第5話 二つの殺人事件
翌日、思っていたよりも深く寝ていたのだろう、いつも起きている時間は、とうに過ぎていた。ベッドからイーノは飛び起きると、部屋にいたレインは驚いた様子で、イーノを見ている。
「あっ、レインおはよう。どうせなら、起こしてくれてもいいのに」
いつもの朝食を届けに来てくれた、レインに言いながら、朝食のパンにかぶりつく。
「ごめん、ついこの本が面白くて」
レインは、イーノの本棚から、何も言わずに読み始めた本を、イーノに見せながら言った。勝手に読まれたことに関しては、特にイーノは気にしていない様子だったので、そうかと、軽く返事をした。
「ご馳走様。レイン、今日はあそこに行ってみる」
「あそこって、イーノのお父さんたちの?」
「うん、しばらくいけてないけど、この前の事件もあったし、行ってみたい」
その言葉に、レインは、儚げでいて、何か溢れ出てしまいそうな、悲しい目をイーノに向ける。
「そっか」
その返事は、どこか重く、なぜかイーノの胸にずしっと残った。
「それにしても、ほんと、変な順番だよね、イーノの本棚ってさ。アルファベット順でも、出版された順番でもないしさ」
何かを誤魔化す様に、レインは言いながら、本棚に本を戻した。
「それは、手に入れた順番だよ。ボスや色んな人にに貰ったり、買ったりさ」
その説明にへぇと、自分から話題を振ったとは思えない様に、あっさりと返す。
朝食を終えると、事務所に顔を出すものの、依頼人がいないと分かると、出かけることを二人に言う。
不思議そうに場所を聞かれると、殺人現場にと、正直に答えた。ボスとドゥはに隠す意味はないなと、判断しての事だった。
昨日、警告された割には、ボレアはあっさりと、承諾した。
事務所から出て、スラム以外の奥に歩き、瓦礫に囲まれた裏路地。そこが二つの殺人事件の現場だった。こんな場所だからか、献花なんてものはなく、人が死んだという事を知ってるからか、空気は他の場所よりも、冷たく重く感じた。
「ここでお父さんとお母さんは死んで、アーゲスさんも殺されたのか」
改めて、昨日貰った新聞を読み返す。新聞によると、アーゲスの遺体からは、金目のものは、奪い去られていた為、強盗の犯行だろうと考えられているらしい。
そこも同じだった。スラム街であるここで、物取りなんて、珍しくない。それが殺した後かどうかの差だった。
周りを見れば、スクラップの山で、視界も悪い。殺して奪うなら、とっておきの場所だった。だけど、一つだけ納得できないことがあった。
それは、彼はなんで、こんなところに来たかという事だった。命の危機を感じていた彼が、こんな視界の悪い場所に、わざわざ一人で来た理由が、分からなかった。
自分でホテルを用意して、そこに引きこもるだろうと思っていたが、夜にここに来た理由が分からなかった。
「何でだよ」
訳が分からず、悪態をつきながら、軽く深呼吸をする。いつもの空気のにおいに混じって、人の血の匂い、死の匂いがうっすらとだが、確かに漂ってくる。
その匂いは、不思議と、イーノの中の何かを刺激するように、靄のかかった何かを思い出せそうになった。
「何か分かったの?」
その声は、イーノの背後から聞こえた。現れたのは、レインだった。
「どうしたの?こんな所に用事なんてないだろ」
「ちょっと、イーノが気になって。朝ずっと思い詰めてる感じだったし」
レインは少し、うつむき気味に答えながら、イーノの隣に並ぶ。
「依頼に来た人が、こうなっちゃったのは、仕方ない事だけど、でもボレアさんの決定なんだから、イーノが気にしなくていいと思うよ」
レインは、もしかして助けられたのでは、とイーノが悩んでいると思い、言葉を選んでいる様だった。
「ありがとう。でもそうじゃないんだ。この事件は凄い、その、違和感があるんだ。それを無視したらいけないような気がして」
「違和感って?」
「分からない。でも無視したら、後悔しそうでさ」
二人の声は、自然と重くなっていった。
「誰だ!」
その声は、まるで突風の様に、二人を刺激した。びくっとしながら声の方を向くと、昨日事務所に来たソルド刑事がいた。
