Laurel

白井いと

第1話 start day

 賑やかとは言えない、スラム街ダルエル。

 北と南の戦争が落ち着いたものの、まだまだ動乱の時代のアメリカ。

 誰もが、今日をどう生きようかと、必死になる街で、怒号が響く。

「こらっ餓鬼っ、パンを返しやがれ」

 怒号の主は、スラグ街では、比較的安定した生活をしている男で、ここでは珍しく、少しふくよかな体形をしている。

 彼がぎろっとにらむ先には、少年がパンを脇に抱えて、走っていた。まるで風の様に軽い足取りて、人や物を落ちる葉の様に、ひらりとかわして、人とごみの山を駆けて行く。

 男はあっという間に、少年を見失ってしまうと、呆然と立ち尽くすしかなかった。

スラム街では、盗みなんてしょっちゅう起きている。そんな事にいちいち関心を、向ける人間も、少ないし、パンが盗まれたら、帰ってくるわけがなかった。


「マジであのおやじの顔、笑える」

 ケラケラと笑いながら、自分の成果を、誇らしげに一口かじりつく。

「君、なかなかいいね」

その声にぞっとすると、本能的に、その声の方を向きながら、一歩後ずさりをする。

「誰だよ」

目の前にいた女に、ぎっとにらみつけ警戒をする。

 スラっとした脚に、女性にしては長身で、モデル化と思えるほどのスタイルだった。服装は着飾っているものの、諄くはない服装で、彼女のスタイルを活かすものだった。

「私は…いや、ここじゃ怪しいくないやつはいないだろうから、言っても意味ないか」

自己解決した女は、軽く息を漏らしながら、少年を見る。

「私の名前は、ボレア。すぐそこで何でも屋をしてる」

「何でも屋?」

「あぁそうだよ。依頼があれば何でもこなす、便利屋さん」

「なんでそんなあんたが、俺に声かけるんだよ」

ボレアと名乗る女性を警戒しながら、問答を続ける。

少年は緊張からなのか走った疲れからなのか分からない、大粒の汗を頬から顎に走らせている。

「簡単な話だよ、君をスカウトしに来たんだよ」

「スカウト?」

言っていることの意味が良く分からないといった様子で、少年はボレアに言い返す。

「そうスカウト、意味は知ってるだろう?うちで働かないか?」

言葉は分かるが理解が追い付いていない様子の少年に言い続ける。

「君のさっきの盗みは見事だったよ、事務所から見てたけど、本当に見事だった。あれだけの身のこなしがあれば、うちでやっていけるだろうし、君親はいないんだろう?」

ボレアはいきなり、少年が一人だと、言い当てた。

「君ぐらいの年の子が盗む理由は決まってる。それが食品となれば、もっと理由は少ない。家の稼ぎがない。そして家に帰る前に食べ始めたところを見ると、どうせ、家に帰っても家族はいないか、帰る家がない。君のその服や体の汚れ具合からして、野宿ばかりだろうから、家がないだろう。どうだろうか?」

「へぇ、それも何でも屋だから分かったのか」

「まあね、色んな人を見るからね、観察眼は育ったさ。でどうする?事務所に寝泊まりしてもいいし、稼げば自分の家に住むことだって出来る。ご飯を盗むなんて面倒なことをしなくても済む。私の元で働く気があるなら、いい話だと思うよ」

 ボレアのリップが吊り上がり、笑みを浮かべる

「いいよ、あんたの所で働くよ、金稼げるんだろう」

「あぁ、もちろんだよ。さてじゃあ君の名前を教えてくれ、少年なんて呼ばれたくはないだろう?」

「イーノ、俺はイーノ・レント。少年呼びはごめんだね」

「そうか、イーノ事務所に案内するよ。腹ごしらえはさっさと済ませて」

 イーノは手に持っているパンを、口に詰め込むように、急いで完食した。

 それを見終えたボレアは、イーノについてくる様に言うと歩き始める。

「そう言えば名前は?フルネームで聞いてない」

「私の苗字はホットだよ、あんまり好きじゃないんだよ。そんな熱いわけでもないのに、これを名乗ると、いちいち人情に厚いだのなんだの言われる」

ボレアの姿に本当に、嫌なんだなと、感じ取れた。

「私の事はボスって呼びな、いちいちホットなんて呼ばれたくないからね」

「分かったよボス」

 ボレアは意外と素直だなと、イーノに感心しながら、歩いていると、事務所にたどり着いた。そこはさっきイーノがパンを盗んだ場所が向かい側にあり、窓からは盗みの瞬間は丸見えだろうなと分かった。

