ハッピーエンドロール

 私とアデルは一度私の家に帰り、余所行き用の重たいドレスを脱いだ。


「その呪わしいドレスは捨ててしまいましょうね」

「はい……」


 さすがに王子が作らせただけあってドレス自体はいいものだし普通に綺麗だけど、とんでもないケチがついたものをいつまでも持っているのは縁起が悪い。


「エリィ!!」


 着替えを終えてメイドたちが退室したら、入れ違いにお姉様方が飛び込んできた。かと思えば二人して私を挟み、ぎゅうぎゅうに抱きしめてくる。


「ああ、やっとあのクソボケゴミ王子から解放されるのね! ドブとカスを煮詰めたクソしか詰まってないスッカスカの粗末なおつむに戴冠せずに済むのよね!」

「安心してちょうだい。可愛いエリィに散々ふざけたこと抜かしてくれやがった分は私とデボラで言い返しておきましたからね」


 頬ずりをしながらとんでもないことを言われて、思わず目眩がした。


「そんな、お父様とお母様は……」

「ベルとセディを羽交い締めにするので忙しかったのよ」

「それに陛下は突然の難聴にかかってくださったわ」


 ベルナールお兄様も、セドリックお兄様も、血の気が多いほうではなかったのに。いくら何でも手が出てしまったら取り返しのつかないことになっていたから二人には是非とも落ち着いてもらいたい。


「あの……」


 ぎゅうぎゅうにされていたら、外からか細い困惑の声がしてハッとした。見れば、アデルが声の通り困惑した顔で私たちを見ていた。


「ごめんなさい、紹介するわね。姉のデボラとフェリシーよ」

「ご機嫌よう。私はエリアーヌの二つ上の姉で、デボラ」

「更に三つ上の姉でフェリシーですわ。貴方も災難でしたわね」

「は、初めまして。アデルと申します」


 丁寧な礼をするアデルを、お姉様方がにこにこ見守っている。

 二人とも私とお母様そっくりのハッキリした顔立ちと、立派なお胸とヒップを持つ力強い美女だから、並ぶと独特の圧がある。特にデボラお姉様は背も178センチとだいぶ高いので、醸し出す圧は騎士団長の如くだ。実際力も強いしね。


「カス野郎の処分が決まったら、また今後について話し合うことになると思うわ」

「それまではゆっくり過ごしましょう。アデルも、良かったらエリアーヌと今後とも仲良くしてあげて頂戴ね」

「はっ、はい……!」


 生きたままゆで上がるのではと思うほど真っ赤になったアデルをお姉様方の壁から救出し、やんわりと抱きしめる。アデルから「ひょわ??」と面白い音が漏れたけどお構いなしに頬を寄せた。

 すると開けっぱなしだった扉から猫ちゃんが飛び込んできて、私の真似をして頭を私の腰や背中にスリスリし始めた。可愛い。


「あなたも、今日はありがとう」

『んーぅ』


 相変わらずの可愛い声でお返事をしてくれた猫ちゃんも巻き込んで抱きしめた。


 後日、王家から手紙が来て、フィリップ様を廃嫡するとの連絡があった。

 それと、実は陰でアデルにストーキングしていた伯爵令息のエティエンヌ様が国外追放処分となり、父親のパスキエ伯は監督不行き届きにて領地没収処分となった。

 子爵令息のリオネル様は、婚約者を放置してアデルに言い寄っていた傍ら、市井の女性を無理矢理襲い「お前のような安い女はこれで充分だろう」などといって銅貨を投げつける等の侮辱行為を行っていたことが発覚し、此方は国境矯正監督所への監禁処分。因みに、刑期は言い渡されていない。そして父親のレスコー子爵は領地全没収且つ平民への降格処分という、重い判決が下された。というのも被害者の数が多く、中には既婚者の女性もいて、無理矢理襲われたにも拘わらず、穢れた女はいらないと捨てられた女性もいたのだそう。そんな被害者たちに正当な慰謝料を払うためには、屋敷と領地全てを売っても足りないらしい。

 騎士のフェルナンド様も、同じく婚約者がいたのに蔑ろにしていたらしい。此方は更にひどく、ストレス発散に婚約者を罵倒して暴力を振っていたという。力も体格も違う相手に暴力を振われ続けたその方は、遂に男性恐怖症になってしまった。

 大好きだったはずの父や兄との会話もままならず、現在自分より小柄な女性としか話せないのだそう。身分としては婚約者側のほうが高かったため、フェルナンド様の家はお取り潰し。今後彼の家から騎士団に入団することは出来なくなってしまった。尤もこんな醜聞が広まったいま、あの一族と結婚したい女性がいるとも思えないが。


 処分関連の話を聞いて、思ったことがある。

 これって本当に乙女ゲームの世界なのだろうか、と。


「……まあ、いいか」


 考えても答えが出るわけでなし。

 私は、王家からの手紙を封筒にしまい直して机の奥に封印し、傍らでお利口さんに待機していた猫ちゃんを振り返った。


「さ、いつもの場所に行きましょうか」

『んなーん』


 うれしそうに一声鳴いた猫ちゃんを抱き上げ、私は屋敷を出る。

 向かう先は、いつもの場所。いつもと違うのは――――


「エリアーヌ様、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう、アデル」

「お邪魔しています、エリアーヌ様」

「ふふっ、ご機嫌よう、オリヴィエ様」


 稚さを残した面差しに頼もしさを宿した、新しい婚約者がいること。


 きっともう、此処へ哀しみを拭いに来ることはないだろう。

 やわらかな風が吹くこの場所に、私たちはただの猫好きとしているのだから。



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悪役令嬢に転生したけど聖女と猫友になれたので何の問題もありません 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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