断罪されたのは
婚約発表パーティ当日。
私は第二王子のエスコートで会場入りをした。
いまはまだ正式な婚約者であるはずの第一王子は、アデルをエスコートしている。アデルは聖女が着るには随分と豪奢な、言ってしまえば未来の王妃が着るような赤いドレスを着ていて、誰がどう見ても彼女が主役だとわかる有様だ。
「皆の者、良く集まってくれた」
階段上で、第一王子が会場を見下ろしながら声を上げた。
「本日は皆に伝えたいことがある。私は其処にいる浅ましい悪女との婚約を破棄し、聖女アデルとの正式に婚約することを宣言する!」
会場が一気にざわめき、視線が私とアデルを行き来する。
王子に肩を抱かれているアデルは終始暗い表情をしていて、私の近くにいる令嬢が「略奪愛にしては様子がおかしくありません?」と不思議そうにしている。
それはそう。略奪じゃなく勝手に王子が言い寄ってきたんだから。
「貴様の悪辣な振る舞いは目に余るものがある。よって、貴様は打ち首の刑とする。だがこの場でひれ伏し謝罪をすれば、国外追放で許してやろう。どうだ?」
ふふん、と態度に出してふんぞり返る王子を見上げ、小さく溜息を吐く。
斬首刑に値する罪がどれほどのものかすらわかっていない。彼は単に気に入らない女を民の前で惨たらしい目に遭わせてやりたいというただそれだけで、あんなことを言っているのだから。
周りの貴族たちの私を見る目が、心底同情的で恥ずかしい。
ただ、アデルにべたついていた男たちはうんうん頷いて王子に同調している。私を聖女イジメの単独主犯だと本気で思っているらしい。
「殿下は乱心でもしたのか? 聖堂でお勤めする精霊の加護を頂いた聖女殿と婚約? 出来るわけないだろう」
「エリアーヌ様はずっと殿下の尻拭いをなさっていたと聞いているわ。それもきっと気に入らなかったんでしょうね」
「聖女様も、こんな茶番に巻き込まれてお可哀想に……」
ざわざわと潜めた声で囁くその内容は、困惑と憐憫。そして軽蔑。将来国を背負う人間がこんな様なのかという落胆。
「どうした、高慢な女は己が罪も認められないのか?」
「行ってもいない罪を認める道理などありませんわ」
「何だと?」
王子が物理的な高みから私を見下ろす。
その顔には明確な苛立ちと嫌悪だけが表れていた。
「見苦しい真似を! 此方には証拠もあるのだぞ!」
「証拠、でございますか。伺いましょう」
「いいだろう。さあアデル! お前があの女にされたことを証言するのだ!」
そう言って王子はアデルの背を押し――――勢い余って階段上から突き落とした。
「きゃああっ!?」
アデルの体が宙に舞い、周囲から悲鳴が上がる。
「風と自由の精霊よ、力を貸して頂戴!」
私が叫ぶと会場内に風が吹き抜け、白い影がアデルと私のあいだに滑り込んだ。
ぼふん、とやわらかな音がして、アデルの体が白いもふもふに受け止められる。
『んなーう』
横腹でアデルを抱き留めた猫ちゃんが得意げにひと鳴きしたのを見て、私は急いでアデルの傍へと駆け寄った。広場で撫でていたときは平均的なイエネコサイズだった猫ちゃんだけど、いまは大型犬通り越して馬くらいある。
風と自由の精霊は、サイズ感も自由なのだ。
「アデル、大丈夫?」
「は……はい……」
急に放り出されたアデルはまだ放心状態で、私に伸ばされた手が震えていた。体を起こしてドレスの裾を整えてあげると、震える声で私を呼んだ。
「た、助けてくださり、ありがとう、ございました……」
「いいのよ。それよりも……」
私はアデルを抱き寄せ、風と自由の精霊を横に従えながら王子を見上げた。
いまばかりはこの威嚇的な顔に全力で感謝したい。可愛い顔立ちだったらきっと、馬鹿な男には舐められていただろうから。
「聖女を壇上から突き落とされましたが、なにか言い訳は御座いますか?」
「いっ、言い訳だと!? 俺はアデルに証言をさせようとしたまでだ! 全て貴様が悪い! いまのだってどうせ貴様がなにかしたんだろう!」
顔を真っ赤にして叫ぶ言葉の端から端まで見苦しく、背後から「うわあ」と心から呆れ果てる溜息が聞こえてきた。
