暁摩耶
第4話 死者の願い
どこまでも広がる深淵の闇。その中で、外界を完全に遮断した特殊領域の中に、
「あなたの願いは、なに?」
低く響いた声に呼応するように、無数の光粒が空間に舞い上がった。粒子は意志を持つかのように揺らぎ、やがて密度を増していく。そして、ひとつの輪郭を形成し、ゆっくりと人の姿へと具現化していった。
瞼を開くと、目の前にひとりの女が立っていた。その姿はホログラムのように透き通っており、静かに宙に浮かんでいる。摩耶がこれまでに見てきた死者たちと同じく、その瞳には深い
「お願い……たすけて」
その思念は、言葉を超えて直接摩耶の心に届いた。
「誰を助けるの?」
「……ミクを……わたしの娘を……たすけて」
女の頬を一筋の涙が伝った。その瞬間、摩耶の虹彩が金色に輝き、周囲の空間にさまざまな映像が映し出された。小さなアパートの一室。窓の外には雪がちらつき、ストーブが焚かれた暖かな部屋で笑顔を浮かべるひとりの少女。
——
それは早苗が覚えているもっとも古い記憶だった。クリスマスの夜、早苗の母が手編みのマフラーをプレゼントしている。首に巻かれたマフラーを嬉しそうに撫でる六歳の早苗。翌日、彼女は養護施設にあずけられ、それ以降、母と再会することは二度となかった。
映像は走馬灯のように高速で移り変わり、やがて小さな赤ん坊を抱いて微笑む早苗の姿が映し出された。摩耶は確信する。
——
摩耶は早苗の生涯を追体験しながらミクと出会い、幼い少女が取り残された部屋の場所を突き止めた。早苗が殺害されてから三週間が経過している。ミクは早苗によって監禁されているため、急がなければ命が危ない。抗うことの許されない宿命の中で、摩耶は早苗の願いに応えるほかなかった。
「早苗さん――あなたの願い、聞き届けます」
*****
特殊領域が消え去ると、視界にはいつもの見慣れた自室が戻ってきた。家具や雑貨がほとんどなく、どこか冷たい雰囲気を漂わせるその部屋は、女子高生のひとり暮らしとは思えないほど殺風景だった。摩耶は黙々と、ミクが閉じ込められているマンションの住所を紙に書き留めた。
遠い……。今から電車に乗っても、ここから二時間はかかる。掛け時計の針が二十時を指しているのを見て、摩耶はセーラー服のまま慌てて自室を飛び出した。
つづく
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