VOICEー死者の願いー

銀時

プロローグ

 遥か彼方、次元の狭間で、彼は静かに佇んでいた。

 あらゆる想念が渦巻き、無秩序に混じり合い、混沌を超えた何かを形作る空間。その中心で、耳を裂くような轟音が響いている。


 この周波数を通常の人間が浴びれば、肉体はおろか、その存在すら一瞬で霧散してしまうだろう。凄まじいその音――地獄の底から響く断末魔のような叫びを、彼はなぜか懐かしく感じていた。


 音の正体は歯車だった。

 大小さまざまな歯車が無数に重なり合い、天を突き抜ける柱を築いている。その構造は、もはや通常の次元では説明がつかない。4次元的な絡まりを見せる歯車たちは生命体のように蠢き、互いに干渉しながらも、一度たりとも破綻することなく見事に噛み合っている。


 それは宇宙そのものを運行する機構のようであり、同時に、存在そのものを否定する暗黒の概念のようでもあった。


 ふと、彼は足元に目を落とした。

 小さな歯車がそこに落ちている。


 コインほどの大きさのその歯車は、微かに光を放ちながら静かに転がっていた。彼はそれを拾い上げ、しばしじっと眺めた。


――君たちは、いったいいつから、そこにいたんだ?


 誰にともなく問いかけながら、彼は薄く微笑んだ。その微笑みは、過去の記憶の残滓ざんしを懐かしむようでもあり、これから訪れる何かを予感するかのようでもあった。


 無数の歯車が織り成す轟音が、なおも響き続ける中で――。


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