私も最初こそ婚約破棄を言い渡すのだから、もっとそれらしいことを繕うくらいのことはするかと思っていたけど、とんでもなかった。理論もなにもない、癇癪の塊。
これ以上無様を晒させ続けるのもお客様方に申し訳ないので、私は指を一つ鳴らし王家の刃と我が家の影を呼んだ。
「私の行いに関しては、当家の影の者に監視させておりました」
「ふん、それが何の証拠になる! 貴様の家の飼い犬など、貴様に従順な役立たずに決まっているではないか!」
「そう仰ることも織り込み済みで、王家の刃にも同様の調査を依頼しております」
「はぁ? なんだその刃とやらは。貴様如きが騎士団を動かせるとでも」
王子が心底馬鹿にした口調で言うと、傍らに控えていた男性が、小さく手を上げて発言した。
「我々は、騎士団では御座いません」
騎士団とは役割も成り立ちも全く違う、文字通りの刃だ。王家が腐敗すれば自らの主にその刃を向けた上で自害することさえ厭わない、覚悟の忠臣たち。
まだ婚約者の段階でしかない私でさえ知っていることだし、王族は尚更教育課程で知らされるはずなんだけど。
皆と王子に向けて王家の刃の男性が「王家の依頼であらゆる雑務を行う者です」と簡単に説明した。そりゃまあ、密偵みたいなもんですなんて堂々と言えないからね。でも周りの貴族たちは「そういうひともいるよね、うちもいるし」って感じなのに、王子は「ただの雑用が出しゃばるな!」と頭の痛い発言を重ねた。
私をエスコートして会場入りしてからずっと目立たないよう控えていた第二王子もすっかり頭を抱えてしまっている。
「ご依頼を頂いてから一ヶ月、エリアーヌ様にまつわるあらゆる出来事は全て陛下にご報告済みで御座います。沙汰に関しましては陛下より賜りますよう」
「ありがとう。私も陛下のご下命とあらば追放も斬首も謹んで受け入れましょう」
私がそう言うと、王子は勝ち誇った表情になって口の端をつり上げた。
「やっと認めたか、このアバズレが!」
王子が嬉々として叫んだ、そのときだった。
「黙れ、痴れ者が」
ひどく嗄れた、威厳のある低い声が割って入った。
階段の奥から、国王陛下が現れた。予定よりだいぶ早いお越しなのは、この騒動がお耳に触れたせいだろう。
「父上! あの忌々しい女は私を」
「黙れと言ったのが聞こえんのか!」
一瞬、目の前で獅子が吠えたかと思った。
それくらい威厳と迫力がある一喝だった。
王子はビクッと肩を跳ねさせて、青白い顔で黙りこくった。最初からそうしていてほしかった。
「エリアーヌ、アデル」
「はい」
咆哮の如き鋭い声と打って変わって、穏やかな声で名前を呼ばれた。私とアデルは背筋を伸ばし、陛下を階段下から見上げる。隣では精霊猫さんもお座りをして陛下を見上げていた。
「……此度の件、謝罪のしようもない。特にエリアーヌには、いらぬ苦労をかけた。全ては我々の教育不足によるもの。王家として、望む限りの償いを致そう」
「お言葉だけ、ありがたく頂戴致します。ですが、陛下の謝罪は不要で御座います」
私が言うと、陛下は僅かに瞠目した。
「陛下は教育不足と仰いましたが、同じ教育を受けられたはずのオリヴィエ様は大変ご聡明でいらっしゃいます。これまで私が受けた侮辱の数々も理不尽な振る舞いも、全てはフィリップ様の素養によるものと存じます」
「うむ……そうだな」
言外に「もういい年なんだから、パパが罪を被ってあげるのはやめましょうね」と言ったのが伝わったのか、陛下は難しい顔をして黙ってしまった。
この場に私の両親も兄弟も来ているのに、あれだけ言えるって逆に凄い。目の端に映る家族たちの殺気溢れる視線が痛いのなんのって。帰るのが怖いわ。
「ご報告は全て王家の刃の方々に一任致します。それを以て、陛下はどうか公平なるご判断をなさいますよう」
失礼致します。
言いながら丁寧にお辞儀をして、私とアデル、そして精霊猫さんは会場を辞した。
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