「君は事務所にいたイーノ君か。失礼そちらのお嬢さんは?」
「私は、レイン・ルージュです」
「ルージュ?君はもしかして、レベテァさんのご息女なのかな?」
「はい、父ですが、あなたは?」
「私はソルドです、レベテァさんとは、今はバディを組まさせてもらっています」
「そうなんですか、父がいつもお世話になっています」
二人の会話を聞きながら、改めて、この場所を見回す。命が狙われているかもしれないと、何でも屋に依頼するほど、自分の命が惜しい人間が、ここに一人できたなんて、到底信じられないと、改めて感じていると、その言葉は告げられた。
「昨日の事件だけど、強盗の線で、本格的に調べることになったよ」
「強盗ですか」
レインは力が抜けたような声で返す。
「はい。イーノ君は、昨日は捜査への協力ありがとう」
お礼を言われると、軽く会釈をしながら、返事をする。
事務所に帰ると、依頼があったらしいのか、依頼人と思われる、女性が帰っていくところだった。
「ただいま戻りました。さっきの女性は?」
「旦那が浮気してないか調べて欲しいだって」
「旦那の浮気?なんで?ここに?」
浮気する相手がスラム街にいるなんて、おかしな話だった。
いても女性は、路上で男を待つ娼婦ばかりな街がここだった。そこに浮気調査だなんて、なんでするのだろうと、訳が分からなかった。
「彼女が言うには、毎週ここに欠かさず来ているから、きっと女がいるに違いないと、聞かないんだよ。ここに浮気したくなるような、女はいないと、何度もいってみたんだがな」
「そうなんだ。でドゥは?」
事務所を見渡しても、ドゥがいないことに気づき、ボレアに問いかける。
「早速調査だよ。といってもすぐに成果は出るだろうさ。ちょうど今日、旦那さんがここに来てるらしいからね」
「ところで、現場を見たんだろう?どうっだった?」
「見てきたけど、やっぱり、納得がいかないです。あんな自分本位で、殺されたくなくて、うちに依頼しに来た人が、夜にあんな場所に、1人でいくなんて信じられないです」
その言葉を聞いたボレアは、ニヤッと笑みを浮かべた
「いいぞイーノ、そうだ、その調子だよ、そうやって、おかしなところを、探し出していけば、おのずと真実が見えてくる」
ボレアの言葉に、イーノは嬉しくなり、顔が少し赤らんだ
「あっでも、警察は強盗殺人で、調査していくって言ってました」
イーノの言葉に、短くそうかと返すと、少し、ボレアはつまらなそうにした。
「やっぱりボスも、強盗じゃないと思ってるんですよね?」
「まぁね、でも私は警察じゃないから、調べる気はないよ」
2日後、せっかちな依頼人の女性が、事務所に現れた。
「それで、旦那は浮気してたんですよね?」
やけに化粧の濃い、女性で、甘い香水の匂いが、鼻の奥をくすぐるような女性だった。事前に見せてもらった、旦那さんの素朴な格好とは、正反対で、なんでこの二人が結婚したんだろうと、イーノは不思議に思った。
「結論から言いますと、旦那さんは浮気をしていませんでした」
そう言って、ドゥが撮影した写真を、机に置くと、そこには食べ物を子供たちに配る旦那の姿が映し出されていた。
「彼は、二年ほど前から、恵まれない子供たちへ、無償で炊き出しを行っていました。決して浮気などではありません。」
その言葉に、安堵の言葉よりも先に、焦りの表情が見えたのを、イーノとボレアは気づいていた。しばらく話が混んだものの、依頼料をしっかりと払い、女性は事務所を後にした。
「あの依頼人変ですね」
イーノは胸につっかえていたものを吐き出した。
「そうか、ドゥはきっとそうなるって思ったぞ」
「彼女は、旦那の非が欲しいのさ。離婚した時に、きっちり貰うものを貰うためにね。あの香水と派手な口紅は、旦那の趣味とは違う、彼はもっとお人やかな人が好みなのだろう。という事は、彼女が別の男の趣味に染まっているのさ。そこで別れたいんだろうね。二年前から炊き出しをしてて、今更怪しむのもその証左さ」
イーノは、ボレアの推理に、ぞっと背筋を震わせた。
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