第2話 記憶喪失と迷い猫

 イーノがボレアの何でも屋に来てから、半年程時間がたった。今ではすっかり何でも屋のメンバーとして、街からも認知され、活躍もしていた。

「おはようイーノとも」

「おはようボス、今日は随分遅いね、何かあったの?」

「情報収集だよ」

「また井戸端会議?」

「噂話も馬鹿にならないさ、それと最近は、食品の泥棒が増えてるらしいから、気を付けた方がいいと言われたよ。主な被害者はダンクさんだけどね」

ダンクの名前を聞いた途端、イーノは苦虫を嚙み潰したような顔になった。ダンクとは、過去にイーノが、食品特にパンを、泥棒したことがある相手だった。今では、何でも屋として働いているとことで、和解をしているが、お金がなかったからとはいえ、過去に損害を与えた相手だったため、自分が疑われないか、心配になった。

「言っておくけど、俺はしてないよボス」

「そうか、なら安心だ」

 最近になって知ったが、ダンクは街の外から、食品を仕入れ、雑居ビルの向かい側にあるお店で売りさばいて生活しており、住居もお店の二階だった。

「おはようボス、イーノ」

 ドゥが欠伸をしながら、自分の部屋から、事務所に入ってきた。

二人がドゥに挨拶を返すと、ドゥはぽとっと、ソファーに座る。

「ドゥは、もう少し、朝早く起きれないのかよ」

「お客さっも、ボスもいないんだから、早起きする理由ないもん」

イーノの言葉に、あっけらかんとして言い返す。

 そんな二人をよそに、ボレアは煙草に火をつけると、口にくわえて、日課通りに新聞を読み始める。

 のんびりとした時間が、流れていたが、そこに一人の来訪者が現れた。

「すみません、ここは何でも屋だと聞いたんですが、あっていますか?」

男はこの街には合わない裕福な出で立ちだった。


 男にソファーに座ってもらい、イーノが紅茶を入れて、男の前に出すと、自分も机を挟んで置いてある、ドゥの隣に座る。

「私はオーサ・ゴールドマンと言います。皆さんに頼みたいのは、飼い猫の捜索です」

そう言いながら、男は写真を二人に見える様に、写真を机に置く。

そこには、もっさりとした毛を生やし、濃い青の首輪を付け、綺麗な黒い縞模様のメインクイーンが写っていた。

「この子はモッフンちゃんです」

「モッフンちゃんですか」

 この人のネームセンスは、独特なんだなと、思いながら、イーノは写真の猫を目に焼き付けようと、じっと見続ける。

「はい、私は、パッシャルに住んでいるんですが、1週間前ほどから、モッフンちゃんが行方不明なんです。ドアを閉め忘れてしまい、きっとそのすきに出て行っちゃったんだと思います」

パッシャルと言えば、ここの隣の街で、ちょうど事務所の目の前の、街道をまっすぐ行くと、そこまで時間がかからずに、たどり着ける街だった。

「なんで、パッシャルで依頼せずに、ここに依頼するのですか?」

「最初はパッシャルで探偵を雇いましたし、私も捜索していたんですが、全く見当たらなかったんですが、そんな時に、この街で黒い縞々模様の猫を見たと、聞いたのであなたたちに探してほしいんです」

 状況を理解すると、イーノはより詳しいモッフンの情報を聞き出し始める。

 男に依頼を引き受けることを伝えると、安堵したよいうな顔になる、始めてくる土地の、始めてくる場所だから、どうなるかと、内心ひやひやだったのだろう。

しかし、男の不安は、晴れることはなかった。

「あの、捜索はあなたがするんですよね?」

男はボレアの方を見て問いかける。目の前にいる少年と少女の二人に、探してもらうのは、不安だったのだろう。読んでいた新聞をたたんで、ボレアは答えた。

「私は今回は指示係ですよ、安心してください、そこの二人は優秀です。そこらの探偵に頼むより確実ですから」

言い切るボレアだったが、オーサは一抹の不安を表情で隠せないまま、二人に向かい直す。

 その後、話し合いが終わり、三日後にまたオーサは来ることになり、その間見つけたら、イーノたちが預かることになった。


 オーサを見送って、イーノが事務所に戻ると、ボレアは二人に出かけると言い始めた。

「どこへ?」

「依頼に決まってるだろ?もう目星はついている。さっさと行動して、さっさと解決するよ」

ボレアは二人に着替えさせ、事務所から出る。ドゥはいつもの様に、ボレアの言う事に素直について言った。


 ボレアに連れられて行った場所は、ダンクのお店だった。

「こいってすぐそばじゃん」

いつも見ている場所の為、力が抜けてしまいそうになりながらイーノは言う。

「ダンク、魚はある?」

「あるよ、今朝取れたばっかの川魚だよ。あんまり書いてのいなさそうだから、買ってくれるかい?」

少し気だるげにダンクは答える。いつも彼は商売人としては、あまりにも横柄な態度をしているものの、食品をこの街で買うには、ここしかないため、それでも商売は成立している。

