第9話 変わらない思い
レベテァは、ソルドによって逮捕された。
事件は見事解決して、根も葉もない噂はすぐに消え、きっとすぐにまた依頼人が、何でも屋に駆けつけてくるだろう。
それでもイーノは、浮かない顔をしていた。心の一部を失ってしまったような、そんな虚無感に襲われていた。
自室に帰った後も、それは続いて、寝れなかった。
真実を自分で掴んだのに、それがこんな残酷な結果を生んだ。
眠れない彼は水を飲んだ、その冷たさが胸を撫でる様に刺激して、少し心が落ち着いた。
そうしたら、一つの違和感に気づいた。
本棚の本に、いつもの並びと違うものが一冊あった。
その本を手に取ると、間に何か挟まっていた。そこには封筒が入っていた。差出人の名前を見て、ハッとした。そこにはレイン・ルージュと書かれていた。
明かりをつけると、封を切った。中には手紙だけがあった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~イーノへ~~~~~~~~~~~~~~~~
この手紙は、イーノが真実に気づいた時に、渡そうと決めていたものです。それがいつか分からないですが、この手紙に全てを書き記します。まず、あなたが気付いた通り、あなたの両親を殺したのは、私です。今まで黙っていてごめんなさい。あの日養父である、レベテァはあなたの両親にある暗号を伝えました。事前の調査では、あなたの両親が、物乞いのふりをして、首都近辺の調査をしていた事、その情報を敵国に流して、報酬を得ていたことは、分かっていました。でも私は、来て欲しくなかった。嘘であって欲しかったです。でも現実はそうでした。スパイの暗号で、集会場所のあの場所。あなたの両親の殺害現場に来ました。最初はあなたの父親であるサイザさんが来ました。ただの少女としてしか、私を知らなかった、あなたの父は「どうしてここに居るの?」と私に聞きました。私は聞きました「何でここに来たのだと、何でイーノの側に居てくれなかったのだと」彼は、私が持っているナイフを見つけて、察したのでしょう。抵抗することはなく、ただ一言「すまない」とだけ言いました。私はそんな彼の胸を刺しました。レベテァに教え込まれた人殺しの術は、初めての本番で、冷徹と言えるほど、簡単に成功しました。私は自分が殺人マシーンに育て上げられたことをそこで強く感じました。あとは簡単だった、ミラさんに「おじさんが倒れている」と現場に連れていき、慌てて彼を抱えている、彼女の背中から刺しました。二人を刺した時の光景は、今でも忘れられません。時折夢に見てしまいます。きっとそれは、私に対する罰なのだと思います。あなたを裏切ってしまった罰。その事件は養父であり、警察であったレベテァが、捜査の方向性を強盗殺人へと誘導して息、私が疑われることは一切ありませんでした。
一枚目は、ここで終わっていた。まだ紙に余白を残して、まるで続けて書くのを嫌ったように、二枚目に続いていた。
もう一つの真実を書きます。イーノ、あなたは覚えていますか?私たちの出会いは、スラム街の廃材置き場でした。養父に拾われて、この街に来た私は、その時から、殺人の術や、読心術など、暗殺者として、いろいろと彼に叩き込まれていました。私は誰も味方にしてはいけないと、心に刻み込まれ、徹底して孤独でいることを強いられていました。そんな時でした。廃材置き場であなたを見かけました。一人で純粋に、ごみで戯れるあなたは、当時の私には、輝いて見えました。私もああやって遊べたらと思ってしまった。そんな私の視線に、あなたは気付いた。そして、廃材を手に持ったまま、こちらに来ると、さっきと変わらないまっすぐで、純粋な笑顔で、私に遊ぼうと誘ってくれました。嬉しかった。ここに来た時から、色んなものを諦める様に言われていたのに、それを無視して、飛び込んでくれたような気がした。久しぶりに時間を忘れるぐらい遊んだ。流した汗が、体に残った疲労感があんなに心地よかったのは初めてだった。あの場所は、私にとって特別な場所になった。イーノ、私はあなたが好きです。ずっと好きです。これからもきっと、どんな事になっても私はあなたが大好きです。
