第6話 父親として
ソルドは、車を走らせながら、今回の事件について、考えていた。
「強盗殺人で捜査か」
その声は全く持って力の入っていない、声だった。
自分の中でも、納得できない部分があった。
もし本当に、強盗なら、そもそもあんな場所に、殺されるかもと、恐怖していた、男が行くものなのだろうかと。自分ならどうするか考えた時、その答えは出た。
「普通なら、スラム街にいないよな。死ぬかもしれないなら、もっとセキュリティのしっかりしたとこに行く。それが出来なかったのか、しなかったのか」
そうぼやきながら、なぜしなかったのかの疑問が、払拭できないでいた。
自宅につくと、車のエンジンを止め、降りてドアに鍵をかける。普通の事だが、それをしながら、刑事でなく一人の男に戻ろうと、頭の中を空にする。ドアの前に立つと、大きくため息をつき、鍵を入れて捻る。
「ただいま」
笑顔で言いながら、鍵を閉めると、妻が笑顔でこちらに来た。
「お帰りなさい。今日はちょっとすぐれない顔ね、何かあったの?」
「そうか?別に何もないさ、いつも通りだよ」
隠していたつもりだったのにと、頬を掌で撫でながら言う。
「そうならいいけど、いい加減パパになるんだから、お家では、辛気臭い話はよして欲しいわよね」
そう言いながら、妻である、メリーは俯き、愛おしそうに、膨らんだお腹をさする。妊娠していた。ソルドとの間に、天からの贈り物を授かっていたもだった。
「分かってるさメリー、ところでこの子は、今日も元気だったか?」
ソルドも、メリーと一緒に、愛おしそうに、そのお腹を撫でる。これから生まれてくる、自分の子供が、自分が父親になるんだよと、そのお腹と、メリーの幸せそうな表情が教えてくれる。
だからこそ、家に仕事の話は持ち込まないと、決めてやってきたが、まだ慣れていないらしく、油断すると、顔に出てしまうのをたびたび、メリーに諭される。
幸せな時間だった、妻の作った暖かい料理を食べながら、笑顔で話をして、これから生まれてくる、子供について、いろいろと想像を膨らませ、名前をどうしようかと一緒に悩みながらも、これから三人で過ごす、幸せを想像した。
それは食事が終わってからも続いた、今日あった何でもない話をメリーから聞き、隣り合ってソファーに座り、メリーとお腹の子への愛を再確認する時間。
「メリー、この子は、僕の仕事について、どう思うかな?」
「またその話?ソルドはほんと変なところで、心配性ね」
「俺の仕事は、犯罪者を追い詰めるためには、鬼になることもある。それに命懸けだ。この仕事をしていて、恐怖はないけど、この子はどう思うだろうかな?」
言うほど不安かと言われれば、違った。ソルドは、仕事に誇りを持っているし、自分の仕事は称えられても、非難されるいわれはないと、胸を張って言えるから。だけどなぜか、自分の子供となると、話が変わってしまう。
なぜだか、今まで不安にならなかったことが、不安になったり、これからどう向き合うかと、生まれる前だと言うのに、いつも思い悩んでしまう。
「ソルド、よく聞いて」
メリーは、優しく朗らかな口調で続けた。
「あなたは大丈夫よ。あなたのお父さんが酒乱だったとしても、あなたはお酒を自粛出来てるじゃない。それに、あなたは誰よりも優しいわ、相手の立場になって考えられる、立派な人よ。もし、今あなたが、何かを抱えていたとしても、この子の誇れる父親に、あなたはきっとなれるわ」
メリーの言葉は、何度だって、ソルドを助けてくれた。今日もそうだった。メリーの言葉は、ソルドの不安を拭ってくれる。彼は抱き着き、感謝した。
夜になり、部屋の明かりが消えると、ソルドはメリーから貰った言葉を、胸の中で反芻した。
「誇れる父親。そうだな」
彼は、曇りのない瞳で、明日を迎えるために、眠りについた。
夢を見ていた。
普通ならなんてことない、両親との幼い日の記憶。
だけどイーノにとっては、数少ない両親との記憶だった。
