第4話 なぜ男は刺されたのか?

 ボレアは朝から不機嫌そうだった。事務所には、男が二人いた。

男は刑事で、アーゲスが刺された事件を調べに来ていた。そして、何でも屋に依頼をしに来た事、その依頼を蹴ったので不機嫌そうに、アーゲスがここから立ち去ったことを、見られていた。

「それが全てだよ、私は全く相手にしていないんだから、あいつを殺すほど、何も感じちゃいないさ。逆に今迷惑だと感じてるよ。まさか昨日会ったばかりの人間が殺されるなんてね」

 疑われれば誰でも、精神を乱される。ボレアは不機嫌気味に答える。


 しばらくして、自室に待機させられていた、イーノの元に、二人の刑事が来た。

「どうも」

イーノは軽く挨拶をすると、二人は警察手帳を見せた。

「イーノ君、ここは君が働いていた何でも屋だったね。こいつはバディのソルドだよ」

 先に発言したのは白髪交じりで、顔に皺を重ねた、初老の男性だった。初老と言ってもピタッと背筋を伸ばし、きちっと着こなしたスーツが映えていた。

 その隣のバディは、こげ茶色の髪をした、30代と思われる男性刑事だった。鍛えられた身体なのが、スーツ越しに伝わって来た。

「おじさん。そうか、おじさんの所の、管轄がここだもんね」

 おじさんと呼ばれた男性ははレインの父である、レベテァ・ルージュだった。イーノとは、何でも屋で働くようになったころから、何度か顔を合わせた事があった。

親しげな様子に、少しソルドは、驚きながらも、聞き込みを早速始めた。

「では、まず昨日のアーゲスさんの様子を教えてください」

「昨日は、偉そうにうちに来て、護衛の依頼を頼んできました」

 昨日の様子を鮮明に思い出そうと、顎に指を添えて、考えながら答える。

「何でもいいんだ、昨日違和感を感じた事とか、変なことを言ってたとか」

  ソルドが、畳みかける様に聞く。

「あっ、そう言えば、変なことを言ってました…何かを知ってとか何とか」

「それはなんだか聞いているか?」

 レベテァが前のめりになって、聞いてきた。

「いや、何も聞いてないです」

 少しレベテァに気圧されながら、答えると、二人は軽く落胆したような表情を浮かべる。

「では、昨夜の十二時頃どちらに居ましたか?」

「その時間には、とっくに寝てました」

 アリバイを聞かれたと、気づきながら、自らの身の潔白は証明できない返答しか出来ず、疑われないかと、肝を冷やす。

 しかし、事実寝ていたのだから、アリバイは証明できずにいた。

「分かりました、ご協力感謝します」

 そして二人はドゥの部屋へ、聞き込みへ行った。


 聞き込みが終わった、ボレアとイーノは、事務所で紅茶を飲んでいた。

「にしても、まさか殺されるなんて。ボスは昨日時点で、何で殺されるかもなんて、思ったんですか?」

イーノは、ずっと違和感を覚えていた。それはボレアが、アーゲスの触れなかった、命の危機について言い当てたからだった。

「だって、彼が普段いるのは、カウッテルだ。ここから大分遠いのに、長い道のりを移動してきたんだ。そして護衛の依頼。彼が言った何かが殺されかねない重要なものだってのはすぐに分かったよ」

吐き捨てる様に、ボレアは言った。

「えっあの人ってそんな遠い所にいたの?」

「色んな媒体で、言ってるさ。君も雑誌や新聞を読んだらどうだい?」

読み書きが苦手なイーノは、苦い顔をした。

「読み書きなら、とうに教えただろう」

逃げ道を封じる様に、ボレアが言った。

イーノは、言い訳が出来ずに、ぐっと悶えた。


 しばらくして、二人の刑事が、事務所まで来た。ドゥの聞き込みも終わったらしいその顔は、イーノの部屋を出て行く時にはなかった、疲労の様子がうかがえた。

 二人は、協力に対する、感謝を述べると事務所を後にした。

 二人の疲労具合や、ドゥが一向に来ないのを心配して、イーノはドゥの部屋に行く。

「ドゥいる?ドゥ」

ドアをノックしながら言ってみても、全く返答はなかった。試しにドアノブを捻ると、簡単にドアは開き、中に簡単に入れた。

「ドゥ大丈夫?入るよ」

部屋に入ると、まるで猫の様に、ベッドの上でくるまっているドゥを見つけた。

「いた、どうしてそんなになってるの?」

ドゥのそばに椅子を持っていき、座りながら、優しい声色でドゥに問いかける。

 するとドゥがぼそっと何かを言った。

「え?何?聞き取れなかったから、もう一回言ってよ」

「ボスが殺したって、あいつらが言った」

ドゥの言葉に、イーノは肝を引き抜かれるような、気分になった。

「何言ってるの?ボスは人を殺すような人じゃないだろ。

「でもあいつらがぼそっと言ったの、だから……」

「もしかして、二人にとびかかったりしてないよね?」

「それはしてない、してないけど……」

 ドゥの言葉から、口喧嘩まではいかないものの、口論にはなったのだろうと、予想がついた。

 自分と同じか、少し幼いくらいのはずの年齢のドゥだが、イーノからは、妹にしか見えないほど、精神的に幼い部分が残っていた。今回は、取っ組み合いになって、警察に逮捕されていないだけ、ましなのかと納得した。

「ボスはやってないよドゥ。だから大丈夫」

「分かってるよ」

耳まで赤くなるほど、ボレアが犯人扱いされたことが悔しかったのだろう。ドゥはシーツをきゅっと握りしめた。

「大丈夫だよ、ボレアは人殺しなんてしないし、すぐに疑いも晴れるよ」

 イーノの言葉に、ドゥはぎゅっと小さくなりながらも、軽くうなずく。


「ドゥは、部屋で静かにしてるよ。疲れたのか、もう寝ちゃってたよ」

「そうか」

ボレアは軽く返した。

「変な噂が立って、依頼が減らないといいな」

少し面倒くさそう、ボレアは言いながら、紅茶を飲みほした。

「紅茶のお替りを、くれないか」

ティーカップを軽く押しながら、言うと、イーノはすぐに紅茶を淹れるため、リビングにそのティーカップを持っていった。

「イーノ、間違えても変な気を起こすなよ」

「うん分かったよ」

 そう言うものの、イーノは、気になっていることがあった。

 それは、今回起きた、アーゲスの殺人現場は、イーノの両親の、殺害現場と同じ場所だった。

「ボス、今日の分の新聞貰ってもいい?」

「別にいいけど、どうした?」

「ほらボスも言ってたでしょ?新聞読んだ方がいいって。俺もそうだなって思ってさ」

「そうか、じゃあそこに置いてあるから、好きに持っていっていいよ」

 新しい紅茶を淹れたティーカップを、デスクに置くイーノの後ろを指さして、畳まれた新聞の山から、好きに持っていくように言う。

 イーノは、ボレアにお礼を言うと、先に休むと伝えて、今日の分の新聞を持って、自室に向かった。



「やっぱり、これ、どう見ても、親父たちの殺害現場だよな」

 自室で、椅子に座り、新聞を見ながらつぶやく。

「ボスはああいってたけど、やっぱり気になるな」

イーノは新聞をたたんで、机に置くと、翌日に備えて、ベッドで体を休める事にした。

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