レインのまっすぐな思いが、胸を貫いた。
何も言えずに、涙が溢れて、止まらなかった。
自分をこんなにも愛して、最後まで自分の幸せよりも、イーノの事を思ってくれた純粋な思いが、手紙から、最期のレインの顔から伝わるから。
気が付いたら、朝になっていた。涙袋を、真っ赤にして、気が付いたら、机の上で、意識を失うように、泣き疲れて寝ていた。
机に置かれていた手紙を封筒に戻すと、大切に机の抽斗にしまった。
朝食を用意してくれていた、レインがいない初めての朝は、戸惑いと、発見にまみれていた。雑になった朝食を食べ終わると、事務所に行った。珍しく一番最初に居たのはボレアらしく、ドゥの姿は見当たらなかった。
「レベテァが、謎の獄中死だと、君が折角苦労して捕まえたのに、そりゃないよな」
ボレアが、新聞を読みながら、文句を言う。
「ボス、昨日レインが、俺の部屋を尋ねなかったですか?」
「ああ、私がマスターキーを持ってるからね、入れて欲しいと頼まれたよ」
その言葉で分かった。きっとこの人の事だから、その時には、彼女の手紙の事も、思いも、覚悟も全部理解したうえで、部屋に通したんだろうと。
「レインが死にました」
「知ってるよ、昨日ドゥから聞いた」
「俺を守って死にました」
「そうみたいだね」
「俺は、彼女の事何も知らなかったです。過去も、思いも、何にも知らなかったです」
声が震えた、自分で言った言葉に、自分の胸を貫かれるような感覚を覚えた。
「だから、俺が」
「イーノ」
自責の言葉が出そうになった時、ボレアによって、止められた。
「手紙は読んだか?ならわかるはずだ、彼女はお前に恨み節を、一つでも言ったか?」
そんな事はなかった、彼女の手紙には、懺悔とイーノへの純粋な愛しか書かれていなかった。
「君がどう思おうと、君を最後まで純粋に愛していた人間がいた、それが事実だ。それ以上でもそれ以下でもない。その事実を捻じ曲げちゃいけない。それこそ彼女が可愛そうじゃないか」
ボレアの言葉が、胸にたまっていく。そしてそれは熱を帯びて、全身に暖かいエネルギーとして、めぐっていくようだった。
「ありがとうボス」
自然と出た言葉だった。その言葉に、ボレアは軽くはにかむと、紅茶のお替りを、イーノに頼んだ。
紅茶を淹れて、ボレアの机に置くと、少しだけ外に行ってくると、外に出た。
足を運んだのは、手紙に書かれていた廃材置き場だった。子供の頃と比べて少し量が増えたのか、見た事のない廃材が多く散乱していた。
その山の一つに腰を掛けて、幼い頃の思い出に思いを寄せる。
何もかもが楽しくて、レインと最初に鬼ごっこをしたのもここで、その全てが尊くて、大切な思い出だった。
そんなイーノの側に、一人の男が近づいた。事務所から後を付けていた男がそばに行くと。
「ローレルの宴の話をしよう」
その一言でイーノは察すると
「何の事ですか?人違いじゃないですか?」
少し困ったような笑顔で言う。男はぼそっと、あいつの早とちりかと愚痴る
「悪かった、人違いだ、忘れてくれじゃあな」
男は足早にその場を去っていった。彼はレベテァが口にしていた、組織の人間なのだろう。そしてイーノがスパイとつながっているか、調べたくて、合言葉を言って確かめたのだと、すぐに分かった。
イーノは、本当は、彼の胸倉に掴みかかりたかった。胸の中で、どす黒く熱を帯びた感情が、溢れ出るのを必死に抑え込んだ。
それは、誰でもないレインの為だった。彼女に言われた最後の言葉、「生きて」これが彼を思いとどまらせた。勢力の分からない組織を、敵にして生きていける保証がなかった。彼女の思いを踏みにじりたくなくて、イーノは思いとどまった。
次にイーノが来たのは、レインお墓だった、とても簡素なつくりの墓に、献花をすると、目をつぶり、彼女の冥福を祈りながら。
「レイン俺は、ちゃんと生きることにしたよ。ありがとう、見守っててね」
そう伝えた後のイーノの顔は、晴れやかな笑顔だった。
Laurel 白井いと @siroito
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