「じゃあそれをもらうよ、それと一つ聞きたい事があるんだけど」

「なんだよ」

ダンクはボレアをいぶしむ。

「いい話だよ、あんたの困り事を無くしてあげる」

笑みを浮かべながら、ボレアは答える。


「まさか、あのお店をここから見張ることになるなんてな」

「不満か?ボスの指示は絶対だぞ」

この状況に、軽く不満に思いながら、出たイーノの言葉に、ドゥはきりっと反応した。

「不満って、でも本当に猫が現れるのかよ」

「ボスの考え通りならそうなるな」

 イーノは軽くため息をついた。

 イーノはずっと気になっていた。ドゥがどうしてここにいるのか、そして、ここまでボスに従順なのか。

 この街や、今の時代を考えたら、親が死んだなんて、珍しいとは言えない。実際にイーノの両親は、物取りに殺されてしまった、今住んでいるこの街で。

 だからドゥにそのことを聞くのは、酷だと思い聞けずにいた。嫌な思い出を掘り起こしてしまうのだろうと、聞き出せずにいた。

「ドゥが気になるか?」

その質問は突然だった。

「なんで?てか今は見張り中だし」

慌てて言うものの、誰から見ても図星だった。

「ずっと気になってる感じだったぞ、ドゥは人に見られるのに敏感だからな。ずっとドゥが気になるって目だった。何でここに居るんだろって目だった」

そこまで気づかれていたのかと、背筋に軽い寒さを覚えた。

「これもボスの教えだ、人の視線は気にしろ、それが鍵になる時があるって」

「そうか」

二人の間をしばらく、無言の重たい空気が流れた。

「分からないんだ」

「え?」

「ドゥの家族はどこにいて、ドゥは何者なのか、何にも分からないんだ」

「え?」

気の抜けた声が出てしまう。

「じゃあドゥって名前だけ覚えてるの?それとも他に何か覚えてることはあるの?」

「何にも覚えてない、ドゥって名前もボスが付けてくれた」

思いもよらない事実に、イーノは鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まる。


ドゥの話によれば、目が覚めた時は、道端にいて、自分が誰か分からないまま、彷徨っていると、この街についたとのことだった。


「それが本当なら……」

「もしかしたら親に捨てられたのかもしれない」

 あっさりと残酷な可能性を告げる彼女に言葉が詰まってしまう。

「でもね、ボスが拾ってくれたんだ」

その顔は、残酷な現実に落されたとは思えない、暖かく柔らかい笑顔だった。



 お腹を空かせた少女は、当ても無く彷徨い続け、おいしそうな匂いにつられて、この街に入り、ダンクのお店まで来ていた。

「なんだこの餓鬼?お前金持ってるのか?」

その質問に、少女は、自分の服を叩いたり、ポケットに手を入れるものの、一切の所持品がない事をその時に気づく。

「お金はない」

消え入りそうな声で答えると、少女のお腹の虫が鳴いた。その音は少し離れた位置にいた、ダンクに聞こえるほど、大きかった。

「金がないんなら、客じゃねえな、さっさと帰んな」

 冷たくそう言われて、自分がどこから来たのかわからず、ハッとする。少女はそのことを口ごもりながらも、店主に訴えた。しかし返答は変わらなかった。こんな時代に、嘘つきはいくらでもいる。お金があっても、ないという連中はさんざん見てきたし、そこに老若男女は関係なかった。

 そんなタイミングだった、ボレアに少女は声をかけられた。

「君、どこから来たんだい?」

「分からない」

「自分の名前は?」

「分からない」

「家族はどこに居るんだい?」

「分からない」

 何も答えられず、何も持っていない少女を、じっと観察する。

 服は着ているし、靴も履いている。しかし荷物類はなく、少女の身元が分かりそうなものの類は、一切ない。そして、頬まで土で汚れており、野宿したことがはっきりとわかる状態だった。