「ここがうちの事務所さ、ようこそイーノ、何でも屋カラーロスフラワーへ」

 ボレアの何でも屋の事務所は、スラム街の中では、ごみの少ない、旧ビル街の中にあり、すぐそばには、スラム街から出て、他の町に行ける街道があった。もともと雑居ビルだったのだろうと思われる、1階が何も入っていない建物の2階にあった。


 ボレアに案内されて、事務所に入ると、中で一人の少女が事務所の清掃をしていた。

「ボス、それがスカウトしたいって言ってたやつ?」

「そうだよドゥ、彼とは今からドゥは同僚だから、仲良くしなよ」

イーノと同じぐらいの年齢の少女と、話すと、ボレアは事務所の奥にある、ひと際大きな椅子に座り、背もたれに体を預けて、背伸びをする。

「イーノ、この娘はドゥ。君の同僚だから、仲良くしてね」

ボレアが軽く他己紹介をすると、ドゥは箒を軽く握りしめて、会釈をする。

「よろしく、俺はイーノ・レント。えっとドゥちゃん?って呼んだらいいかな」

「ドゥでいいよ。ドゥはドゥ。人を殺すのは出来る。イーノは何が出来る?」

ドゥの言葉に、不気味さを感じてぞっとする。

「俺はひところしたことないけど、結構動けるよ」

イーノは、この状況に、不思議な緊張感を感じていたが、それを吹き飛ばしたのは、ドアを叩く音だった。


「すみません、あの、誰かいませんか」

 ドアの向こうからは、少女らしき声が聞こえてきた。何度もドアを叩き、誰かいないと問いかけ続ける、その声にイーノ外の一番に反応すると、ドアを開ける。

「レイン何しに来たんだよ」

来客に驚きながらも、イーノが質問をする。

「イーノ、やっぱりここに来たんだ、さっき街で女の人に連れていかれるところを見て、びっくりしてつけてきたの」

つけてきたと言う女の子に、驚きながらも、ボレアは状況を掴もうと、少女に声をかける。

「君、名前を聞いていいかな?それと出来れば、イーノとの関係も」

「私はレインです。イーノとは幼馴染です」

幼馴染と聞き、心配でついてきた理由と、二人の仲の良さに納得する。

「レイン、この人はボレアさん、俺はこの人の何でも屋で働くことになった」

「えっ?何でも屋?何それ?危険な事言われないの?」

レインは心配そうに、イーノに聞く。その様子はとても心配しており、ただの幼馴染とは思えなかった。


 レインは自分の家に帰り、イーノは、使っていなかった部屋を与えられ、その部屋を掃除にとりかかろうとしていた。

 もちろん、一緒に暮らすと言われ、ボレアとドゥの二人について、大丈夫なのかと、余計心配されたものの、何とかレインを説得して、帰宅させると、落ち着いて掃除していた。

「埃が酷いな、ほんとに放置されてたんだな」

そんな事をぼそっと言いながら、窓を開けると、掃除を始める。

 ちゃんと綺麗になった部屋を見て、額をぬぐうと、達成感に胸をいっぱいにしながら、ボレアに使う様に言われ渡された椅子に腰を掛ける。

「これからはここが俺の部屋か」

ついさっきまで、雨風をしのぐ家はなく、野ざらしで過ごしてきたのだと思うと、胸の奥から、こみあげるものを感じながらも、ぐっとこらえる。

 物思いにふけっていると、ノックが聞こえる。

「ボスが呼んでる。掃除が終わったら、仕事について説明するって。どう?」

声の主はドゥで、ボレアにイーノの掃除の進捗具合を聞く様に、言われてきたようだ。

「今終わったところだから、すぐに行く」

イーノは、ドアを開けて、ボレアのもとに向かい、これから自分たちがする、何でも屋について説明を受けた。

 彼は、これからに期待を膨らませながら、話を聞いていた。

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