第2話ー③
「む、文月くん、これは…レタスだね!」
「キャ、キャベツですよ…」
四人で食卓を囲んで夕食を口に運ぶ。
天桃は、飲んだくれのように文月にだる絡みを続けている。
ノートで明らかになった好感度を挽回しようとしているのだろう。
残念ながら、文月が苦笑いで対応してることには気づけていないらしい。
私はそれを横目に見ながら、わかめと細かく刻んだネギが散りばめられた味噌汁に息を吹きかけて啜る。
「ん、この味噌汁美味いな」
「ほんとですか!?良かった~」
ゆきなちゃんは心底嬉しそうな顔でこちらへ笑いかけて、聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼそりと付け加えた。
「いつかは小鳥遊さんにもこの味を継いでもらうかもしれませんからね…」
「………」
よし。
聞かなかったことにしておこう。
私は一気に味噌汁を流し込み、胸の前で両手を合わせた。
〇
どうも皆さん、私です。天桃です。
夜ご飯も食べ終えて、もう帰ろうかというところになってきました。
しかし、つくねちゃんはゆきなちゃんの髪をセットして遊び始め、文月くんは食器を洗い始めました。
これはチャンスです。
文月くんの食器洗いをお手伝いすることで、距離を縮めるチャンス!
何故こんなに文月くんにこだわるかと言うと、文月くんは私が高校に入ってから作った「お気に入りリスト」に、つくねちゃんの次に名を並べた実力者。
つまり、私の好みだからです!
音を消し、気配を消し、私によって生じる気流すら消して文月くんへにじり寄ります。
まずは可能な限り可愛くした声で話しかけ…て…。
緊急事態発生です。
文月くんの髪の甘い花の香りが、私の理性を容赦なく奪っていきます。
慎重に練っていた構想が、砂の城のように跡形もなく散りました。
ええい、ままよ。
私は自分の欲望のままに、文月くんにゆっくりと腕を回します。
「文月く――」
「びゃ!」
私が声をかけながら抱き着くと同時に、文月くんはあられもない声を上げました。
驚いて手を離すと、そのままへたり込みます。
腰が抜けているようです。
「え、ふ、文月く――」
「来ないで!くださっ…ぃ…」
文月くんは涙目になりながらスポンジを持った手をこちらに構えてきました。
そしてすぐに、ドタドタと足音が近寄ってきます。
「お、お兄ちゃん!大丈夫!?」
「…お前何したんだよ…」
つくねちゃんに犯罪者を見るような目を向けられています。
でも、仮にも女の子に抱き着かれてこんな反応するなんて、予想できるでしょうか。いやできません。
私は悪くない。
だから絶対にごめんなさいは言わない。
どこぞのカレーライスのように自分の中で唱えながら、私はさらに深まってしまった文月くんとの溝を埋める方法を模索し始めました。
どうやら、文月くんと近づけるのはまだ先になりそうです。
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