大きくて、優しい手に頭を撫でられ
柔らかく、温かい笑顔で母親に抱きしめてもらえる。
そんな普通でありふれた思い出。
「何年ぶりだろう」
起きて最初に呟いたのは言葉は、思っていた以上に虚しい響きをしていた。
いつもの様に、朝食を置いていたボレアは、不思議と、心が穏やかではない様子だった。
「大丈夫?結構うなされてたけど」
その言葉に違和感を感じた。夢の記憶はすぐに薄まるもので、ほとんど覚えていないものだが、自分が何にうなされていたか、良く分からなかった。
大丈夫だよと、レインに返事をしながら、朝食を食べ始める。
不思議と、食が進まない。自分は今抱えているものが、本能的に、目を逸らしたくなるような、言いようもない不安にさいなまれた。
「本当に大丈夫?お仕事休んだら?」
「ねぇレイン、俺の両親について、何か覚えてる?」
まるで会話が成り立っていない、返事だった。でもそれを無視したら、今の不安の正体が、ずっと分らなくなってしまいそうで、聞かずにはいられなかった。
「イーノのご両親?そうだな、何回か会ったけど、二人とも、優しそうな人だったよ」
レインの返答は、夢で見た両親と一致していた。
今でも思い出す、両親の死を知って、初めてレインに会った時を。
何も言わず、一緒に泣きながら、彼女はイーノを抱きしめて、一緒に悲しんでくれた。
ずっと、優しかった両親の冥福を、祈りながら、イーノには、自分がついていると、言い聞かせてくれた。
優しかった両親の代わりに、自分がそばにいると言ってくれた。
それはイーノが、一人で生きていくと覚悟するまで、続いた。そこからは、自分一人で生きてきた。生きるためなら、盗みもした。そしていつしか、両親の笑顔も夢で見なくなっていった。
レインにお礼を言うと、イーノは、そのまま事務所に行った。
何かしていないと、落ち着けないと思ったから。
「今日は特段暇だな」
ボレアは椅子に座ったまま、暇そうに、椅子をくるりと回した。
その静寂を、破ったのはソルドの来訪だった。
「お邪魔します。ちょっとイーノ君とお話しさせてもらってもいいですか?」
「別にいいですよ」
「今日はだいぶその、お客は来ないんだね」
「嫌みか?この前の事件のせいで、うちに事件の犯人がいるんじゃないかって、変な噂が立ってな。全く」
ボレアは迷惑そうに言う。ソルドと、イーノは、そのまま事務所で、向き合うように座った。少しの緊張と、静寂が二人の間に立ち込めたが、口火を切ったのは、ソルドだった。
「君は、昨日あの現場に行っていたよね?それはどうしてかな?」
「ちょっと気になって」
「それは、何が気になったのかな?」
「俺の両親も、あそこで強盗に殺されたんです。同じ現場で、二回もある物なのかなって…それに」
イーノの言葉に、申し訳ないと、顔に出ていたが、イーノの言葉に、食いつく様に前のめりになる
「それに?」
「あんなに、死にたくなさそうだったのに、死にそうな状況に行くのが、変だなって」
「そうか。何か他に、分かったことや、思い出したことはないかい?」
「思い出したことですか?」
ソルドに聞かれて、思い出を旅するように、脳の中で再生していく。その中で、一つ思い出したことがあった。
イーノの両親は、なくなる前日、誰かと話していた。その内容と、誰と話していたかを詳しく思い出せないが、なんだかとても重要な気がした。
「イーノ君大丈夫かい?」
「イーノどうした?」
気が付くと、手が震えていた。この先を思い出すのは、駄目だと、何かが自分の胸のうちで警告しているような気がした。そんなイーノを、ソルドとドゥは心配そうに見つめていた。
二人に、笑顔で、大丈夫と返すとドゥは少し安心したようだった。
聞き込みは、そこで終わり、ソルドは事務所を後にした。
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