一瞬で飽きたのか、すぐに足を崩して前のめりに小さく拍手をする。
相談に来た生徒は、照れくさそうに笑ってからぽつりと話し出した。
「そ、それで、何度かデートをしてるんですけど…。その、まだ、手も繋げてなくて。どんな風に距離を縮めたらいいのかなーって」
「ふむ。ちなみに、最終的にはどこまで行きたいの?」
こいつ、ちょっと鼻息が荒い。
天桃が下心半分で尋ねたのに気づいていないのか、聞かれた彼女は言いづらそうに答えを口に出した。
「ちょ、ちょっと古いかもですけど…ABCでいえばまあ…いずれは…Cまで」
「おぉー!目標が明確なのはいいことだよ!ね!つくねちゃん!」
「…あぁ、うん、そうだな…」
興奮気味で同意を求めてくる天桃に、適当に相槌を打って流す。
すると、ずっと黙っていた文月が、呟くように小声で天桃に尋ねた。
「あの…ABCのBとCって何なんですか?」
「え?分かんないの?」
「は、はい…」
「うーん…文月くんは何だと思う?」
「え、いや……だから、分かんないんです…」
「いやいや、考えたら分かると思うよ。BとCは、Aよりもっと先の話だから」
天桃は足をわずかにパタパタさせながら文月の顔を覗いている。
…こいつ、文月の口からそういうこと言わせたいだけだろ。
文月は少し考える素振りを見せて、自信なさげに答えた。
「Aがキスだから……Bがプロポーズで、Cが結婚、とか…?」
「…いや、飛びすぎだよー。キスの後だよ、男女で。何すると思う?」
なんとしてでも言わせたいのか、ほぼ誘導尋問みたいな感じで天桃が詰め寄る。
もうセクハラで訴えたら金取れそうだぞ。
ところが、文月は自分がセクハラまがいのことを受けていることにすら気づいていない様子で真剣に悩んでいる。
そして捻りだした答えは。
「…えー…は、ハグ?」
「…ダメだこりゃ…」
諦めたような声を発し、天桃がうなだれる。
「え、ち、違うんですか?これも…?」
こいつ、素でこんな調子なのか。
お嬢様みたいな知識レベルだな。
二人のやり取りを見ていた相談者は、私と顔を見合わせて気まずそうに笑っている。
と、ひとしきり考えた文月が、おもむろに彼女の方を向いて言った。
「す、すいません、答え教えてください。Cまでってどういう意味なんですか?」
唐突なキラーパスに、時間が一瞬止まる。
あの天桃ですら引き気味だぞ。
流石に相談に来た初対面の人まで巻き込むわけには…。
私はスマホを取り出し、この修羅場を収める助け舟を出すことにした。
文月にスマホを渡し、小声で「これを読め」と伝える。
まじまじと見つめられる画面に映るのは、「恋のABC 意味」と入力された検索エンジンの画面。
文月は、小難しい顔をしながらしばらく読み進めていると。
「ん、え、ちょ…え、え?これ、なっ――ぁ…」
「ちょ、文月くん!?」
急に目から光が消して、痙攣しながら力なくその場に倒れこんだ。
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