「君うちで働かないか?」

 その言葉は、少女にとって予想すらできていない言葉だった。

「働く?」

「そうさ、私は何でも屋をしていてね、人手が欲しかったところなんだよ。君が良ければうちで働いて、うちで寝泊まりすればいい」

「分かった、あなたのとこで働く」

 少女の果てしない暗闇に、一筋の光が刺したように、暗かった笑顔はあっという間に明るくなっていった。

 話がまとまると、ボレアは、ダンクから二人分の干し肉とパンを買い、事務所に少女と一緒に帰っていった。

「ここがうちの事務所だよ、私はボレア。君はそうだなドゥだな」

「ドゥ?」

いきなりボレアに告げられた名前に、困惑の表情を露にさせた。

「名前も記憶もないんだろ?ならドゥが今日から君の名前だ、とりあえずこれを食べて」

そう言いながら、買ったパンと干し肉を、半分少女に渡す。

「ドゥ…ドゥ…うん、ドゥは今日からドゥ!」

ボレアから貰った干し肉に、ドゥはがっとかぶりつく。



「それでドゥは、ドゥになったの」

「そうか」

 今まで明るくも、不気味さを感じていた理由に納得しながらも、そんな目に合わせた、親がいや、親かは分からない、誰かがいるという事実に、イーノは納得できない怒りを感じていた。

「てかボス、自分は人情派じゃないとか言いつつ、ちゃんといい人じゃん」

ボレアの行為に感心しながら、ぼそっと呟いていると、店から、店主であるダンクが出てきて、事務所にいる二人に手を振って合図を出す。

「あれって、マジかよ」

 信じられないといった様子の、イーノは、ドゥに先行されながら、事務所から、お店の前に行く。

 二人がつくと、ダンクはすぐに二人をお店の中に案内する。そこは材料をさばいたり、軽く加工できるようにしている厨房だった。そして、そこからは、猫の興奮気味な鳴き声と、檻を叩くカシャンといった高い音が響いていた。

「マジでボスの言った通りになった」


 イーノはボレアに昼間言われたことを思い出す。

「さっきダンクに話を付けて、この捕獲用の檻に、川魚を入れて厨房に置く。二人は、事務所でこのお店を見張って、猫がかかったら、ダンクが合図する事になっている」

「分かった」

いつもの様に、ボレアに対して、二つ返事なドゥと、状況を説明してほしそうな、イーノだった。

「イーノ、簡単なことだ。泥棒が出るようになったのは、3日程前。夜中こっそりと忍び込み、食品を盗んでいくそうだ。その泥棒が迷い猫のモッフンちゃんなのさ。パッシャルからここまで、途中で飲み食いしながら、歩いて来たのだろう。そんな時に、このお店に、食べ物があると知った。猫は知性が高く、学習する生き物だ、ここに餌があると理解して、それが習慣になった。夜中店主が寝静まった店内で、厨房に行けば、餌にありつけるとね。さっきダンクに写真を見せて、昼間に猫を見たと確認が取れたか」

ボレアの推理を聞きながら、どの時点でここまで、考えていたのかと、イーノはあっけにとられていた。

「おい、聞いているかイーノ」

「ちゃんと聞いてるよ」

「なら良い。さっき、この檻の事も、店主にこの魚以外、ちゃんと食べ物をしまっておくように、話は付けてきた、あとは時間を待つだけだよ」

頼まなくても、盗まれ続けたら、ちゃんとしまうのではと、考えるイーノの隣で、ドゥは目をキラキラと輝かさせて、聞いていた。

「二人とも、何か質問はあるか?ないなら作戦実行だ」


そんな会話を思い出していると、ダンクに現在に呼び起こされる。

「ほら約束通り、その泥棒猫を連れて行ってくれ」

「はい、ご協力ありがとうございます」

軽く感謝の言葉を述べると、子供だと少し力のいる重さの檻を、ぐっと持ち上げて、ドゥと一緒にお店を後にする。


「ただいま」

 二人は檻を運びながら事務所に戻る

「お帰りなさい、捕獲様にしては、軽かったろう」

「ボス起きてたの?」

 ドゥはてっきり寝たのだと思い、椅子に座り、優雅なティータイムとしゃれこんでいる、ボレアに問いかける。

「起きてたさ、そろそろ掴まるかなと思ってさ。どうやらビンゴのようだね」

 イーノが持ってきた、檻の中にいる猫を、満足げな笑顔で見つめながら言う。

「さて世話だけど、二人に基本頼むよ。餌代はあとで依頼人のオーサに出してもらえるから、安心するといい」

檻に入った猫を見つめながら、二人に今後の流れを説明して、ボレアは眠りについた。二人も今日は疲れたと、ボレアに続いて自室で眠りにつく。


 約束の期日になると、時間通り、オーサが事務所に訪れた。机に置かれていた、檻に入れられていた、モッフンを見て、安堵の表情を浮かべて、檻にしがみついてきた。

 オーサが落ち着くと、依頼料と、餌代その他経費を合計した、料金を払ってもらい、彼は満足げな顔をして、帰路についた。途中事務所の方に振り替えると。

「本当にありがとうございました」

三人に向けて、お礼を改めて言う。その姿は、イーノにとって、言い難い熱となって、胸をいっぱいにした。

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